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知らない人 第一話 (前編)

私は湊と付き合って3年になる。


大学に入学してすぐ出会った。


優しくて。


少し不器用で。


それでいて人に好かれる人だった。


私も気づいたら好きになっていた。


ただ、それだけだった。



湊「紬」


大学の門を出ると、湊が手を振っていた。


紬「待った?」

湊「10分」


紬「結構待ってるじゃん」

湊「好きな子待つのは別に苦じゃない」


紬「恥ずかしいこと言わないで」


思わず笑う、湊も笑った。


こういう時間が好きだった。


何でもない会話。


何でもない帰り道。


何でもない幸せ。



休日。


私は湊の家へ遊びに来ていた。

キッチンからは夕飯の匂いがする。


母親「岳ー!買い物袋お願い!」

廊下の奥から返事が聞こえた。


岳「後で」

母親「後じゃなくて今!」


紬は思わず笑った。


湊「相変わらずだな」

紬「弟さん?」


湊「うん」


紬「怒られてる」

湊「昔からあんな感じ」


特に興味はなかった。


双子の弟がいる。

それだけ知っていれば十分だった。



夕飯の後。


飲み物を取りにリビングを出た時だった。

廊下の角で誰かとすれ違う。


岳だった。


同じ顔。


同じ声。


でも雰囲気は違う。


どちらかと言えば静かだ。


岳は一瞬だけ立ち止まった。


そして私を見る。


ただそれだけ。


何か言うわけでもない。


視線だけが残る。


少しだけ居心地が悪かった。


軽く会釈をすると、


岳も小さく頭を下げた。


それで終わりだった。



冬。


湊がいなくなった。


突然だった。


連絡がつかない。


大学にも来ない。


家族も居場所を知らない。


残されたのは短いメッセージ。


『少し一人になりたい』


それだけ。



紬「どういうこと……」


何度読み返しても意味が分からなかった。


昨日まで普通だった。


笑っていた。


未来の話だってしていた。


なのに、どうして?


私の中で不安だけが膨らんでいった。



1か月後。


湊は帰ってきた。


何事もなかったように。



湊「ごめんな」


本当に申し訳なさそうに言う。


紬「最低」


涙が溢れた。


紬「どれだけ心配したと思ってるの」

湊「だから、ごめんって」


紬「本当に最低」

湊「うん」


何度も謝る。


私は泣きながら彼を叩いた。

最後には抱きしめていた。

帰ってきてくれたことが嬉しかったから。



それからだった。


少しずつ。


本当に少しずつ。


違和感が生まれ始めたのは。



ある日の帰り道。


駅前を歩いていた時だった。


湊「この店」

紬「ん?」


湊「前から気になってただろ」


指差した先は雑貨屋だった。


紬は首を傾げる。


紬「言ったっけ?」

湊「言ってない」


紬「じゃあ何で知ってるの」


湊は少し笑った。


湊「分かるから」



また別の日。


湊「今日寝不足だろ」

紬「え?」


湊「昨日3時まで起きてた」

紬「なんで知ってるの」


湊「顔見れば」

紬「怖いんだけど」


笑いながら言った。


でも少しだけ引っかかった。


湊は昔から優しかった。


けれど。


ここまで人を見る人だっただろうか。



ファミレスへ入った日だった。


注文を終える、店員が料理を運んできた。


紬「オムライス?」

湊「うん」


紬「珍しいね」

湊「そう?」


紬「ハンバーグ好きだったじゃん」


湊は一瞬だけ黙った。


ほんの一瞬。


湊「たまには違うのも食べたくなる」

紬「ふーん」


私はそれ以上気にしなかった。



数日後。


湊の家で夕飯を食べていた時だった。


母親「珍しいわね」

湊「何が?」


母親「あんたハンバーグ全然食べないじゃない」


湊の箸が止まる。


母親「昔はあんなに好きだったのに」

湊「ああ……」


少し間が空く。


湊「そうだったっけ」

母親「変な子」


母親は笑った。


私も笑った。


でも。


なぜかそのやり取りだけが頭に残った。



春。


大学帰り。


私は湊に頼まれて家へ向かった。

課題の資料を取ってきてほしいらしい。

何度も入った部屋。

見慣れた机、何気なく引き出しを開く。


その時だった。


奥に大量のノートがあることに気付いた。

不自然なくらい大量に。

私は一冊を手に取る。



6月3日


紬は苺が嫌い。

ショートケーキの苺は最後に残す。



7月11日


紬は嘘をつく時、右耳を触る。



9月20日


紬は湊を見る時だけ笑い方が違う。



ページをめくる。


また。


めくる。


また。


全部。


全部私のことだった。



気持ち悪い。


息が苦しい。


ページをめくる指が震える。



最後のページ。


文字が乱れていた。



『これで完璧だ』



『もう誰も気づかない』



ノートの間から紙が滑り落ちる。


私は拾い上げた。


そして。


凍りついた。



死亡診断書。



記載された名前は、湊。



頭が真っ白になる。


理解できない。


だって。


湊は生きている。


昨日も会った。


今日も話した。


なのに。



――何してるの。



背後から声がした。


聞き慣れた声。


愛した人の声。



ゆっくり振り返る。



そこに立っていたのは、湊だった。



けれど。



その目だけは。


初めて会ったあの日。


廊下の角で。


何も言わず私を見つめていた人のものだった。


後編へ続く▶︎▶︎▶︎


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