第5章 星祭りの夜
「そんな訳で、成人祭の時にこれをお前に渡すって俺、お前の母さんと約束したのさ。……もっとも、家出の時に実家に忘れてきちまってたんだけど……」
「え……じゃあ、まさか……わざわざおうちまで行って来たの?」
テリーの言葉にマルリーンは目を剥いた。
この町からテリーの故郷までは、馬でも二三日はかかる距離である。
単独で速馬を走らせるには道の状態も治安もそれほどよくはない。
テリーは頷いた。
「ああ。親父も俺のお袋も年はくっていたが元気だったよ。今じゃ姉貴が孤児院長さまだなんて、恐ろしい世の中だ。跡取り息子が家出してガイドやってるだけなら、平和そうに見えるけどな」
テリーはそう言って笑った。
マルリーンの目は、テリーの額に浮いた汗と、まだ荒い呼吸と、さりげなく腰をさする左手を捕らえていた。
「なあキャロータ、だからそのドレス、お前の母さんのためにも着てやれよ。嫌な訳じゃなくてただ気恥ずかしいだけだろ? 周囲なんて気にすんなって。自分が思うほど、周囲にとって自分って大したもんじゃないし、やりたいこと我慢して後悔するなんて勿体ないじゃん。もっと素直に生きろよ。それに俺が保証してやる、絶対それ似合うって! お前は仮にもこの俺の妹なんだからさ」
テリーは繰り返した。
マルリーンは少しずつ、気張っていた心が緩むのを感じた。
何故気恥ずかしく思ったのか、どうして「女の子らしいこと」を自分の中から排除する気持ちになったのか、彼女は考えた。
普通の女の子とは違う生活をしているという意識のためなのか、それとも意地、或いはプライド……?
わかったことがひとつある。素直になってもいいってこと。
そうか、とマルリーンは思った。それでいいんだ。
すっと心が軽くなった。
マルリーンはドレスを見つめ、照れたように微笑むと、ゆっくり頷いた。
「うん。……明日これ着るね。……ありがと」
はにかみながら彼女はやっと言った。
赤い頬をドレスで隠すと、何故か無性に涙が滲んだ。
兄の笑顔が眩しい。
「明日は盛況に祝おうぜ、キャロータ!」
「……うん」
嬉し涙を隠したまま、マルリーンはこっくり頷いた。
無口なクズーは、ただ静かに兄妹のやりとりを見守っていた。
部屋中にあたたかい空気が満ちていた。
夜闇が町を覆い、星々が輝き出す。
広場に焚かれた火が夜空へと伸び上がり、それを取り囲む盛装した男女の影を明るく染めていた。
マルリーンは、カロルと共に、踊りの輪に混じっている。
あのドレスは本当によく似合った。
ギルドの仲間たちも、着飾った彼女の変貌ぶりに目を丸くしたほどだ。
テリーは上機嫌で、博打の勝ち分を湯水の如く酒に変えていた。
「飲めよぉクズーちゅわ~ん、つまんないじょ~」
踊りの輪から離れた場所に陣取り、酔ったテリーがクズーのカップに更に酒を注いだ。
クズーは今夜はマルリーンの保護者として見守ってやりたいと思っていたので、テリーの酒の誘いを言葉少なく断ったのだが。
「あんなおちびがもう大人かぁ……今度は嫁入り先でも見つけてやらにゃならんかな~。ん~」
クズーが余り酒を飲まないので、テリーは手酌しながら呟いた。半分呂律が回っていない。
「……んにゃ、俺のいもーとなら自分でめっけてくっかぁ、そーだよな、ははははは」
何がおかしいのかテリーは陽気に笑った。
その時、酔った彼の目にふと辻向かいの串焼き売りの姿が飛び込んで来た。
テリーは呆然となった。彼は憑かれたように、串焼き売りの元へ駆け寄った。
「あの、おじょーしゃんっ! そ、その、俺はあなたの美しさに感電死しまひたっ! うつくひーおじょーしゃんっ、よろひければ哀れなあなたの奴隷にせめてお名前だけれも……」
「なっ、何何何だねあんたはっ!」
テリーは串焼き売りのおやじに抱きついた。おやじは串を取り落とした。
「……あれ? あれあなたのお兄さんじゃない?」
丁度踊りを終えて、お喋りを楽しんでいたマルリーンに、カロルが歩み寄った。
マルリーンは振り向いた。
串焼き売りのおやじにしなだれて口説く兄の醜態、そしてそれを囲む人々の白い視線。
マルリーンは真っ赤になった。
「………あンのばか兄貴……っ」
マルリーンはドレスの裾をからげると、群衆をかき分けた。
おやじに尚もしがみつくテリーの襟首をつかみ、ひきずるように連れて帰る。
「もうっ、成人祭でまで、ボクに恥をかかせないでよねっ!」
人々の視線を刺さるほど感じ、顔を隠したままマルリーンは兄を叱咤した。
テリーはマルリーンを見上げると、今度は妹の肩を抱いた。
「……全くおじょーしゃんは罪なお人ら! 貴女には二人を結ぶうんめーの赤い糸が見えておらりぇるはず! 俺はただこの胸のたてりゅ熱きこどーをせめて貴女に捧げたひのれしゅ……」
「ああもうっ! しっかりしてよ兄貴~!」
完全に手を焼いているマルリーンを助けて、クズーやグンター逹がテリーを引きはがした。
そのままテリーは荷物のようにクズーに負われて連れていかれる。
げんなりした顔で踊りの輪に戻ってきたマルリーンに、カロルは笑いながら声を掛けた。
「お疲れ様。お兄さんっていつもあんななの?」
「……酔うとね。恥ずかしいったらないよー、折角のお祭りなのにさ……」
周囲の視線を尚も気にしながらマルリーンは呟いた。
「そうなの、大変ね。でも面白いお兄さんじゃない」
「……否定は出来ないよ……。……でもね……確かにあんな兄貴だけど、ボクにとっては最高の兄貴なんだ」
マルリーンは着ているドレスに目を落とすと、カロルにそう言って微笑んだ。
その星祭りは、炎と星空の光を一面にまぶされて、素晴らしく美しかった。




