表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻獣島旅行記  作者: 増村有紀
外伝 星祭りの夜
56/56

第5章 星祭りの夜

「そんな訳で、成人祭の時にこれをお前に渡すって俺、お前の母さんと約束したのさ。……もっとも、家出の時に実家に忘れてきちまってたんだけど……」

「え……じゃあ、まさか……わざわざおうちまで行って来たの?」


 テリーの言葉にマルリーンは目を剥いた。

 この町からテリーの故郷までは、馬でも二三日はかかる距離である。

 単独で速馬を走らせるには道の状態も治安もそれほどよくはない。


 テリーは頷いた。

「ああ。親父も俺のお袋も年はくっていたが元気だったよ。今じゃ姉貴が孤児院長さまだなんて、恐ろしい世の中だ。跡取り息子が家出してガイドやってるだけなら、平和そうに見えるけどな」

 テリーはそう言って笑った。

 マルリーンの目は、テリーの額に浮いた汗と、まだ荒い呼吸と、さりげなく腰をさする左手を捕らえていた。


「なあキャロータ、だからそのドレス、お前の母さんのためにも着てやれよ。嫌な訳じゃなくてただ気恥ずかしいだけだろ? 周囲なんて気にすんなって。自分が思うほど、周囲にとって自分って大したもんじゃないし、やりたいこと我慢して後悔するなんて勿体ないじゃん。もっと素直に生きろよ。それに俺が保証してやる、絶対それ似合うって! お前は仮にもこの俺の妹なんだからさ」


 テリーは繰り返した。

 マルリーンは少しずつ、気張っていた心が緩むのを感じた。

 何故気恥ずかしく思ったのか、どうして「女の子らしいこと」を自分の中から排除する気持ちになったのか、彼女は考えた。

 普通の女の子とは違う生活をしているという意識のためなのか、それとも意地、或いはプライド……?


 わかったことがひとつある。素直になってもいいってこと。

 そうか、とマルリーンは思った。それでいいんだ。

 すっと心が軽くなった。


 マルリーンはドレスを見つめ、照れたように微笑むと、ゆっくり頷いた。

「うん。……明日これ着るね。……ありがと」

 はにかみながら彼女はやっと言った。

 赤い頬をドレスで隠すと、何故か無性に涙が滲んだ。

 兄の笑顔が眩しい。


「明日は盛況に祝おうぜ、キャロータ!」

「……うん」

 嬉し涙を隠したまま、マルリーンはこっくり頷いた。


 無口なクズーは、ただ静かに兄妹のやりとりを見守っていた。

 部屋中にあたたかい空気が満ちていた。

            

 夜闇が町を覆い、星々が輝き出す。

 広場に焚かれた火が夜空へと伸び上がり、それを取り囲む盛装した男女の影を明るく染めていた。


 マルリーンは、カロルと共に、踊りの輪に混じっている。

 あのドレスは本当によく似合った。

 ギルドの仲間たちも、着飾った彼女の変貌ぶりに目を丸くしたほどだ。


 テリーは上機嫌で、博打の勝ち分を湯水の如く酒に変えていた。

「飲めよぉクズーちゅわ~ん、つまんないじょ~」

 踊りの輪から離れた場所に陣取り、酔ったテリーがクズーのカップに更に酒を注いだ。

 クズーは今夜はマルリーンの保護者として見守ってやりたいと思っていたので、テリーの酒の誘いを言葉少なく断ったのだが。


「あんなおちびがもう大人かぁ……今度は嫁入り先でも見つけてやらにゃならんかな~。ん~」

 クズーが余り酒を飲まないので、テリーは手酌しながら呟いた。半分呂律が回っていない。

「……んにゃ、俺のいもーとなら自分でめっけてくっかぁ、そーだよな、ははははは」

 何がおかしいのかテリーは陽気に笑った。


 その時、酔った彼の目にふと辻向かいの串焼き売りの姿が飛び込んで来た。

 テリーは呆然となった。彼は憑かれたように、串焼き売りの元へ駆け寄った。

「あの、おじょーしゃんっ! そ、その、俺はあなたの美しさに感電死しまひたっ! うつくひーおじょーしゃんっ、よろひければ哀れなあなたの奴隷にせめてお名前だけれも……」

「なっ、何何何だねあんたはっ!」

 テリーは串焼き売りのおやじに抱きついた。おやじは串を取り落とした。


「……あれ? あれあなたのお兄さんじゃない?」

 丁度踊りを終えて、お喋りを楽しんでいたマルリーンに、カロルが歩み寄った。

 マルリーンは振り向いた。

 串焼き売りのおやじにしなだれて口説く兄の醜態、そしてそれを囲む人々の白い視線。

 マルリーンは真っ赤になった。


「………あンのばか兄貴……っ」


 マルリーンはドレスの裾をからげると、群衆をかき分けた。

 おやじに尚もしがみつくテリーの襟首をつかみ、ひきずるように連れて帰る。


「もうっ、成人祭でまで、ボクに恥をかかせないでよねっ!」

 人々の視線を刺さるほど感じ、顔を隠したままマルリーンは兄を叱咤した。

 テリーはマルリーンを見上げると、今度は妹の肩を抱いた。


「……全くおじょーしゃんは罪なお人ら! 貴女には二人を結ぶうんめーの赤い糸が見えておらりぇるはず! 俺はただこの胸のたてりゅ熱きこどーをせめて貴女に捧げたひのれしゅ……」

「ああもうっ! しっかりしてよ兄貴~!」


 完全に手を焼いているマルリーンを助けて、クズーやグンター逹がテリーを引きはがした。

 そのままテリーは荷物のようにクズーに負われて連れていかれる。


 げんなりした顔で踊りの輪に戻ってきたマルリーンに、カロルは笑いながら声を掛けた。

「お疲れ様。お兄さんっていつもあんななの?」

「……酔うとね。恥ずかしいったらないよー、折角のお祭りなのにさ……」

 周囲の視線を尚も気にしながらマルリーンは呟いた。


「そうなの、大変ね。でも面白いお兄さんじゃない」

「……否定は出来ないよ……。……でもね……確かにあんな兄貴だけど、ボクにとっては最高の兄貴なんだ」

 マルリーンは着ているドレスに目を落とすと、カロルにそう言って微笑んだ。


 その星祭りは、炎と星空の光を一面にまぶされて、素晴らしく美しかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ