第3話 ――初めての領地改革と、枯れた井戸の奇跡
ルーナ領は、ひと言でいえば“死にかけた大地”だった。
道は途切れ、家は崩れ、畑は干からび、
村の真ん中にある井戸には蜘蛛の巣が張っている。
ミリアは不安を押し隠した笑顔で俺を案内していたが、
その声はときおり震えていた。
「……村の人口は、もう三十人ほどなんです。
他のみんなは、魔物の襲撃で亡くなるか、逃げてしまって……」
「魔物の被害がそんなに?」
「はい。半年前に防壁が破られてから、ほとんど何も……」
彼女は、ぼそりと呟くように続けた。
「領主さまが来てくれなかったら、
きっと……この村は近いうちに消えていました」
(その状態で俺を呼ぶって、どんなブラック現場だよ)
いや、ブラックなのは王都だ。
こっちの村は、ただ“見捨てられただけ”だ。
***
村の様子を見ながら、俺の頭上に淡い光が浮かぶ。
──《領地ステータス一覧》
人口:31
食糧:ほぼ尽きかけ
防衛:破綻
衛生:低下
開発度:1
幸福度:18
(……ひどいな。だけど、数字で見れば改善点は見える)
王都ではこの感覚を理解されなかったが、
この村なら――俺の仕事が“意味を持つ”。
何より、
領地創造
という権能スキルが本格的に動き出している。
(まずは水の確保だな)
「ミリア。井戸を案内してくれ」
「はい……でも、もう半年も枯れっぱなしで……」
井戸は確かに、死んでいた。
冷たく、重く、じっとりとした湿気だけが残っている。
(スキルでどうにかなるか……?)
俺は井戸の縁に手を置き、意識を集中させた。
「【水脈探査】……発動」
──《地下水脈を検出。距離:深度23m》
──《地盤の歪みにより水流が逸れています》
──《矯正しますか?》
(……できるのか?)
「【地形微調整】」
地面の奥で、ゴゴゴッ……と低い音がした。
空気が震え、村人たちが驚いて振り向く。
──《地中水脈の矯正に成功しました》
──《井戸の機能が回復します》
直後。
井戸の底から、音がした。
ぽちゃん……
ぽちゃん……
ごぼ、ごぼっ――!
「え……?」
ミリアが目を見開く。
「み、水が……!?」
枯れていた井戸の内側で、透明な水が勢いよく湧き上がる。
どぼどぼどぼっ――!
「おおおおおおっ!!」
「本当に……戻った……!?」
「半年も枯れていたのに……領主さまが来た日になんて……!」
村人たちの声が震え、歓声と涙が入り混じる。
その中心で、ミリアが両手を口元に添えて泣き崩れた。
「すごい……! 本当に、すごいです……!
どうして、こんな……!」
「ちょっと地形を調べただけだよ」
「“ちょっと”じゃありません!!」
涙を拭いながら叫ぶミリア。
俺は苦笑し、だが胸の奥が熱くなる。
(役に立てて……良かった)
***
井戸復活の喜びが広がる中、
俺の視界にはさらに新しいウィンドウが表示された。
──《領地レベルが2に上昇しました》
──《新規開発メニュー解放》
・農地再生
・基礎工房
・簡易防壁
──《領民の幸福度+7》
(……ゲームみたいに成長するのか、このスキル)
理解すると同時に、
胸の奥でひとつの確信が芽生える。
(王都の鑑定……あれが間違ってたんじゃない。
単に、発現条件が難しかっただけなんだ)
領地を持たなければ発動しない。
だから空白。
だから無能扱い。
(宰相レギウス……俺が“本気”になったらどうなるか、
あなたはきっと想像してなかったろうな)
皮肉とともに、静かに決意が固まる。
***
「アルトさま!」
ミリアはこちらに駆け寄ってくる。
井戸の水で濡れた頬は、光を反射してきれいだった。
「水が戻ったおかげで、村のみんなが……笑っています。
ここ半年、誰も笑わなかったのに……」
「そうか」
「アルトさまは……私たちを助けに来てくれたんですね」
その言葉に、俺はほんの少しだけ目をそらした。
(助けに来たんじゃない……来るしかなかったんだ。
でも……今は、助けたいと思える)
ミリアは続けた。
「これから村はどうなるでしょうか……?
まだ畑も荒れていて、防壁も壊れていますし……」
「全部、立て直す」
俺は迷いなく言った。
「ルーナ領を、もう一度“生きている村”にする。
これが俺の……スキルの役目なんだろう」
ミリアは少し驚いた顔で、そして――
ゆっくりと笑った。
「……はいっ。私も、一緒に頑張ります!」
その笑顔はまるで“村の最初の芽”のようで、
俺は胸の奥で静かに決意を固めた。
(ここから始めよう。
追放された“無能”の逆襲じゃない。
俺自身の人生の再生だ)
空には、辺境らしい曇り空。
だが――もう暗くは見えない。
井戸の水がきらきらと光るその場所で、
俺の領地改革が正式に幕を開けた。




