ベタな女
目の前に座っている彼は今日もスマートフォンをいじっている。小洒落たレストランの二人用テーブルで私と座っているのにだ。話題が無い。そうだ、さっきの話をしよう。
「ねー、さっきさ横断歩道で男の人とぶつかったんだよ。」
彼はスマートフォンの画面から目を離さない。そして、「へー」と気のない言葉が返ってきた。そんなに画面上のモンスターが大事か。負けてたまるもんか。
「それでね、その男の人ちょっと変なの。じっと横断歩道の白線を見つめてブツブツ呟いてるの。私ちょっと怖かったよー。」
「だから、謝って走って逃げちゃった。」
私は「あはは」と笑う。彼からのリアクションは無い。ついに無視かよ。心の中で文句を言いながらも何とか笑顔はキープした。まあ、頑張って笑顔を維持しても肝心の彼は画面のモンスターに夢中なんですけどね。
なんか溜息がでるや。
1人落ち込んでいると、食後のデザートが運ばれてきた。私の大好物、バニラのアイスクリームだ。ちょっと元気出た。
しかし、相変わらず会話が無い。カチャカチャとスプーンの音だけが響く。
「ねえ、アイス食べないの。早く食べないと溶けちゃうよ。」
アイスに目もくれず、スマートフォンに熱中する彼に声をかけてみる。
「…欲しかったらあげるよ。」
…別にアイスが欲しくて声をかけたわけじゃないんだけどな。二人で味の感想とか、そういう何でもないこと話したかっただけなのになあ。
「なら、お言葉に甘えてアイス貰うね。」
私は笑顔を作りながらそう言うと、彼のアイスも1人食べた。
いくら大好きなバニラのアイスクリームといっても二人分はきついや。思わず、スプーンが止まった。
”ねえ、何で私と一緒にいるのに、私に興味を持ってくれないの”
思わず口からずっと思っていた言葉がこぼれてしまった。さすがの彼も私の顔を見てくる。ぽろぽろと涙が零れ落ちていく。
彼は真顔になって私の顔を凝視する。そして言い放つ。
「そういう、すぐ感情的になるところ嫌いだわ。」
え。
「最近、一緒にいてもつまらないし。何か飽きたっていうか。」
え。え。
「もう別れよう。」
え、何を言ってるの彼は。私は状況を把握するのに少し時間がかかった。
「そんなあっさりと別れようって…。本気なの。」
「本気。」
そして彼はもう一度、はっきりと言う。
「別れよう、俺たち。」
「私たちのこの2…。」
そこまで言いかけてやめた。彼にとって、私たちのこの2年半はこんなに簡単に終わらせることのできるものだったの。そう。そっか。
なんだか腹が立ってきた。
私は目の前に置いてあったコップを握った。コップの中にはいっぱいの水が入っている。そう、ドラマとかでよくみるあれだ。彼にこの水をかけてやる。もう知らない。
その時、さっき彼が言った言葉が私の頭をよぎった。
すぐ感情的になる私は嫌い。
そう。
私は強く握りしめているコップをゆっくりとテーブルに置いた。
「いいよ。別れよ。」
私は何とかその台詞を絞り出す。
そして、財布からお金を取り、彼の目の前に差し出す。
「さよなら。」
私はその夜、伸ばしていた髪をばっさりと短く切った。ベタだって言われるかもしれない。悲劇のヒロインに酔いしれてるって言われるかもしれない。
でも、そんなの関係ない。ベタってことはこれまで幾多の先輩達が同じ事をしてきているって訳だ。それに私はヒロインって柄でもないけど悲しい気持ちに包まれているのは間違いない。なら、先輩達がこの悲しみを乗り越えようとやってきたこと真似させてもらおう。
この夜からロングヘアーとは決別だ。
鏡を見ると、彼の好みだったロングヘアーの私はもうそこにはいなかった。




