ハゲの憂鬱
「しかし、君もハゲたね。」
私の隣に立つ山田がのんびりとした口調で言う。
「見事に散らかったねえ。」
私が黙っていると山田は再び私をじろじろと眺めながら言う。ああもう。
「そうだよ。私はハゲたんだよ。でもこれは私の責任じゃないんだよ。」
そう、私がハゲたのは決して私に責任があるわけじゃないんだ。それは山田もよく知っているはずなのに。
「おいおい、人のせいにするのかい。」
山田はククッと小さく笑いながら小馬鹿にしてくる。私はそっぽを向きながら悪態をつく。
「どうせなら山田も私と一緒にハゲればよかったのに。せっかくの好機を逃しちゃって残念だったね。」
山田は一瞬黙り込むと、先程までの様子とは一変してしんみりとした表情を浮かべた。
「まあ、僕が君と同じようにハゲる日も近いよ。」
「山田…。」
「まあ、その日は近いといっても100年後か200年後か。はたまた300年後かな。」
そう言うと、いじわるな顔をする山田。この野郎。一瞬でもしんみりとしてしまった私の気持ちを返しやがれ。
私は1つ大きな溜息をつく。
確かに、山田が小馬鹿にしたくなるくらい私はハゲた。しかも、気がつけばあっという間に。これまでの私は自分で言うのもおかしな話であるけれど、他の者から人気があった。いつもみんな、私の元に集まり私の周囲はいつも騒がしかった。歓声や感嘆の声が響く毎日があった。
でもそれも昔の話。
すっかりハゲた今では誰も私の周りに寄りつかなくなった。みんな逃げ出した。
こんな状況がここ最近続いていては、さすがの私も溜息の1つや2つつきたくなる。
「ハゲることってこんなに辛いことなんだね。」
思わずこぼれた私の言葉を山田が拾う。
「君の場合は、ね。ハゲる前が本当に羨むぐらい生い茂っていたからね。それはそれは綺麗で艶やかで見る者に感動を与えるくらいに。」
「よしてくれよ、山田。」
「いやいや、嫌味とかじゃなく本当に昔の君は凄かったよ。特に…、あれは何年前だったかな。すごく君の人気が高かった時期があったじゃない。歌とかに詠まれてさ。」
「はは…、そんな頃もあったね。」
思わず感情のこもっていない虚しい笑いが出た。そんな人気があったのも昔の話。
「ああ、あの頃に戻りたいなあ。」
分かっている。いくら嘆いても光が当たり続けたその時にもう戻れないことは分かっている。
ああ、憂鬱だ。
山田は落ち込む私の様子をじっと見つめてしみじみと呟いた。
「時の流れってのは残酷だね。」
本当に残酷だ、この世界ってやつは。




