水沢学園5棟校舎裏にて
お昼休みは、いつも灯と翔子と食べていた。時々、翔子が関道に連れて行かれたり、灯が橘先輩に連れて行かれたり、エルが加わることもあるけれど、基本、この3人で食べている。
年頃の女の子が集まって食べているんだから、そこで交わされる話題は当然。
「昨日の対○神戦、見た?」
「もちろんですわ。6回表なんて、まさに手に汗握る展開でしてよ」
ベースボールトーク…………。
いや、もちろん、それしか話題がないなんて訳じゃない。そこは、女子高生。さらに彼氏持ちときたら。
「ほんっと、司には腹が立ちますわ!今日だって、歩いていたら『遅い』とか。あの人が速すぎるのですわ!」
と、関道夫妻の奥方、ではなく、翔子による傍若無人な彼氏の惚気のような不平や、
「どうやったら、春くんをドキドキさせることができるのかなぁ。昨日も、春くんの部屋で布団の中から驚かして吊り橋効果狙ったんだけど、春くんが帰って来る前に寝ちゃって、失敗」
と、狼の巣に潜り込んだ赤ずきんちゃん、ではなく、灯のこちらがドキドキするような年上彼氏に対する相談を受けたりと、女子っぽい会話だってしている。大分心臓に悪いけど。
そうな風に楽しくお昼休みを過ごしていると、「ああの!さ、坂部さんはいますか!」と、教室の戸口から呼び出しを受けた。
呼んだのは、知らない子。古風な三つ編みのおとなしそうな女の子だ。胸元のリボンが赤いから、1年生だと思う。ちなみに、2年生は緑、3年生は青だ。
なんだか怯えたような様子で、怪訝に思いながらも、立ち上がり呼び出しに応じる。
廊下に出ると、と彼女は何かを手渡してきた。
「ああ、あの!こここれを!」
その手にあったのは、白い封筒。ラブレター、であるにしては、彼女の様子は怯えすぎだ。
「これは?」
「あ、ある人が、貴方にわ、渡せって」
「ある人って?」
「そ!そそれは………」
困ったように彼女が視線を彷徨わせるから、悲しくもピンときてしまった。
無意識に溜息をつくと、小柄な体を震わせる彼女、怯えさせてしまったらしい。
ごめんね、という思いをこめて、出来る限り優しく見えるように微笑む。
「届けてくれてありがとう。ちゃんと読むねって、伝えといて」
そう言うと、彼女はコクコクと頷き、小さく頭を下げたと思ったら、一目散に逃げて行ってしまった。
手元に残された白い封筒。私にとっての不幸の手紙とも言える。
最近は落ち着いていたのに、と、封筒を内ポケットに入れて、2人が待つところに戻った。
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お昼休みの次の授業が自習だったので、もらった封筒をこっそり開く。
『放課後、5棟裏に来い』
思ったとおり、人気のないとこへの呼び出しだ。
これが愛の告白とかのフラグなら、ドキドキもするだろうけど、そんなことは一度もない。
どうせ、プライドの高いお嬢様方よる、イジメイベントで
一般庶民が役員になることが我慢ならないらしい彼女達によるこのイベントは、もちろん、役員になった当初から既に起きていた。
呼び出し方も様々で、こんな風に人づてで手紙を渡されたり、ロッカーに入れてあったり、直接やってくる人もいたものだ。
イジメに傷ついて泣き寝入りするようなことは、皐月さんに許されなかった。『ここで逃げたところで、解決するわけじゃないから、ちゃんと1役員として認めてもらえるよう、頑張ってね』なんて、綺麗な笑顔で鬼畜なことを言ってくる皐月さんは、イジメてくるお嬢様方よりこわかった。
そうして、自分のイジメ問題に体当たりで対応した。どうも、白崎会長目当てだと思われていたようだから、彼には興味もないと信じてもらわなくてはならなかった。昔、危ないところを助けてくれた人を思い続けているんです!なんて、痛いことも言うはめになった。別に思い続けてなんかいないのに。川に溺れそうになったところを助けてくれたのは父だし。
そんなこんなで、大部分の人たちと和平協定を結ぶことができたため、ここ最近はなりを潜めていたのに、どこからか湧いて出てきたらしい。今年入ってきた新入生の中にプライド高めなお嬢様がいたのかなぁ。
なんにせよ、今回も泣き寝入りはできそうにないから、今日の放課後は5棟裏行きだろう。翔子や灯にバレると心配させてしまうから、適当に誤魔化さないと。
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どんよりとした気持ちで5棟裏に向かった。
一応、皐月さんには連絡してある。が、ここに皐月さんはいない。放課後のことを伝えると、真っ赤な顔で用事があると言ってきたので、速水先生とのデートだと思われる。仲良きことは良きことかなだけど、私の気持ちはより沈んだ。鬼畜を感じさせない可愛い笑顔で謝られたって、機嫌は直んないんだから!
少しして、向こうから女子が歩いてきた。って、あれ?1人?
「あ、安積さん?」
なんで和平協定を結んだはずの安積さんがくるんの?それと、いつも決まった2人といるのに、単独行動なんて珍しい。まさか、協定撤廃か?本気でやめてほしい。私の頑張りはどこにいく。
そんな私の思いとは裏腹に彼女達の様子に敵意はみえなかった。イジメイベントではないのかな?だとしたら、早とちりした自分が少し恥ずかしい。
「こんにちは、坂部さん」
「こ、こんにちは」
イジメイベントじゃないとしても、怖い顔をした安積さんの用事が想像つかなくて、少し怖い。
「急に呼び出してごめんなさい。少し、渡したいものがあったの」
そう言ってポケットの中の物を取り出して手渡してきた。
受け取って見るなり、私の思考は停止した。
それは数枚の写真。写っていたのは、私と会長。
「なに、これ………」
「今日、私の家に届けられたわ。宛先はなかったけど」
安積さんのそんな声も、正直届いていなかった。
いつどこで撮られたのかわからない写真たち。場所も状況も様々だけど、どれも共通して言えることは、会長と私が一緒にいること。
「…………これ」
写真の中に、会長と夜の商店街を歩いているものがあった。多分、総会前に送ってもらったときのだと思う。もし、家まで特定されているのかと思うと、背筋に悪寒がはしった。
こんなやり方は初めてだった。どの人も基本は正面切って来てたから。
「白崎会長に相談した方がいいんじゃない?」
「……………え?」
「あなたのことだから、どうせ1人で片付けようとするでしょう?」
「え?や、い、いいんですか!?」
まさか安積さんからその提案が出るとは思わず、押しとどめてしまった。
「何でよ?」
「わ、私と会長が親しくしていることについては何も言わないんですか?」
「は?…………あぁ、そういうこと」
一瞬怪訝そうな顔をしたが、私が握りこんでいる写真を見て、納得したらしい。
「貴方が白崎会長に興味がないのは知ってるわ」
「で、でも!一緒に下校するとか、あんまし良くないんじゃないんじゃ!?」
今思えば軽率な行動だったと焦る。そんな私を見て安積さんは複雑そうに言った。
「白崎会長の様子を見ていれば、大体のことは察せられるわよ。ファンクラブ会長としてずっと見てきたんだから」
「え?安積さん、ファンクラブ会長だったんですか?」
「…………知らなかったの?」
素直にこくん、と頷く。
「会長が最良な環境で業務が出来るよう、貴方を牽制していたということも、わかってなかったのね」
分かれという方が無理があると思われます。
しかし、ファンクラブ会長と合うのは、そんな事までしないといけないのか。思っていたより大変なんだなぁ。
会長もこんなに思われているんなら、付き合っちゃえばいいのに。皐月さんや胡桃さんほどではないけど、安積さんも美人の部類に入る人だから隣に並んでいても吊り合うと思う。
「そんなことより、その写真のこと、ちゃんと白崎会長に伝えなさいよ」
「え?あー………はい」
「…………言わないつもりね」
咎めるような安積さんの視線から目をそらして逃げる。
だって、会長にはただでさえ、私が生徒会業務をこなすのが下手なせいで多大な迷惑をかけているのに、こんなことにまで巻きこむような図々しいことはできない。
「謙虚なのもいいけれど、この写真に白崎会長も一緒に写っているんだし、無関係じゃないでしょ」
「あ……」
「わかったら、ちゃんと言いなさいよ」
「………わかりました」
さっきよりしっかりと返事すると、安積さんはよし、といった風に頷いた。
「あの、安積さんは、なんで私にこの写真のこと教えてくれようと思ったんですか?」
「なんでって、私がこれを見て放置するような冷たい人間とでも言うの?」
「そ、ういう訳じゃないんですけど……。こう、安積さんにメリットがないというか、義理?みたいなのがないというか?」
うまく言葉に表せないけれど、納得できなくて、仕方なさそうに、かつ少し恥ずかしそうにしながら教えてくれた。
「………貴方しか、白崎会長を幸せにできないと思ってるからよ」
「……………私、会長を養えるほどの収入を得られる自信ないですよ?」
「そう言う意味じゃないわよ、バカ」
頭叩かれた。痛い。
抗議の視線を向けると鼻で笑われた。ひどい。
「鈍感なのは仕方ないけれど、貴方には私にできなかったことができるの。悔しいけど、認めるしかないわ」
「安積さん………」
悲しそうな表情を浮かべる安積さんに何も言えなかった。安積さんは、もう一度念を押してから、去って行った。
取り残された私は、気づかないうちに写真を握りしめていた。
本当は、安積さんの言わんとしていたことは、なんとなくわかっている。でも、私は安積さんが思っているような人間じゃない。
会長を幸せにできるのは、私じゃない。
私には、会長を幸せに、できない。
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次の日、早速写真の話をするために会長、そして皐月さんを生徒会室に呼び出した。役員の許可がないと入室が許されない生徒会室は、内緒な話をするのにもってこいな場所だ。
「で、これが渡された写真です」
ひと通り説明してから、手紙取り出して2人に見せた。途端に彼らの眉間にシワがよる。
「少し、悪質、ね」
「……だな」
どうでもいいけど、美形な2人が険悪そうな顔をすると、ちょっと怖い。
「これを安積に送られてきたというのが、少し、謎だな」
「会長と燐ちゃんが仲良くしているのを見せて、怒らせようとした、とか?」
皐月さんが私を見る。私のイジメ問題に関わってくれた皐月さんは、安積さんともやり合っているのは知っている。
「でも、安積さんとはもうそういうわだかまりはないですよ。昨日もそんな様子はなかったですし」
「お前、安積とやり合っていたのか?」
驚いたように会長が聞いてきて、そういえばこの人は知らないかと思い出し、頷くと何故か感心された。
「取り敢えず、この写真を撮った人を割り出したいわね。校内のもあるわけだから、きっと内部の人間でしょうね」
そう言って、皐月さんは1枚の写真を手に取った。
「どの写真にも共通しているのは、貴方達が一緒にいること。ってことで」
皐月さんがにっこりと微笑む。
悪い意味で見慣れたその微笑みに私、会長までも震えた。
「しばらく、餌になってくださいな」
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語彙力と文書力、情景描写がうまくなりたい。