表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻獣島旅行記  作者: 増村有紀
第4部 田園交響楽~ジイドへのオマージュ
21/56

第3章 転げ落ちる石のように

 ヨーナが2人の姿に慣れるまで、然程かからなかった。

 闇エルフは脅威だと故郷で聞かされていたけれど、目の前のシドは普通の小さな男の子だった。

 エステレルは義視力を与えた魔石を義眼にしているのだと説明し、ヨーナは納得した。


 2人への恐怖がなくなると、ヨーナは、助けてもらった恩を返そうと、奮起した。


 まず、ラリサの負担を軽くするため、得意の料理を担当することにした。

 掃除も洗濯も、手を抜かずに頑張った。(エステレルの私物にだけは触らせて貰えなかった)

 ラリサが帰宅する頃を見計らって、湯船に湯を張っておくようにした。


 最初のうちは良かった。

 ヨーナは気が利く働き者で、3人に歓迎されたし、実際に助かってもいた。


 だが。


「そう言えばシド、最近弓を放置していますが、練習や手入れはしないのですか? ラリサに、日頃から鍛えておかないと、いざという時になまって弦が引けなくなると言われませんでした?」

「だってめんどいし。ヨーナもやれって言わないし」


 徐々に、シドの態度に変化が現れてきたのだ。


 今までは、良いことをしたあとに、ご褒美としてしか食べさせて貰えなかった甘いお菓子を、ぼりぼりとむさぼるようになっていた。

 しかも、ベッドにだらしなく転がった状態で。


 ヨーナは叱らない。

「美味しいですか? シド」

 そう言って、微笑むだけだ。

 ラリサだったら鉄拳制裁が待っている。

 間違いなく。


「ヨーナぁ、綿あめたべてみたーい。作って~」

「綿あめは難しいですね。でも、シドのためなら頑張っちゃいますよっ」


「ヨーナぁ、甘ーいパイって作れる?」

「バターが足りませんね。すぐに買ってきますから、待っててくださいね」


「ヨーナぁ」

「あまーいリンゴのジュースがありますよ。運びましょうか?」


 エステレルは見ていられなかった。ヨーナは、シドの奴隷のようになっていた。

 機嫌をとるために甘いものをどんどん与え、懐かれて、これが愛情だと満足していた。


(こんな姿、今までストイックに育ててきたラリサが見たら、泣きますよ……)

 貯蔵庫から、高価な砂糖類や果物が消えていく。

 ヨーナはラリサの持ち帰る日当にも手をつけ始めた。


「エステレルさんは、何かご入用なものは無いんですか?」

「ええ。無いですよ」

「ひとりで難しそうな巻物を読んでいらっしゃるのね。何が書いてあるんです?」

「魔術についてです」

「勉強熱心なかたね」

「それがどうかしましたか?」

「いえ……その……そうです、休憩を取りましょう。シドと一緒に、お茶にしませんか?」

「遠慮します。読書の邪魔をなさらないでください」


 シドの堕落っぷりは目に余る。

 エステレルはヨーナを警戒した。

 あんなにべたべたに甘やかして、好き放題させて。

 この先、シドは厳しい旅路を生き抜けるのか、不安にもなった。


 ラリサに相談すべきだ、そう気づいた。

 家長はラリサだ。借り賃を払っているのも彼女だ。


 だが、エステレルが気づいた時、ヨーナはラリサへの態度を既に改めていた。


「ただいま」

 雪運びで疲れ切った体を引きずり、ラリサが仕事から戻ってくる。

「……」


 以前なら、足音を聞きつけて飛びつくように出迎えていたシドが、来なくなった。

 以前なら、風呂に湯が張られていて、冷え切った体をすぐに温められた。

 以前なら、夕食が配膳されて、皆が待っていてくれた。


 以前なら。

 今は。


 ラリサの夕飯はなかった。

 ヨーナは「日当、この袋に入れてくださいね」と迫り、今日の稼ぎを全額奪った。

 ラリサは(買い物に使うのか?)とぼんやり考えていたが、実はシドの甘いおやつに化けるのだ。


 シドはと言うと、ご飯を食べなくなっていた。

 お菓子でいつも満腹なのだ。

 ベッドからも殆ど下りないので、ぽちゃぽちゃと太り始めていた。


「ヨーナぁ」

 呼びつければすぐに来るヨーナ。甘いお菓子を言えば買ってきてくれるヨーナ。

 だぁいすき。

 いつまでもこんな生活していたぁい。


「ラリサ、食事はいいんですか? 私が用意しますよ」

 エステレルは、疲れ切って舟を漕いでいるラリサに、そうっと声をかけた。

 だいぶ眠そうだ。話は明日にするしかなさそうだった。


 そうしている間に、日々が過ぎていく。なかなかラリサと話すチャンスは来なかった。


「エステレル」

 ある時、ヨーナに呼ばれた。

「ヨーナさん、何か御用ですか?」

「ラリサのことはどうして呼び捨てになさるんですか? わたしは、さん付けなのに」

「それがどうかしましたか?」

 エステレルは無関心を装った。

「シドのことも呼び捨てですよね。わたしだけ、どうしてわたしだけ? もう、一緒に暮らし始めて、だいぶ経つのに、何故わたしにだけ、そんなによそよそしいんですか」


「だいぶって言われましても、たかだか数か月でしょう?」

 エステレルは淡々と答えた。

「ラリサやシドとは、もっと長いですからね。当たり前と思いますが?」

「わかりました」

 ヨーナはじいっとエステレルをねめつけた。

「エステレルは、ラリサのことが好きなんでしょう」

「……どうしてそういう結論になるのか、分からないのですが……?」

 ため息をつき、エステレルはやれやれと手を振った。


「だって、あなたは、わたしにはちっともなびかないじゃないですか」

「興味ないです」

「適齢期の女性がこんなに近くにいるのに? まっとうな男じゃないわ!」

「まっとうな男じゃなくて結構です」


 ああ、くだらない。エステレルは、泣き出したヨーナから視線を外した。

 シドの扱いを見、ラリサの金に手を付けているところを見て、既にヨーナには同情の余地もなかった。

 正確には、軽蔑に近い感情を抱いていた。


「ラリサ遅いですね。迎えに行ってきます」

 エステレルはこれ以上絡まれたくないとばかりに、部屋を出た。背後で何ごとかをヨーナが叫んだが、気にしなかった。

 雪がローブをはためかせる。積もった雪が白く光って、夜道なのに全く暗く感じない。


 ラリサは町の酒場にいた。雪かき仲間と一緒に、仕事あがりに飲みに行っていたのだ。

 エステレルが店内で見つけた時、彼女はほぼ泥酔状態だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ