第3章 お祭りなんて
沈んでいるマルリーンに気を遣ってか、クズーは馬の様子を見に行ってしまった。
部屋の中で一人、蝋燭の炎を見つめている自分。
「らしくないなあ」と呆れてしまう。
溜め息の数はとうに三百を越えている。
端から見たら恋患いでもしているように見えるだろう。
彼女はくすりと笑い、頭を掻いた。
「まあいいや、どうせ見るだけだし……お金もないし、見る振りだけしていれば落ち込まずに済むかも……」
その時、廊下から陽気な足音が近付いてきたと思うと、部屋の扉が勢いよく開いた。
上機嫌なばか兄貴のご帰還だ。
「やっほー、キャロータ! 見てみなこの袋の中身!」
開口一番、彼はそう言って大きな袋をマルリーンに投げた。
思ったよりずっしり重たくて、彼女は取り落としそうになった。
中身はなんとお金だった。今迄、見たこともないようなお金の山。
「もー、今日は何だかツキまくっちゃってさー、これ全部俺が稼いだんだぜー!」
ばか兄貴ことテリーズ・ファロウは、至って上機嫌だった。
無精に伸びた金髪を軽く掻きあげ、彼は踊るように上着や荷物を椅子に投げた。
「兄貴……この町で博打やってきたの?」
マルリーンはぽかんと口を開けたまま尋ねた。
博打は実はこの町の自治法で禁止されているのである。
「いーじゃん、こう勝ちまくった日くらい大目に見てくれよ。カタいこと言いっこなしだ! 愛してるよ我が妹君~!」
陽気にテリーはマルリーンの首を抱いた。
スったことは多かれど、勝った試しは今迄無かったのだ。
しかも初めてがこんな大勝利である。彼は完全に酔いしれていた。
派手な物音に、何事かとクズーが帰ってくると、テリーは今度はクズーに抱きついてダンスをした。
マルリーンは大きく溜め息をついた。
「お金がないから諦めもつくと思ったのに、神様は意地悪だ」
彼女は痛切に思うと肩を落とした。
「……ん? どうした?」
妹の元気のない様子に、テリーは首を傾げた。それから慌てたように弁解する。
「いや、本当はちゃんと何か買ってきてやろうと思ってたんだけどさ、店がもう閉まっちゃってたもんだから、な。明日な。明日何か買ってやるから。服とか、菓子とか、何でも好きなものを。そぉだ、今度の星祭りに思いっきり飲み食いするってのもいいな!」
無神経な彼の言葉が胸に刺さり、マルリーンは思わず立ち上がった。
「うるさいな! 博打なんかで作ったお金で食べたって、全然楽しくないや! 食べたけりゃ兄貴が勝手に食べたらいいよ、ボクはお祭りなんて行かないからね!」
無性に腹が立って、思わず兄を怒鳴りつけた。
テリーは目をぱちくりさせた。
クズーも驚いた顔でマルリーンを見ている。マルリーンは肩を上下させ、視線を床に落とした。
「……ごめん兄貴、ボク、水浴びて寝る。おやすみ」
彼女は上着を引っ掛け、洗面用具をまとめて部屋を出た。
手早く水浴を終えて部屋に戻るとさっさと毛布にくるまり、彼女は自分のベッドサイドの蝋燭を消した。
彼女のベッドが静かになると、テリーとクズーは顔を見合わせた。
二人とも少し今日のマルリーンが妙だと感じていた。
「月の障りかな」
テリーは呟いた。
「或いは、腹痛か……キャロータがあんなに怒鳴るなんて、何かよっぽどの理由があるってことだよな……具合が悪いんでないとしたら、そんなに博打のことが気に障ったのか?……折角勝ったのに。俺が博打で勝つなんて珍しいんだぞ。キャロータはそれとも、俺に負けて欲しかったのか……?」
彼は金貨の詰まった袋を、哀しそうに見つめた。
「……昼間からああだ。恋患いかも知れない」
クズーはぽつりと言った。思わずテリーは笑う。
「まさか。キャロータがそんな、恋患いなんて。はははは……しまった、あり得るか」
俺の妹だぜ、と言いかけて、テリーは自分自身の惚れっぽさに思い至った。
彼は思わず悩み込んだ。
「……でも、恋患いにしちゃ派手な荒れようだよな。まさか、キャロータが既婚男性と不倫関係になっちまったとか……それともヤバいお仕事の男に惚れちまったとか? 或いは同業……もしかして相手はグンターか! それでこの宿では肩身が狭いとか……さてはおかみさんに殺意を!? 待て、早まるな、早まるなよキャロータ!」
頭の中でテリーの妄想がどんどん膨脹していく。
「そんな、そんなコトをする前に俺に相談してくれよキャロータ~!……でも、そうなったら俺は何が出来るんだ? うーんうーん……駄目だ、やっぱり俺に相談されても……うおお頼りない兄貴を許してくれええ!」
ライトブロンドの髪を掻きむしり、テリーは悩んだ。端で見ると非常に愉快な行動だが、これが彼の地なのである。
もう慣れっこのクズーは一言だけぽつりと言った。
「そっとしておけば良いと思う」
その言葉に、苦悩していたテリーはようやく頭を上げた。
「……うーん、それもそうだな。相談があればしてくると思うし……頼むからしてくれよ、キャロータ。くれぐれも早まるなよ~。つかまる時は俺も一緒だ!」
妹の寝顔に懇願し、しばらくしてテリーは金貨袋を大事に隠した。そして上着を取る。
「もう遅いから水浴みして寝よう。クズーはどうする?」
「夕方済ませた。寝る」
クズーは答えて自分のベッドに上がった。
巨漢ゆえに足が少し台からはみ出したが、彼は毛布をうまく使って体を覆い、蝋燭に小さなベル型の蝋燭消しをそっと被せた。
部屋がまた少し暗くなった。
燭台の蝋燭一本だけが微かな光を放っている。
テリーはその燭台を手にして階段へ向かった。彼が出ると、部屋は真っ暗になった。
テリーが階段を降りていくと、待ち構えたようにおかみさんが立っていた。テリーは慌てて挨拶した。
「あ、おかみさん! いやあ、どどうも、今日はご挨拶に上がらなくて、実は色々と所用が……」
慌てて挨拶に行かなかったことを弁解する。しかしおかみさんはいつものようには文句を言わず、テリーに尋ねた。
「あんた、何か用意はしてあげているのかい?」
「は?」
テリーは聞き返した。
「キャロータだよ。今度の星祭りの用意はしてあるのか訊いてるの!」
おかみさんはやれやれと肩を竦めた。
「その様子じゃまだのようだね」
「あの……何の話です? キャロータが何か……?」
テリーはおずおずと尋ねた。おかみさんは呆れ返って彼を見つめた。
「やれやれ、忘れたのかい? 仕方の無い兄貴だね! あの子、今年で成人だよ! 一生に数少ない晴れ舞台、結婚式と並ぶ女の子の夢、憧れの祭典だよ! その日にあんたは、妹を平服で見物させとくつもりかい?」
テリーの顔色が変わった。
「……あいつ……そんな年齢だったっけ?」
「あーあ、もう。全く、ぼんくらな兄貴だね」
彼の呟きに、おかみさんはやれやれと肩を竦めた。
「……上納金を納めに来た時にね、あたしがドレスを用意してあげるよって言ったんだけど、断られちゃったのさ。ガラじゃ無い、だって。……照れくさかったのかねえ。本当に興味がないんなら、あんなに寂しそうに笑わないと思うのだけど」
黙ったまま立ち尽くすテリーの背中にそう声を掛け、おかみさんは軽く首を振って立ち去った。
誰もいなくなった廊下で、テリーはゆっくりと顔を上げた。
「……間に合うか?」
彼は呟き、踵を返した。




