第2話 「無能」と呼ばれた少年の危険性 宰相レギウス視点
生まれたばかりの赤子を囲み、部屋には祝福の声が満ちていた。
フェーン家に新たな跡継ぎ――それが本来の目的だった。
だが。
「……空白、だと?」
老魔術師の鑑定結果に、場の空気が一変する。
「スキル欄が空白……そんなことがあり得るのか!?」
「無能の子だ……!」
嘆く声が響く中、俺――宰相レギウスはただ、静かにその赤子を見つめていた。
(空白……か。いや、これは……“空白に見えるだけ”だな)
老魔術師の鑑定術式には欠陥がある。
権能級スキルの“未発現状態”を検出できない。
本来は光が乱れるはずが、それを“空白”と誤読することがある。
そして――
今まさに、赤子の周囲で“あの光の揺らぎ”が出ている。
(……面倒なものが生まれた)
権能スキルを持つ者は、のちに国を傾ける可能性がある。
歴史が証明している。
王族ですら扱いきれず、時に災厄と化す。
俺は静かにため息をついた。
「……つまらん子だ」
口にしたのは偽りの言葉。
本心ではない。
(本当に“つまらぬ”のは、こういう者だ。
何を起こすかわからん“変数”ほど厄介な存在はない)
***
歳月が流れ、アルトは成長した。
周囲から「無能」と揶揄される一方で、
俺はずっと、彼を遠巻きに観察していた。
数字に強い。
流れを読む。
組織の仕組みを自然に理解し、最適化を考える。
(やはり……潜在資質が違う)
本来、統治スキルは“権威者”に宿る。
生まれた時点の背景すら問わず、
時代に必要とされる者に宿る。
そして、そういう者は――
(王の器を持つ)
スキルが覚醒したら、
確実に私の派閥を脅かす。
王宮の均衡を乱す。
国家の方針すら変えてしまう。
ならば、芽のうちに摘むべきだ。
***
「フェーン家の子を、王都から離すべきと思わんか?」
俺は側近に尋ねた。
側近たちはすぐに悟った。
「……あの者は、宰相閣下の敵になる可能性があります」
「将来、王の側近に選ばれれば厄介です」
彼らも感じていた。
“異質な才能”の怖さを。
(そうだ……アルトは、私の敵になる)
スキル欄は空白。
だがそれは“無能”ではない。
空白は、“未発現”。
もしスキルが覚醒すれば――
その瞬間、彼は王国にとって“中心”に立つ。
(そんな事態、絶対に許されん)
***
ついに時は訪れた。
「アルト・フェーン。辺境ルーナ領へ左遷する」
王の前で告げた俺の声は、冷静そのものだった。
周囲の貴族たちは嘲笑する。
誰もが“無能を捨てた”としか思っていない。
(本当は逆だ。
私はお前を“王都に置いておけない”だけだ)
なぜなら……
(ルーナ領は死地。生き残れまい)
(たとえ生きても、スキルが覚醒する条件――
“領地保有”には程遠い。あそこは国が見捨てた土地だ)
俺は完全に確信していた。
(アルト・フェーン。
お前はここで終わる運命だ)
だが――
人の運命は皮肉にも、思惑とは逆へ進む。
***
アルトがルーナ領に着任した瞬間、
俺の知らぬところで“条件が揃った”。
辺境でもなんでも、
形式上は「正式な領地」である。
つまり――
【領地保有】
= 未発現権能の覚醒条件、達成。
俺が切り捨てたその瞬間、
アルトのスキルは“開花”した。
しかし、まだそれを知る者はいない。
彼を追いやった張本人――
俺でさえも。
(よかろう。無能は無能らしく朽ち果てるがいい)
そう信じて疑わなかったその時。
遠く離れた辺境では――
王国最大の誤算が、静かに息を吹き返していた。
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