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幻獣島旅行記  作者: 増村有紀
第1部 旅立ち
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第4章 旅立ち

 そろそろシドは社会に接してもいい時期ではないだろうか。

 ラリサはそう思っていた。

 頭の良い子だ。読み書きも計算も教えたし、簡単な仕事の手伝いくらいなら容易に出来るだろう。


 何より、この丘には人がいない。

 ラリサの、いや「メルス村のバルテオ」の私有地とされ、ここまでやってくる村人はまずいなかった。


 ここでシドが触れ合える人間は、自分とエステレルのみ。

 動物とのふれあいは可能だとしても、同年代や多少の年齢差のある人間とも、関りを持って欲しい。


 そう思って、ラリサは村に買い物ついでに降りていき、役場で掛け合ってみることにした。

 白エルフが土着の亜人として認められて闊歩しているのだ、闇エルフだって問題はないだろう。


 だが、そのラリサの考えは甘かった。


 拾ってきた子供が闇エルフだと言った途端、村人たちの反応が変わったのだ。

 村で暮らしている白エルフたちは、軽蔑したような目でラリサを睨んだ。

 銅鑼が鳴り響き、女子供は家に避難させられ、男衆が広場に集められた。


「何だよ、こんな騒ぎにすることじゃねぇだろうが!」

 ラリサは物々しさに、鮮やかな青い瞳で、集まってきた男衆を睨み付けた。


「村にとって危険な、その闇エルフを処分する!」

「そうだ、そうだ!」


 村人が声を上げる。手に手に農耕具を持ち、ラリサを取り囲んで威圧してくる。

 しかしバルテオのラリサにそんな素人の脅しは通じない。

 彼女は声高く叫んだ。


「説明しろよ! どうして白エルフは亜人として認められているのに、闇エルフはいけねぇんだ!? 肌がちょっと黒いだけで、白エルフと何も変わりゃしねーよ!!」


「肌が黒いのは邪悪な証拠だ!!」

「太陽の強く照り付ける地方の出だからだろ! 少しは勉強しろよ!」


 ラリサは何度も言い返す。しかし、村人たちはヒートアップしていった。


「よりによって魔物なんぞを連れ帰った役立たずめ! お前など、バルテオに相応しくないと思っていたのだ。女のくせに!」

「そうだ、女のくせに!」

「女は黙ってろ!」


 村の男たちは、ラリサの住む丘に攻め入り、邪悪な闇エルフの子供を殺そうと計画を立て始めた。


「何であの子を処分する必要があるんだよ! 肌が黒いだけで魔物扱いかよ!」

「もう村にこれ以上魔物を近づけておく理由はない!! 1匹で十分だ!」


「1匹……だと?」

 この村の近くに、既に魔物が1匹いる? ラリサは考え込んだ。


「ああ、あの1匹は有益だと見做して殺さずにおいたが、闇エルフの子供なんてダメだ。魔物の子供に暴れられたら手が付けられないだろう。村を危険に晒す気か?」


「ちょっと待て、1匹って何のことだ?」


 既に村に魔物が入り込んでいるとするなら、バルテオとして問題があることになってしまう。

 ただでさえ、女性だという理由で、ラリサは軽んじられていた。


「見たことはねぇが、薬を調合して外壁の外で商売をしているらしい、奇怪な生き物だそうだ」


 薬。

 調合。

 奇怪な生き物。

 壁の外。


 ピンときた。エステレルのことだ。


「あ、あいつだって、魔物でも何でもねーじゃねーか! ちょっと目が、見た目だけ変わっているだけで……!」

「いいか、メルス村に魔物は要らん。闇エルフも要らん。薬師気取りの気味の悪い生物も要らん。役に立たない女バルテオも要らん!! 出ていきたまえ!!」


 野太い声で、村長が命じる。


「話を聞けよ!」

「即刻出ていけ! 次のバルテオを派遣してもらえるよう、ギルドに伝令を出しておく!!」


「待てよおい……っ!!!」


 ラリサの言葉は全て無視され、男衆は声を上げて村長の言葉に同意を唱えると、「出ていけ、出ていけ!!」と騒ぎ始めた。


 これ以上抗っても、男衆の暴動を招くだけだ。

 悔しさに唇を噛みながら、ラリサは追い立てられる形で、村の外壁を出た。


 抵抗しようと思えばできた。この村を破壊しつくし、滅ぼすことすら、簡単だった。

 しかしそれは、村づきのバルテオという契約で、固く禁じられていた。


 肩を落として丘に帰ったラリサを、シドが待ちかねたように迎えた。

 家から、ぱたぱたと飛び出してきて、ラリサの腰に抱きつく。


「どうしたの? ラリサ、悲しいことでもあった?」

「ああいや……何でもねぇよ……」


 シドには人の気配が読める。その気配が纏う感情も。

 誤魔化すことは出来なかったが、ラリサは、「しっかりしろ」と自分を奮い立たせた。


「エステレルは来ているのか?」

「今日はラリサお買い物なんだけど、帰ってくるの遅いねって言ったら、夕ご飯用意してくれたの、それもすっごく美味しそうなの! ラリサも食べたら、きっと元気出るよ!」


 シドはラリサを押すようにして、家に入った。


(この家も、次のバルテオに譲らなけりゃいけねぇんだろうな……)


 村の意志を覆すことは、女性であるがゆえに軽視されている彼女には、非常に難しい。

 村長は、宣言通り、ギルドに伝令を送っただろう。

 やがて次のバルテオがこの家の主になる。


 これが最後の晩餐というところだ。


 並べられた料理が全て精進料理なのに気づき、ラリサはエステレルに何故かと尋ねた。

「ああ、私ベジタリアンなんで……」

「これじゃシドの腹がもたねぇな」


 ラリサは下ごしらえをしてあった肉を焼き始める。

 ぞろりとテーブル中に料理が並んだ、なかなかに立派な食卓になった。


「いただきまーす!」

「いただきます」

「……おう」


 それぞれ食前の挨拶をして、口をつける。

 しかし、ラリサのスプーンは、なかなか動かない。


「食欲、ないですか?」

「何だかラリサ、ずっと悲しそうなの」


 むぐむぐと口を動かしながら、シドがエステレルに説明する。

 以前トロウルに変身させられていたせいか、彼の食欲はかなり旺盛だ。


「俺の所為で、皆ここを離れなくちゃいけなくなったって言ったら、どうする?」

 ラリサは絞り出すように言った。


「僕、ラリサについていく!」

「私はどうしましょうかねえ。ラリサが私を専属の薬師として雇ってくださるなら、願ってもいないことですけれどね」


 即答するシド。

 提案を、冗談めかして伝えるエステレル。


「私のことが、村の人にも知られてしまいましたか? 一応、姿を見せないように、隠れて営業していたんですけれどねえ……」


「……俺にはさ、何でお前らが、見た目だけで魔物扱いされなきゃいけねぇのか、分かんねんだよ」

 本当の「邪悪で残酷な魔物」を知っているからこそ、ラリサは目をぬぐう。


「じゃあ、そんな理解のない村、こちらからさよならしちゃいましょう」

 明るくエステレルは言うと、微笑んでみせた。

「ラリサがそんなに苦悩してまで、守ってあげる必要、ないですよ」


「僕も行くー! でも何処に行くの?」

「3人で、当てのない旅に出るんですよ」

「すごーい! 素敵だねえ! 僕、この世界を色々知ってみたいよ! 甘いパイも食べられるかな?」


「お前ら……」

 涙をこらえ、ラリサは無理に笑顔を作った。

「後悔しねぇか、エステレル?」


「しませんよ。旅は道連れって言うじゃないですか。逆に、ラリサが後悔しませんか?」

 エステレルは自分の異形の目に手を近づけた。


「俺はお前らを守り抜くよ。可能ならだが、言われなき偏見からもな……」

 この家を出よう。ラリサは決意した。愛着がないかと言われると嘘になるが、新しい生活に身を投じよう。


「シド」

 優しく声をかける。ぽむ、と頭に手を乗せて。

「お前の友達、見つけようぜ。この旅で。友達は一生の宝だからな」


「……うん!」

 シドはにっこりして、ラリサにしがみついた。

「良かった、ラリサ少し悲しくなくなった! 僕のお友達探し、手伝ってね!」


 ――こうして最後の夕餉を終え、3人はそれぞれ荷物をまとめると、メルス村を後にしたのであった。

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