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その四


 午後五時半、予定通りに数弥と落ち合い、チケットを持った競羅たちは、帝都ドームに入場をした。数弥が手に入れたのはバックネット裏席上段である。

 バックネット前の通路で競羅が話しかけた。

「球場の裏側か、ここに、入るのは初めてだね」

「ええ、たいていの人は内野、外野を選ぶんすよ。でも、ここが一番いいんすよ」

「高いのだろ」

「最上段だから高くありませんよ。天ちゃんは中高生値段すから、三人でも五千円ちょっとすか、そのかわり、あの階段を上らないといけませんね」

数弥と競羅の目はその階段の方を向いていたが、天美の目線は違っていた。ある人物が気になったのだ。お供を二人つけたサングラス姿の男だ。その男は微笑みを浮かべながら、金の線の引いてある方角に向かっていった。一般は手に入らない特別席であろうか。

「さあ、行くよ。まあ、物珍しいから見ていたい気持ちもわかるけどね」

 競羅がそう声をかけ、三人はバックネット席最上段につながる階段を上った。

 バックネット最上段は、そんなには混んではいなかった。ドームの構造上、風が吹き抜けるので居心地が悪いのだ。

「あそこすね」

と数弥が案内したのは、正面から三塁側に少し向かったスペースだ。家族連れというよりも、単独で入場している人たちが目立っていた。

 三人が腰を下ろすと、競羅が声を出した。

「今日、屯倉選手が動かなかったら、明日も、野球観戦をすることになるのかい?」

「ええ、そういうことになりますね。二連戦のどちらかが賭けの対象ということすから」

「そうかよ。まあ、今日決まってくれると助かるよ」


 プレイボールの宣告とともに、午後六時試合が始まった。

先頭バッターはHOWの切り込み隊長、ライトの与野だ。王者の先発はエース光岡、今シーズンは調子よく、すでに五勝をあげていた。

 その光岡選手の投げた初球、快音が走った。そして、前方のレフトスタンドから大きな歓声が響いた。電光掲示板は閃光とともにホームランと大きく文字が、

「初球ホームランすね」

数弥が声を上げた。そして、競羅も、

「そうだね。いきなりHOWに一発がでたよ。これは、打ち合いになるかもしれないね」

 そして、二番バッター鴨池が打席に入った。初球はストライク、二球目はボールだ。三球目はファウルを打って、ツーストライクワンボールに、

 ここで天美が質問を、

「あのう、一つ聞きたいことあるのだけど、あの黄色と緑色のランプって何?」

 彼女がそう言いながら指をさしたのは、電光掲示板横のSBOのパネルである。ストライクが黄色でボールが緑、アウトが赤の。

「ストライクとボールすよ」

「えっ! あたりボールなの」

「違いますよ。ストライクというのは、ベースを通った球で、ボールというのは、そのベースを外れた球すよ。野球の基本すけど、姐さんから聞いてないんすか」

「ああ、今日の今日だからね、そこまでは教えなかったよ」

 競羅が面倒くさそうにそう答えた。

「あと、ざく姉の話だと、打ったら、すぐ一塁、走るんじゃなかったの」

「あれはファールすよ。ファールの時は走らないんす」

「ファールって、反則っていう意味よね」

 二人の会話中、横から声が飛んできた。

「おい、野球を知らない、しろうとをここに連れてくるなよ!」

 前の席で野球観戦をしていた男だ。うっとおしくなって声をかけてきたのだ。そのあと、その男は席を立つと、他の空いている場所に移動してしまった。

 数弥は申し訳なさそうな顔をして、立ち去る男性を見つめたあと、

「これじゃいけないから、僕、天ちゃんに記者室で野球の基本を説明してきます」

 と競羅に声をかけると、天美に向かって言った。

「では、天ちゃん、ちょっと僕と付き合ってください」

 天美は仕方なく、観客席をあとにしたのであった。


 もとの場所に戻ったのは、午後七時であった。グラウンドではチャンピョンズのチアガールがダンスをしていた。

「えっ、もうこんなんすか」

 数弥が驚いたように声を出した。そして競羅も、つまらなさそうな声で、

「ああ。あっけないぐらいに試合が進んでしまったよ」

「それで、今日の屯倉選手はどうでしたか?」

「第一打席が大きなライトフライ、第二打席は好守備に阻まれたセカンドゴロだよ」

「まだ、ノーヒットということすか」

「ああ、それどころか、両軍ともにね、だから、展開が早いのだよ」

そう言われて数弥は正面の電光掲示板を見つめた。天美もつられるように見つめた。

 数弥が何か口を開こうとすると、競羅が付け加えるように言った。

「そういえば、HOWの方に一つエラーがあったね」

「そうすか、しかし両投手とも好調すね。光岡投手は最初のホームランだけ、福住投手は、まだ相手がノーヒットすか。さすがHOWのエースすね」

「これでは、球場も盛り上がらないし、見ていて退屈だよ」

「姐さんは打ち合いを期待したのでしょう」

「そうだよ、塁上をさわがせてこそ野球だろ。観客も興奮するし」

「ですが、今日の試合の展開は、エース同士の投げ合いすから、ある程度は想像できました。まさか、ここまでとは思いませんでしたけど」

「そういえば、賭け屋だってエース同士ということは知っているのだろうね」

「無論知っていますよ。先発は予告されていましたから」

「僅差になることは想像できたということか」

競羅は難しい顔をすると、次のように言った。

「Sコースは、やはり今夜、達成される可能性が高いね」

「ええ、何か僕も、そう思えてきました。スミ1って、結構あるんすよ」

「すみいち?」

「ええ、まさに今日みたいな試合を言うんす。初回に一点が入っただけで、試合が決まってしまうようなことが。何かに魅入られたように両軍、点が入らないんす」

「それでは、賭けが成立しないだろ」

「だから、屯倉選手が動くと思うんす。彼が九回の打席に入るのが、Sコースの達成に一番、近づきますから」

「でも、塚間投手は打てないのだろ」

「ええ、今まではそうすけど、今回は、黒幕の大金がかかっていますからね。実績としては、そろそろ打つような感じがするんす」

「ああ、そうだね、奴としても、それなりの・・」

 競羅の言葉の途中、球場が、かすかにざわめいた。

六回表が始まり、五イニングぶりにHOWの八番、境が出合い頭のヒットを放った。

「先頭のランナーが出ましたね。次はピッチャーだから、ここは当然バントすね」

 数弥の言葉通り、ピッチャーの福住が打席に入り、バントの構えをした。

 それを見て、競羅が天美に言った。

「あれがバントだよ。ああやって、構えるだけでバットを振らなくてもいいのだよ」

 しかしバントは、うまくいかず、あっという間にツーストライクである。三球目、ボールはかろうじてバットに当たったがファールラインを超えた。主審の声が上がった。

『バッターアウト』

「えっ、アウト?」

競羅が疑問の声を上げ、すかさず数弥が説明に入った。

「スリーバント失敗すね。姐さんはそこまでルールを知らなかったと思うんすけど、ツーストライクを取られたあとに、バントを失敗すると三振扱いになるんす」

「そうか、本当に知らなかったよ」

「ええ、バットにボールを当てるだけなら簡単な行為すから。何球もそんなことを許したら、ピッチャーは疲れますし、だいたい、試合時間も長くなりますからね。三回までしか挑戦ができないということす」

「確かにそれは理にかなっているね」

 そのあと、天美に向かって言った。

「数弥からはファールについては、もう聞いたよね。バントをするときは、あのラインを超えないようにしなければならないよ」

「しかし、王者の光岡選手、初回はホームランを打たれましたが、球のキレがいいすね。六回に入っても球威が落ちませんし、これでは、なかなか点が入りませんよ」

その数弥の言葉通り、次バッターの与野は三振し、鴨池も凡退し六回表は終了した。

 裏の王者も、同じく八番からの打線であったが、こちらは、三者凡退であった。

「まったく走者が出ないよ。これじゃあ、この子に盗塁を教えることができないよ」

競羅がぼやいた。

「でも、次の七回はHOWはクリーンナップからですし、王者も屯倉選手が打席に入りますから、期待ができるんじゃないすか」

「クリーン、何だそれは?」

「そうすね。姐さん、それも知らなかったようすね、クリーンナップというのは三番、四番、五番を指すんす。日本語ではお掃除屋さん、塁上のランナーを一掃してホームに入れることができる力の打者たちということから、この言葉が生まれました」

 しかし、光岡の投球術がまさり、HOWのクリーンナップは三者凡退であった。

【ラッキーセブーン】

 球場に大きな声がとどろき、王者チャンピョンズの応援歌が流れてきた。そして、王者ファンは一斉に合唱をし始めた。

「また、こんなことをやっているのかよ」

「ええ、ファンサービスは必要すからね、グラウンド整備前のダンスと、ラッキーセブンの応援は、今やなくてはならないものすよ。この歌を他のファンとともに合唱するのが楽しみで、球場に来ている人たちも大勢いるんすよ」

「こっちとしては、早く終わる方がうれしいのだけどね」

 そして、その七回、試合も動こうとしていた。

王者の二番、有吉が初球にセーフティバントを試みた。その転がった球に、サードの久野がダッシュして突っ込んできた。球を捕球しようとしたとき、久野は一塁に走っていく有吉をちらりとみた。それが良くなかったのか、慌てたあまりに捕球した後、一塁に悪送球をしてしまったのだ。

 スコアボードにEのランプがついた。

「エラーすね」

数弥のつぶやきをよそに、

「見たかい、見たかい、あれが、こっちが話していたバントというものだよ。あんたは、ああやって、球を転がして一塁に駆け抜ければいいのだよ! いやあ、これが、まさか出るとは思わなかったね!」

 競羅は興奮したような口調で天美に話しかけていた。

王者待望の先頭バッターが出て球場は湧き上がった。今まで、迫力がなかったトランペットの応援も臨場感を増してきた。

「さすが、ひいきのチームに走者が出ると違うね」

「ええ、雰囲気が変わりましたね。福住投手の様子も少し変わってきました。ここからは、ワインドアップからセットポジションに切り替えなければなりません・・」

 ここで数弥の言葉が止まった。競羅が怖い顔でにらみつけてきたからだ。慌てて数弥は、

「すみません姐さん、長い言葉は嫌いでしたね。ワインドアップというのは、投手が身体全体を大きく使って反動をつけて投げるんす。だから、自由自在に球を投げ込むことができるんす。逆にセットポジションというのは、身体をコンパクトにして投げるんす。安定しますから、コントロールがよくなりますよね。何にしても、ランナーがいるときは、このセットポジションになります。大きなモーションで振りかぶっていたら、盗塁される可能性が高まりますから。実際、有吉選手は速いすからね」

「わかったよ。要はその盗塁をさせないためだね」

「そうすよ、当然、コンパクトな投球なら牽制球も出しやすいし」

「牽制球か、これも、この子に目の前で見せることができるから、ある意味、よかったよ」

 競羅はそう言うと、天美に向かって言った。

「さあ、一塁走者と投手の動きを、よく見るのだよ。投手は一塁走者が走らないように、球を一塁に投げてくるからね。そのとき、一塁に戻らないとアウトになるからね」

 その牽制球は何度も続いた。福住は一塁に投げ、有吉はその都度、一塁に戻った。

「これが、試合の長くなる理由の一つだね」

「ええ、ランナーが出ると、こういう展開になるんす」

 そして、球審の、

『ボールフォア』

の宣告ととともに、王者の三番、外国人のオルソンが一塁に向かった。

 ホームチームがノーアウト一塁二塁になり、球場がより盛り上がった。

【四番センター屯倉 背番号8】

わーと、場内アナウンスとともに球場が最高潮の声援に包まれた。この試合、王者にきた初めてのチャンスだ。思わず、競羅が声を上げた。

「さあ、お出ましだよ、千両役者の」

屯倉はネクストバッターズサークルから立ち上がると、大きく素振りを二回した。そして、ゆっくりとした仕草でバッターボックスに入った。

 天美は厳しい目で、そのグラウンドの屯倉選手を見つめていた。



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