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その六


 球場から帰る道すがら、3人は話し合っていた。時刻にして八時半。

「さっきの試合、もう、まいったね。奴の作戦に脱帽をするというか」

 その競羅の声に数弥が、

「ええそうすね。まさか、九回に二人もランナーが出るとは思いませんでした」

「こっちも同じだよ。展開にゾクゾクしたというか。あの二人も、同じ穴のムジナか」

「いや、僕は八百長のことは知らなかったと思いますよ。試合に勝ちたい一心のとき、屯倉選手にアドバイスをうけただけで」

「そうかい、それを実行してしまうところが、ただ者じゃないけどね」

「プロ野球は生活がかかっていますからね。あれぐらいの芸当ができる選手はいますよ。でも、ノーヒットノーランがかかっていましたから、特にうまくいったのだと思います」

「なるほど、きわどいものは、エラーにすれば達成ができるからね」

「それもあるんすけど、やはり、記録を意識し始めると、守備自体が緊張で堅くなってしまうんすよ。だからそのとき、いきなり、ああいうことをされるとワンテンポおくれるというか、ただでさえ、セーフティバントや、バスターは相手の不意をつく作戦すから」

「ああ、そうだね」

「でも、忘れてはいけないことは、いつでも、そういうことができるように、実戦練習を有吉選手は普段からしているということすよ。大友選手も、あれだけの球をカットするには、それだけの数の球を見極める鍛錬をしているということす」

「まあ、そういうことなのだろうね」

 競羅がなんとなく、そう相づちを打っていたとき

 チャーンチャンチャラチャラ

 その電話の着信音がした。

「誰だろうね、知り合いの誰かだと思うけど」

 と、つぶやきながら競羅は画面を確認した。そして次の声を、

「絵里だよ、絵里」

「絵里さんなの!」

 天美も反応した。彼女たちの知っている女性、川南絵里からの着信であった。彼女は二人の知り合いの探偵、外山御雪の助手である。いい加減な性格の女性で、御雪に気に入られている天美を厄介者扱いしていた。そして競羅は、

「ああ、そうみたいだね」

 と返事をすると、受話器に向かって声を出した。

「あんたかよ、何の用だい?」

「姉貴。今、帝都ドームにいたよね」

「そうだけど、なぜ、知っているのだよ?」

「それは、テレビに映っていたからな」

 絵里はそう答えた。こいつも、年上に敬語が使えない人種の一人だ。

「えっ、そうなのかよ」

「そうよ。あの、ちんちくりんなガキと記者と一緒にな」

「では、その場面を、あんたはテレビで見たということか」

「そうよ。王者戦を見ていたら、映っていたので、こうやって連絡をしたんよ」

「あんた、野球観戦をするのだね」

「それはもう、王者のファンだからな」

「へえ、知らなかったね」

「ということで、TVを見ていたら、姉貴たちが映っていたんよ」

「それは、ノーヒットで負けてくやしかっただろうね」

「むろんよ。最後は勝ったと思ったのに。きっと、記録がかかっていたから、審判はひっくり返したんよ」

「あんたはそう思うのかい」

「そうよ、実際、ビデオではファールだったらしいし、そうなると、誤審で記録をつぶした審判団だと、あとあと文句を言われるからな」

「確かにそうだね。それで、最後の敬遠についてはどうなのだよ」

「あれか、満塁で打てなかったマーティがだめだったというか。HOWとは二十四試合分の一つだし。次から、全部勝てばいいよ」

 絵里はそう答えた。王者のファンの大概は、そう思っているのだろう。

「全部は無理だと思うけど、明日は勝たなければならないね」

「当然よ。明日こそは勝つよ!」

「こっちも、そうなると思うよ」

「姉貴もそう思ってるんだ」

「だから、明日も見に行くのだけどね」

「明日もか。いいね」

 絵里はそう答えたあと、

「では、おれも、まぜてくれよ。ここんとこ、スカッとすることがなくて」

「まあ、あんたも、色々と大変そうだしね」

「そうよ。所長が、つまらん用事ばっかり押しつけてきて。それで、姉貴は、明日は王者が勝つというのだよね」

「こっちの集めた情報だと、九割方勝つね」

「それなら、是が非でも見に行きたいよ!」

 絵里はそう答えた。しかし、これだけの言葉だけで信じるなんて、

 一方、絵里の言葉の響きは天美にも聞こえた。その天美は少し考えるそぶりをしたあと、

「わったしは反対しないけど、絵里さん、連れてくの」

と答えた。そして、競羅は、

「わかった。連れて行ってもいいけど、まずは、御雪の許可を取らないとね」

「所長か。所長はプロスポーツを見るの、好きじゃないからな」

「そうなのかい」

「オーナー同士が兵隊を集めた見栄の張り合いにつきあって、憂さを晴らしたり、お金を出したりする、奇特な人たちの気持ちがわからない、とか言っているから」

「そんなことを言っているのか、まあ、よく考えたら、御雪らしい言葉というか。では、あんたは、これないということか」

「そうとは言ってないよ。所長は、さすがに、自分の考えを。強制的に人には押しつけることはしないから。勤務時間以外なら、何をしていても自由よ」

「では、五時半にこれるのだね」

「何もなかったら、もう少し早くても大丈夫よ」

「そうかい、では、一応、五時に帝都ドームの正面入口前だね。これないときは、わかっていると思うけど、連絡は入れるのだよ」

 競羅はそう言って通話を終えた。


 通話後、さっそく競羅は天美に向かって言った。

「あんた、大丈夫かい。あんなこと言って」

「絵里さんのこと?」

「そうだよ。能力がばれたらどうするのだよ?」

「ばれるって、どうして、ちから使うことなんてないのに」

 天美は不思議そうに言い返した。

「ないって・・、そうか・・」

 競羅はそうつぶやくと、自重したように笑い始めた。

「はは、そうだよ。よく考えたら、あんたが使うようなことはありえないんだ」

「そう、球場内なら、おかしな人来てもガードマンが対処してくれるでしょ」

「そうだよね。いつも、あんたといると何か変なことに巻き込まれるから、ついつい、変なことを考えてしまったよ。そうだよ、球場内だったんだ」

 競羅の言葉の途中、

「あのう、そのことすけど」

 と数弥が声をかけてきた。そして、反応をした競羅、

「何だよ?」

「実は、ぼくにある考えが生まれたんすけど」

「その考えって?」

「それを話す前に一つ聞きたいことがあるんすけど、姐さんは、天ちゃんにどうやって、、屯倉選手と接触させる予定だったんすか」

「まだ、決めてないけど、いつものあれを使う気だったよ」

「あれって、飲み屋のホステスに化ける方法すか」

「そうだよ、それが効率的だろ。遊び好きということだし」

「やはり、そういうことでしたか、でも、もっと、いい考えが浮かんだんすよ」

「いい考えって、また面倒なことだろ」

「まったく、面倒ではありませんよ。球場で違和感なく屯倉選手に近づけます」

 数弥は笑みを浮かべて言った。

「球場内で、あんた、どうやって奴と接触をするのだよ?」

「そのために、天ちゃんは、サヨナラホームランボールを取ればいいんす」

「えっ、あんた今、何て言った?」

「だから、屯倉選手が打ったサヨナラホームランボールを取ればいいんす。そして、屯倉選手にインタビューの後、そのボールを渡すんすよ。そのとき同時にスキルを使うと」

「おいおい」

「むろん、僕が先導をします。球場内には関係者の知り合いもいますし、それが、さっき、僕がヒーローインタビューを見て思いついたことなんす」

「しかしね。本当にそんな場面がくるのかい」

「来ると思います。はっきり言いますけど、もし、今夜、屯倉選手が決着をつけるとなったら、塚間投手から放つサヨナラツーランホームランしかありません。今日みたいに二人のランナーがでるようなことはありませんから」

「大きく出たね。ホームランボールか」

「ええ、前も言いました通り、ここ二年、誰も塚間投手からはホームランを打っていません。だから、ボールにも価値がでるわけす」

「なるほど、そういう理屈か。でも、待てよ!」

 競羅は普通に相づちを打っていたが、すぐに、

「しかしね、逆に言うと二年間の間、ホームランが出ていないのだよ。そんな投手から、簡単にホームランが出るのかい?」

 競羅の言葉が終わると同時に、天美が声を上げた。

「わったしは出ると思う」

「出るって、あんた」

「わったしは絶対、出ると思う。だいたい、あの屯倉っていう選手、底知れない力持ってるから、必ずそういう展開に持ってくと思う」

「そうすよね、天ちゃんもわかりますよね」

 数弥は意見を天美が支持をしていることにうれしかったのか、そう答えた、

「まあ、あんたたちがそう言うなら、そうかもしれないね」

競羅は、まだ何か言いたそうであったが引き下がった。何か議論をするのも、馬鹿馬鹿しくなってきたからだ。

「では、そういう作戦で行きます。ホームランボールを取るには、それなりの格好がいいすから、それも用意してきます」

「それなりの格好だって?」

 競羅が尋ねた。

「むろん、野球場だからユニフォームすよ」

「ほおー、ユニホーム姿か。この子の」

「おや、姐さんは反対をしないんすね」

「今回は微妙な気分だよ。あんまり、ことを大きくしたくはないけど、この子のユニホーム姿も見てみたいからね」

「では、それで決まりすね、明日、天ちゃんをお借りしますよ。即席ですけど、一応サイズを合わせないといけませんから」

 数弥の声は弾んでいた。


 翌日午後五時、準備を済ませた三人が集まっているところに、絵里が合流した。

絵里も上半身は王者のユニフォーム姿である。それを見て競羅が言った。

「ほお、屯倉選手か」

「そうよ、一番、売れてるものを聞いたら、これだと言われたから買ったんだ」

「では、屯倉選手が一番、好きというわけでもないのだね」

「年寄りだけど、チームで一番よく打つ選手だからなあ。着ていても気持ちがいいよ」

「そうかい、昨日は、さっぱりだったけどね」

「その分、今日は派手に打つよ。それよりも、おい」

 絵里は天美に声をかけた。そして、そのまま、

「おめえも気合いが入ってるな」

「あっ、これ、せっかく野球場に来たのだから、野球らしい格好がいいと数弥さんが、わざわざ用意してくれたの」

「グラブもか」

「そう、もしかしたら、ホームランボール来るかもしれないし」

「ははは、だからか、ということは、今日は外野なのか」

 絵里の言葉は幾分、残念そうである。

「ああ、こっちも、いろんな角度で楽しみたいからね。不服なのかい」

「べ、別にないよ。でも、その値段なら、おごってくれるよな」

「それぐらいは、最初からするつもりだよ。さて、そういうことで、あと少しで試合が始まるから、そろそろ中に入るよ。数弥、四人分、きちんと用意してあるよね」

「むろんすよ。ライト側、センターの、すぐ横あたりに取っておきました」

そして、試合開始四〇分前、一行はドームの中に入っていった。



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