最終話 新しい流行は誰にも予測できない
最終話 新しい流行は誰にも予測できない
俺の名前はナーロウ。
上位世界監察局所属監察官。
元女性。
現在男性アバター運用中。
そして隣には過去からやって来た女性版の俺がいる。
今にして思えば。
この時点でかなり異常だった。
だが。
この世界では異常は数が増えると日常になる。
監察局研修一日目で習うことだ。
たぶん。
そして現在。
俺達は監察局本部へ呼び戻されていた。
世界が終わりかけているからである。
最近呼び戻される理由が全部これだ。
組織運営を見直した方がいいと思う。
監察局本部は超高層建築だった。
異世界。
現代世界。
ゲーム世界。
SF世界。
ラブコメ世界。
ホラー世界。
あらゆる下位世界を監視する巨大施設。
その最上階会議室。
そこには局長がいた。
監察局局長。
普段は絶対に出てこない。
本当に出てこない。
前回顔を見たのは六十七年前だった。
本人は会議に出たことになっていた。
意味が分からない。
そんな局長が今いる。
それだけで異常事態だった。
局長は重々しく言った。
「諸君」
「はい」
「新たな流行が発生した」
「それで呼ばれたんですよね」
「うむ」
「それで何なんです」
局長は沈黙した。
珍しく答えづらそうだった。
女性版ナーロウが眉をひそめる。
「まさか未観測ですか」
「その通り」
会議室がざわついた。
未観測。
つまり。
存在しないはずのジャンル。
監察局データベースに登録されていないもの。
局長はゆっくりと言った。
「ジャンル名は」
空気が張り詰める。
世界中の監察官が注目する。
局長は。
静かに言った。
「分からん」
沈黙。
長い沈黙。
俺が立ち上がった。
「分からん!?」
「分からん」
「ジャンル名だろ!?」
「付いていない」
「なんでだよ!」
局長が巨大モニターを起動する。
映像が映る。
そこにあったのは。
一つの作品世界だった。
しかし妙だった。
主人公はいない。
追放もない。
転生もない。
悪役令嬢もない。
配信もない。
ざまぁもない。
掲示板もない。
スローライフもない。
チートもない。
何もない。
ただ。
面白そうだった。
「なんだこれ」
女性版ナーロウが呟く。
局長も首を横に振る。
「分からん」
「またか」
「作者が面白いと思ったものを自由に書いている」
「普通じゃねえか」
「だが分類不能だ」
そこで。
俺は少し気付いてしまった。
今まで見てきた流行を。
追放自治区を。
断罪大陸を。
悪役令嬢学園を。
ダンジョン配信圏を。
掲示板世界を。
全部思い出す。
どれも最初からジャンルだった訳じゃない。
最初は誰かが面白いと思って書いた。
それが広がった。
真似された。
洗練された。
そして流行になる。
つまり。
流行とは結果だ。
原因じゃない。
女性版ナーロウも同じ結論に辿り着いたらしい。
「なるほどね」
「分かったか」
「流行を追い掛けてたけど」
彼女は笑った。
昔の自分らしい笑い方だった。
「最初にあるのは作品なのよ」
俺も頷いた。
「だな」
「流行が作品を作るんじゃない」
「作品が流行を作る」
局長が立ち上がる。
巨大な窓の外。
そこには無数の世界が見えた。
たくさんの物語。
たくさんの主人公。
たくさんの作者。
誰かが新しい話を書いている。
誰かが読んでいる。
誰かが笑っている。
誰かが泣いている。
その積み重ねだった。
局長は静かに言った。
「監察局設立以来」
「はい」
「何度も流行は変わった」
転生。
追放。
悪役令嬢。
配信。
勘違い。
無自覚最強。
掲示板。
全部。
一時代を築いた。
だが。
永遠ではない。
局長は続ける。
「だが物語は終わらない」
「そうですね」
「次もまた誰かが作る」
「ええ」
「我々はそれを見届ける」
監察官らしい言葉だった。
珍しく。
本当に珍しく格好良かった。
その時だった。
会議室の扉が吹き飛んだ。
ドガァァァン。
全員が振り返る。
嫌な予感しかしない。
見覚えのある光景だった。
そして。
煙の中から現れたのは。
マンドゴラだった。
「来たぞ」
「お前かよ!」
薫。
エマ。
ルイーザ。
主任。
ついでに歴代の調査対象まで後ろにいる。
「何しに来た」
俺が聞く。
するとマンドゴラは得意げに胸を張った。
「ついに判明した」
「何が」
「我の正体だ」
会議室が静まり返る。
エマが目を見開く。
薫も驚く。
女性版ナーロウも興味を示している。
マンドゴラは叫んだ。
「我はマンドゴラだった!」
沈黙。
さらに沈黙。
長い沈黙。
そして。
会議室全員で。
「大根だろぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
監察局が揺れた。
下位世界が揺れた。
上位世界が揺れた。
ランキングも揺れた。
掲示板も盛り上がった。
配信も始まった。
局長まで笑っていた。
たぶん初めて見た。
そして。
その笑い声と共に。
物語は終わる。
流行は変わる。
ジャンルも変わる。
だが面白い物語を作りたいと思う誰かがいる限り。
新しい物語は生まれ続ける。
それを見届けるため。
異世界監察官ナーロウの仕事もまた。
終わらない。
完。




