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その三


「大スクープかよ」

答える競羅の顔が曇った。そして、そのまま言葉を続けた。

「それで、もし、このスクープが暴露されたら、このあと野球はどうなるのだい?」

「おそらく、しばらくは中止でしょうね」

「おいおい、それは、さすがにきついだろ」

「これだけのスキャンダルすからね、間違いなく、しばらくの間は中止になりますよ。もしかしたら、このままシーズンが終わるかもしれませんね」

「そうなったらファンはどうなるのだろ。楽しみにしているのだよ」

「ですが、あきらめてもらうしかないすよ。世の中、野球ばかりではありませんし」

 数弥の口調はさめていた。熱心な野球ファンではないのだ。

「といっても、シーズン券を買っている人もいるだろ。子供たちだって悲しむだろ」

「ですけど、野球賭博は、れっきとした犯罪すから、暴かなければなりません。それよりも、その屯倉選手の話をしましょう。姐さんは、どれだけ知ってるんすか?」

「ものすごい選手と言うことだけは知っているよ。三年連続首位打者だろ。勝利打点も、三年間で100は超えたという」

「ええ、そうすね。王者の核となる人物す」

「そんな選手が、八百長をやるのかねえ。だいたい、打率が四割近いのだよ、さっきの塚間投手じゃないけど、どうやってやるのだよ?」

「でも、やってるから、姐さんたちもあんな目にあったのでしょ」

「そうなのだけどね。何かしっくりいかないというか」

「きっと、普段、七割ぐらい打つ力ある選手じゃないの」

天美が口を出してきた。

「七割だって」

「そう、ざく姉だって、七割ぐらい打てるでしょ。自慢してたし」

「それは、試合数も少ないし、相手のレベルが低いからだよ」

「試合数っていくつぐらいなの」

「百三十八試合す」

 数弥が答えた。

「そんなにあるんだ」

「そうだよ。ほぼ九ヶ月も続くのだから、調子が悪いときも出てくるよ。十試合を勝ち抜けば優勝できるようなものとは違うからね。高校時代に通算打率が七割打っていた選手でも、プロに入ったら、一年目はからっきしだめなことも珍しくないし、プロはまったく違う世界だからね、そんなところで五割も打てたら化け物だよ」

「それで、さっき出た塚間っていう選手と、この屯倉って言う人、どっちが勝ってるの?」

「それが、まだ今シーズン、ノーヒットなんす」

「一本も打っていないのかよ」

 思わず競羅も声をあげた。

「ええ、ゼロす。去年もゼロでしたから、ここのところ二年はノーヒットすね」

「それじゃあ、矛盾のたとえにもならないね。いつも、盾が勝つようじゃ」

「ですから、今回のレートが百倍なんすよ。賭けても無駄というか」

「だから、奴らは、塚間投手を何とかしようとしたのか」

「ええ、それを、姐さんたちが阻止したんすよね」

「きっと、そういうことなんだろうけどね。それで、失敗したとわかった奴らは、どうする気なのだろうね?」

「わかりません。ですが、すでに、掛け金を払っていたら、どうしようもありませんね」

「それはそうだね。今更、取り消しは虫がよすぎるからね。でも、逆のことを言うと、胴元にとっては都合のいいことになったのではないかい」

「えっ、どうしてすか」

「そうだろ。よく考えてみなよ。賭けの挑戦が成功したとき、胴元は百倍の金を払わなければならないのだよ。その可能性が少なくなったのだからね」

「そうとは限りませんよ。こういうオッズの場合は胴元といいますか、主催組織自体がかけていることも結構あるんすよ。もし、達成ができなかったら、十倍返さなければならないということで、賭けた人はかなり少ないと思いますから」

「そうか、そういう見方もあるんだ。となると、今回の失敗は、奴らにとって高くつくね」

「それは、あくまでも、チャレンジに失敗を場合すけど」

「まだ、達成の可能性があるのかよ」

「なんと言っても、あの屯倉選手すからねえ」

 数弥は含みのある言葉を言った。その言葉に食いついた競羅、

「どういう意味だよ。塚間投手を、まったく打てないのだろ」

「ですけど、前科がありますからね」

「前科だって?」

「屯倉選手は王者に来る前に、西南スパークスにいたことは知っていますか」

「ああ、知ってるよ。そこで、何度か優勝させて、王者に来たことぐらいね」

「ええ、スパークスは、別のリーグすけど、ここ十年で八回リーグ優勝をしています。日本一も六回すか。なぜ、そのスパークスを出て行ったかわかりますか」

「そんなの、お金に決まっているだろ。王者が、すごい契約をしたのじゃなかったかい」

「ええ、五年三十億すか。でも、スパークスは、それ以上出しましたけど」

「それでも、東京に来て王者に入る魅力の方が勝ったのだろ。名門だからね」

「そんなことではないす。はっきり言いますけど、地元にいづらくなったからすよ」

「いづらくなったって、いじめがあったわけではあるまいし」

「もう、姐さんも、うすうすわかってるんじゃないすか。話の前後から」

「賭博か」

「ええ、僕もよく知らなかったんすけど、それが原因だと聞かされました」

「聞かされたって、伝聞じゃないかよ」

「でも、その先輩は、今はもういなくて」

「いないって、あんた」


「つまり、殺されたということね」

 ここで、天美が声をあげた。こういう話題には目端が利く少女だ。その声に触発されたのか、数弥は深く深呼吸をすると、次の言葉を、

「ええ、その通りす。今だから話しますけど、片岡先輩は二年前に都内の喫茶店で刺し殺されました。犯人は、その場で自首しましたけど」

「喫茶店のスポーツ記者殺し、あったね。このあいだ判決が出た事件か。犯人は、むしゃくしゃしていて、殺すのは誰でもよかったという、まあ、よくある事件だけどね」

 競羅はそこまでは、普通の調子で話していたが、そのあと、何か思いついたのか、

「まさか、それに裏があったのか」

とトーンをあげて聞き返した。

「ええ、記者といっても、スポーツ専門でしたので、誰も深く疑問を持たなかったみたいすね。僕を除いては」

「あんたの知り合いだったのか」

「ええ、面白い人でした。野球が大好きで、野球を愛していました。だからこそ、賭博が許せなかったんすよね」

「そんなことがあったのなら、どうして、こっちに相談しなかったのだよ」

「話して何とかなったんすか。野球賭博が表に出るというのは、よほどのことすよ。代議士の汚職より騒ぎが大きくなるんすから!」

 数弥の言葉には感情が入っていた。

「まあ、そうだろうね。それで、死んだ記者は、あんたに何か言葉を残したのだろ」

「ええ、西南時代の優勝決定シリーズで、大きな汚職をしたらしいす」

「優勝決定シリーズというと、二位と一位が戦って先に三勝をした方が優勝するあれか」

「そうす。球場は一位チーム、引き分けは一位チームの勝ちということすけど」

「それで、どんな八百長をしたのだい?」

「本来なら、スパークスの三勝0敗で終わるのを五試合に引き延ばしたんす」

「そんなことができるのかよ、また、なぜ、そんな?」

「わかりませんか。試合が五試合になったら球団は当たり前すけど、そこに入っている飲食店も、もうかるんじゃないすか」

「ということは、その飲食店が屯倉とつながっていたと」

「そういうことすね」

「ちょい待てよ。でも、おかしいよ。もし、仕掛けがうまくいったとして、二勝二敗で最終戦を迎えたとき、スパークスの先発投手が滅多打ちにあって、先に大量点を奪われたら、どうするつもりだったのだよ」

「姐さん、知っているんじゃないすか、その試合」

 数弥が妙な言葉を言い、それに反応した競羅。

「えっ、どういうことだよ?」

「だから、姐さんが今、言った通りの展開だったんすよ。スパークスは一回の表に、ソルジャーズの猛攻撃で五点を失いました。でもその裏すぐに、屯倉選手が最上段に豪快なツーランホームランを打ち込んで三点差にしたんす。これで、沈んでいたベンチは生き返りました。すぐに、スパークスベンチは、二回から第一戦で勝利をしたエースを中三日でつぎ込みました。四回の裏、先頭バッターの屯倉選手は、またも豪快にバットを振り抜き、ライトスタンドにホームランをたたきこんだのです。

 二点差になったソルジャーズベンチは先発を交代させましたが、勢いに乗ったスパークスの打線に捕まり、あっというまに同点にされます。そして、スパークスは五回から第二戦で勝利した二番手エースを惜しみなくつぎ込んだのです。やはり、中二日はきつかったらしく六回に勝ち越し点を奪われました。しかし、その裏、屯倉選手が三本目の同点ホームランをレフトに放ったのです。そこから、再びスパークス打線に火がついて、相手から、さらに三点を奪いました。その後は、スパークスおとくいの二人の中継ぎ、抑えという勝利の方程式が発動して、十対六で最終的に勝利を収めました」

「その日、三本も打ったのかよ」

 競羅は驚いた目をすると、確認するように言った。

「ええ、もともと、スパークス打線は驚異的でしたからね。勢いがついたら、なかなか止められませんよ。そして、その力を引き出すことができるから、屯倉選手はゲームコントロールができる選手なんす」

「参ったね、脱帽をするというか。これなら、最終戦まで持って行けるよ」

「僕も片岡さんに言われて、後から調べたんすけど、そのときはぞっとしました」

「何にしても、八百長は成功したということか」

「ええ、片岡さんの話だと、あの年の屯倉選手は、それこそ、別の博打で大損していて、かなりの借金があったということです。それが、帳消しになったみたいすね」

「そうかい、そういう背景があるのだろうね。どうせ、独身だろ」

「ええ、女性関係も派手ということでした。一度結婚をしましたが、別れて独身す」

「何にしても、このことが嗅ぎつけられて西南には、いづらくなったということか」

「ええ、これも片岡さんの話すけど、地元西京スポーツの記者が、嗅ぎつけてすっぱ抜こうとしていたみたいす。でも、それができなくなったみたいで」

「できなくなった」

「ええ、海から車ごと死体で発見されたらしいす」

「殺されたんだ!」

 ここで、再び天美が口を開いた。

「ええ、片岡先輩もそう思っています。姿を消す前日、電話で話し合っていたということすから。それで、自分も怖くなって記事にするのをやめたと言っていました」

「でも、それって、本当のことかい?」

「ええ、僕も気になって調べたら、そんなニュースがありました。確かに、屯倉選手が王座に移籍した年に、西京スポーツの記者が海から死体で発見されていますね」

「つまり、今回の八百長には、すでに二人の死が絡んでいるということか」

「だからこそ、表に出さないといけないんす。その西京の記者と片岡先輩の無念を晴らすためには、これで僕が言った意味はわかりますね。屯倉選手の前科と、僕がどうしても、あばきたいと思っている理由が」

「だいたい、わかったけどね。やはり、ペナントが中止になることを考えるとね」

「ざく姉、まだ、そんなこと言ってるの!」

天美の厳しい声がした。そして、数弥も、

「では、天ちゃんは協力をしてくれるんすね」

「むろん、許すわけにはいかないし!」

「かといってもね、すべて伝聞だからね。まずは、裏を取らないと」

「そんなものありませんよ。ですけど、姐さんたちが屯倉選手の話と間違えられて、襲われたことで充分だと思うんすけど」

「確かにそうだけどね。あの屯倉選手が、やはり信じられないね」

競羅は、まだ納得をいかないような顔をしていた。

「でしたら、直接、確かめればいいんじゃないすか」

「確かめるって」

「僕たちが球場に行って確かめるんす。屯倉選手が、今夜の試合で、本当にSコースの八百長をやるかどうか。そして、やらなかったら僕は暴くのをあきらめます。ですがSコースを達成した場合は、姐さんも協力をしてくれますよね」

「それはわかるけど、塚間選手も出てくるのだよ」

「それでも僕は、屯倉選手なら、やりとげるような感じがするんす。どうです、この賭け、姐さんはのりますか」

数弥の言葉にしばらく、競羅は考えていたが、やがて、笑うと、

「そうだね。その賭けにのることにするよ。でも、野球観戦はできるのかい」

「僕は記者すよ、チケット三枚なら簡単に手に入れますよ。むろん有料すけど」

「では、任せたよ、ということで、もうこの話はいいね」

「ええ、夕方五時半に帝都ドーム正面玄関で落ち合いましょう」



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