第4話 ――農地改革と、初めての失敗
井戸が復活した翌朝。
村は久しぶりに活気で満ちていた。
「見てください、アルトさま! 井戸の水、透き通ってます!」
「これでしばらくは飲み水に困らねえな!」
村人たちはみな笑顔で水を運び、
子どもたちは水場ではしゃいでいる。
その光景を見て、ミリアは胸に手を当てた。
「……本当に、奇跡みたいです」
「奇跡なんかじゃないさ。
村を作り直すための“第一歩”にすぎない」
そう言いながら、俺は村の外れにある荒れた畑を見つめた。
――次は農地だ。
水が戻っても、食糧がなければ村は生きていけない。
井戸復活以上に急務であり、そして……難題でもある。
***
村の畑はすべて干からびていた。
土はひび割れ、雑草だけがしぶとく根を張り、
農具は折れ、農民の姿はほとんどない。
「ここが、以前は小麦畑だったんです」
ミリアが寂しそうに言う。
「でも、魔物に押されて畑を守れなくなって……
いつの間にか、誰も耕せなくなってしまって……」
(ここまで荒れていると、普通の耕作じゃ無理だな)
俺の頭上にウィンドウが浮かぶ。
──《開発メニュー:農地再生が使用可能です》
《使用には領地エネルギー(LE)が必要です》
《現在のLE:15》
(あ、このスキル……燃費があるのか)
井戸復活の時に多少使ったらしい。
残り15ポイント。
(農地再生には……LE10か)
やや重いが、やれなくはない。
「よし、やってみるか」
「アルトさま……何を?」
「畑を復活させる」
ミリアが大きく目を見開く。
「えっ……この荒れた土地を、ですか?」
「できる。たぶん」
正直、確信はない。
でもやらなければ村は死ぬ。
俺は両手を土に触れ、意識を集中させた。
「【農地再生】――発動!」
──《LE10を消費します。よろしいですか?》
「はい」
──《農地再生を開始します》
大地が低く震え、ひび割れた土が柔らかな光に包まれる。
(……いいぞ、このままいけば!)
そう思った瞬間。
ガクンッ!
足元が崩れ、俺は地面に尻もちをついた。
「アルトさまっ!?」
──《警告:土壌の汚染度が想定以上です》
──《農地再生に失敗しました》
──《LEが0になりました》
(……は……?)
目の前の土は相変わらずひび割れたまま。
何も変わっていない。
いや、変わったものがひとつだけある。
──《領地エネルギー:0》
(やっちまった……!)
***
「領主さま、本当に畑を直せるんですか……?」
「井戸はすごかったけど……畑は……」
ざわざわと、不安と疑念が広がる。
「まあ、やっぱ無理ってやつじゃねえのか……?」
昨日の“奇跡”を見たばかりだからこそ、
期待も大きかったのだろう。
その期待が今、
静かに失望へと変わっていくのがわかった。
胸の奥に冷たいものが刺さる。
(……失敗した。
俺の判断が甘かったせいで)
ミリアが心配そうに近づいてくる。
「アルトさま……大丈夫ですか?」
「ああ、平気だ。ただ……」
ただの失敗だ。
ただの一度きりだ。
そう自分に言い聞かせる。
けれど心の奥で囁く声があった。
(俺はまた……“できない人間”なのか?)
王都で散々言われてきた言葉が、
胸の奥に重く沈む。
「……ごめん、皆。今日は失敗した」
村人たちはがやがやと不安げにささやき合う。
「ま、まぁ焦らんでも……」
「でも、このままだと食料が……」
空気が重く沈んでいく。
***
その沈黙を破ったのは、
意外にもミリアだった。
彼女は一歩前に出て、村人たちをくるりと見渡すと――
両手を腰に当て、叫んだ。
「アルトさまは頑張ってくれてるんです!!!」
村人たちがびくっと止まる。
「井戸だって、復活させてくれました!
だったら畑だって、きっと――」
ミリアは振り返り、俺を見た。
その目は、不思議なほど揺らぎがなかった。
「失敗しても……またやればいいじゃないですか」
(……)
「アルトさまは“無能”なんかじゃありません。
私は……昨日の奇跡、ちゃんと見てますから」
胸が熱くなる。
王都では誰にも認められなかった。
“できない”と決めつけられ続けた。
だけど、この小さな村で初めて――
俺を信じてくれる人がいた。
(……冗談じゃない。
ここで折れたら、また同じ人生だ)
俺はゆっくりと立ち上がり、村人たちを見渡す。
「皆、もう一度やらせてくれ。
畑は必ず復活させる。
ただし……次はもっと“準備”が必要だ」
「準備……?」
「ああ。まずは土の状態を調べ、
汚染の原因を探る。
それから――」
ウィンドウが新たに表示される。
──《新要素:土壌調査・汚染源の特定が可能になりました》
(スキルも学習している……!)
「村を再生するには、段階を踏む必要がある。
焦っても意味がない」
村人たちは顔を見合わせ、そして――
「……わかった。一緒にやる」
「領主さまを信じるよ!」
少しずつ、希望が戻っていく。
ミリアが微笑む。
「アルトさま。これが“初めての一歩”ですよ」
「いや、“初めてのつまずき”だよ」
そう返しながら、俺も笑った。
(でも……こういうの、悪くないな)
失敗してもいい。
もう一度やればいい。
それを受け入れてくれる場所が、
ここにはある。
(絶対に……この村を再生させてみせる)
その瞬間、村の空気はほんの少しだけ軽くなり、
次なる改革の始まりを静かに告げていた。




