終わらぬ戦い
ユーリテスもほど近い森の中、ヘルヴィムを見渡せる小高い丘にそれはあった。木漏れ日が降り注ぐ大樹の根元に、ひっそりと二つの墓が建てられている。
一つはジョハンス、そしてもう一つはレザーベイン操縦者のだ。
「よう、いい場所じゃないか」
ゼヒナスは気楽な調子で声をかけ、墓へと近付いていった。片手に持った酒瓶の封を切り、ジョハンスの墓標に注いでいく。
「ようやく終わったよ」
酒瓶の中身が半分ほどになったところで、ゼヒナスは墓標の真正面に腰を下ろした。酒瓶を傾け、残りの半分を自らの喉に流しこむ。
「色々あったけど、そうだな…………なにから話そうか……」
ゼヒナスは思案顔を浮かべるが、最初に話すべきことは決まっている。
「リーゼリアさんを《財団》に紹介したのは出すぎた真似だと思っている。お前が絶対に反対するだろうこともな」
ジョハンスの墓標はなにも言ってはこない。しかしその沈黙が、如実にゼヒナスを責めているように感じられた。
「だけど、彼女一人じゃ仕事と子育ての両立が難しいのはお前も分かってるだろ? 今回の一件でお前の工房も破壊されちまったし、有名なお前の弟子だとしても無名のリーゼリアさんじゃまだまだ集客力も弱い。だったら、お前がどんなに嫌がろうが、支援体制の整っている《財団》に預けるのが一番安心できるだろ?」
ゼヒナスは答えを待つように沈黙した。微風が吹いて、ゼヒナスの髪を弄んでいく。
「やはりここにいたか」
声がして振り向くと、背後にオービットの姿があった。傍らにはシルヴィナもいる。
「なにか用か?」
「うむ。これから報告と事情説明のために《財団》の本部に赴くわけだが、その前に挨拶を、と思ってな」
オービットはジョハンスの墓にちらと視線をやって、姿勢を正した。
「貴方の奥方は、私が責任を持って《財団》の本部に送り届けます」
「見て分かるように、こいつはくそ真面目なやつだ。それなりに信用できるし、僕も紹介状を書いておいた。きっとリーゼリアさんは滞りなく《財団》に迎えられるさ」
やはり墓標はなにも答えない。しかし今度の沈黙は、ゼヒナスの言葉に頷いているように思えた。強い風が吹きつけて、ゼヒナスの肩を乱暴に叩く。
「それではシルヴィナさん、いきましょうか」
「はい」
「……ん? ちょっと待て」
ゼヒナスが今しも去っていこうとする二人を引き止めた。
「まさかシルヴィナさんもオービットについていくのか?」
「お父さんの遺言です」と言って、シルヴィナは一枚の封書をゼヒナスに差し出した。そこにはただ一言、『お前の人生を生きろ』とだけ書かれている。
「お父さん、私が実の娘だって薄々気付いていたんじゃないでしょうか? だから、いつまでも自分に縛られていないで、私は私らしく生きていけ、そう言われている気がしたんです」
「そうか…………きっとそうだな」
「それに一味は大丈夫です。今回の一件が原因になって、ヘルヴィムと一味で交流が始まったんですよ。ヘルヴィムの人たちにしてみれば、困っているときに手を差し伸べてくれた人間を悪く思えない、ってことなんでしょうけど」
「ヘルヴィムの被害は甚大で、しばらくは隠れ里に滞在することになった。《ザンダ一味》でも前々から人里に戻りたいと願っていた何割かはヘルヴィムに移住するらしいが、逆に隠れ里が気に入ってヘルヴィムから隠れ里に移住する者もいるそうだ」
オービットが語る吉報に反して、ゼヒナスの表情に暗い影が掠めた。
「だけど、」
「分かっている。ヘルヴィムは怪獣人との激突がなかったから上手くいっただけだ。人類と怪獣人の対立が激しく、憎しみを憎しみで塗り潰す戦いを続けている中心圏では、こんなにもすんなりとはいかない、と言いたいのだろう? だが」
オービットは握り拳を伸ばした。眼差しには強い意志が秘められている。
「私たちは人間が変われることを知っている。人間と怪獣人が分かり合えることを知っている。だから私たちは、人間と怪獣人の共存に希望を見い出せる」
「おう」
ゼヒナスは立ち上がり、自身も拳を伸ばしてオービットの拳とぶつけた。それだけで別れの挨拶は終わり、オービットとシルヴィナがその場をあとにする。
オービットたちと入れ替わりに、今度はミザリィが姿を見せた。ミザリィは喪服に身を包み、花束を携えている。間接的にとはいえ自分が殺めてしまった人物の墓参りに訪れたのだ。
ゼヒナスが場所を譲り、ミザリィが墓の前に膝を着くと、花束を添えて印を切る。
「お前はこれからどうするつもりだ?」
「もう《財団》から次の仕事が入ってるわ」
長い祈りを終えて開かれた瞳は、別れの訪れに哀愁を帯びていた。
「私だってやること一杯あるんだから。怪獣人集落の調査に、目覚めた覚醒者たちの捜索。いつかゼヒナスが私を好きになったって、そのときは手遅れかもしれないわよ?」
「はは、お前も相変わらず懲りない」
苦笑とともに振り返って、ゼヒナスは言葉を途切れさせた。ミザリィの唇がゼヒナスの唇を強引に塞いで言葉を止めたのだ。
甘い吐息とともに、ミザリィの唇が離された。
「ふふふ、先払いってやつよ」
「……ちょっと強引すぎやしないか?」
「食いついてこない男には、こっちから積極的にいかないとね」
ミザリィは微笑んで背を翻した。いつもと同じように、颯爽とその場から去っていく。その姿勢は、今は別れてもいつか必ずまた会えるという、ミザリィの希望を体現しているようだった。
何倍も年下の女にいいようにされたゼヒナスは、ばつが悪くなって頭を掻き毟る。
「それじゃ、僕もそろそろいくとするよ」
ようやくという感じで、ゼヒナスは別れを切り出した。
「怪獣と戦うための力、ヴェネンニアは取り戻した。予定どおりに、世界各地で目覚めつつある怪獣たちと戦って回るつもりだ。僕は《財団》とは違う僕のやり方で、人々を、世界を守っていくよ」
ゼヒナスの後ろには、いつの間にかアディシアが立っていた。
「おう、もう出発の準備はすんだのか?」
「はい。けど、本当に私がレザーベインをもらっちゃっていいのでしょうか?」
「確かに火事場泥棒的などさくさで所有者になったわけだし、発見場所やほぼ完全な状態を保っていることを考えると、《財団》が引き渡し要求をしても拒めないだろうな」
「あうう、そうですよね。やっぱり私なんかには分不相応だったんですよね……」
アディシアは玩具を取り上げられた仔犬のように萎れた。
「だけどな、キャリバーを手に入れることがお前の夢だったんだろ? だったら火事場泥棒を続けるってのも選択の一つだと思うし、それを決めるのはお前だと思うけどね」
アディシアはゼヒナスの言葉に顔を跳ね上げた。瞳には強い意思が宿っている。
「わっ、私、火事場泥棒を続けます! 誰がなんと言おうとレザーベインは絶対に手放しません!」
「ああ、それでいい」
ゼヒナスは遠くを見つめた。
「誰かがなにかを継いでくれる、それだけで命は繫がっていくんだ」
その姿があまりにも儚くて、アディシアには今にも消えてしまいそうに思えた。
「あの、一つ窺ってもよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「師匠はずっと、こんな戦いを続けていくのでしょうか?」
四千年後も、八千年後も、未来永劫を。
「そうだな…………僕は生きている限り戦い続けるんだと思う。だから僕は、いつかどこかの戦いの中で、惨たらしく死んでいくんだろう」
「……つらくないんですか?」
「つらいさ」
ゼヒナスは意外なほどあっさりと言いきった。
「知り合いは先に死んでいくし、自分は全く変わらないし、周囲からは置いていかれるばかりだ。お前たち以上に、未来には不安しかないよ。だからさ」
そこでゼヒナスはアディシアに向き直り、その頭に手を乗せた。
「お前は絶対に、覚醒者になんかなるな。普通に恋をして、誰かと一緒になって、家庭を作って、そして幸せに死んでいけ」
アディシアにはゼヒナスの言っていることがまだ分からない。だから頷くことも、首を振ることもできなかった。
「だけど、お前の力だけじゃどうしようもない場面に出くわしたら、そのときは僕が反則技の力で助けにいってやるよ」
「はい!」
そうだ、例え自分がゼヒナスよりも先に逝ってしまうのだとしても、ゼヒナスが生きている限りはこの師弟関係が途切れることはないのだ。アディシアは快活に返事した。
ゼヒナスは墓に向かって斜めに構えると、口の端を吊り上げ、笑みを浮かべた。
「それじゃ、またな」




