伸ばす手②-④
「しま……っ!」
ゼヒナスがしくじりを口にするのと同時、ベルカダスの口腔から悲鳴が迸った。ガイキルスBの発する超高熱の体温によってベルカダスの額から煙が上がる。
ガイキルスBが高く上げた腕を振り下ろし、ベルカダスを大地に叩きつけた。衝撃によって大地が振動し、地表が陥没。操縦室のゼヒナスも激しく翻弄される。
続いてガイキルスBの前脚が振り上げられ、超重量がベルカダスを踏みつけた。両腕を交差してなんとか操縦室は守ったが、完全に反撃の手を塞がれてしまう。
おまけとばかりにガイキルスBがベルカダスを蹴りつけ、ベルカダスの巨体が宙を舞う。ベルカダスは再び地面に墜落し、骨格の全体に亀裂が走る。
ベルカダスは立ち上がろうとして、しかし脚に力が入らない。先ほど腿に受けた一撃が攻撃の連続によって骨折となっていたのだ。
無論、ガイキルスBが脚の回復を待ってくれるはずもない。翼を広げてベルカダスへと飛翔、疾風となって突っこんでくる。
「やらせるかーっ!」
そこに突っこんできたのはアイラザインだ。ガイキルスBに棘鉄球をぶつけてベルカダスへの進路を逸らす。
「オービット、一味の皆とシルヴィナを頼んだぞっ!」
ザンダが必殺の気勢を迸らせ、アイラザインがガイキルスBの体にしがみついた。
「これだけ密着していれば溶岩流も推進弾頭も放てまい!」
ガイキルスBはアイラザインを殴打。しかしアイラザインはガイキルスBを摑んだ腕から決して力を抜こうとはしない。
「どんなに殴られようが貴様を離しはせんぞ! ゼヒナスが回復する時間を」
ザンダの言葉が唐突に途切れた。ザンダがガイキルスBの目を見た瞬間、体中の血液が一滴残らず凍りつく。
ガイキルスBの視線は酷く冷たかった。まるでアイラザインを、その内部にいるザンダの気迫を、まとわりつく羽虫の一匹程度としか見なしていない視線だ。
ガイキルスBの右手が強烈に発光。集められた熱エネルギーをガイキルスB自身ですら制御できず、掌の皮膚が熔け崩れて骨まで剥き出しとなる。
ガイキルスB最強の一撃〔ブレイズ・フィスト〕がアイラザインの胴体に突き刺さり、
(…………シルヴィナ……)
その光の中に、ザンダ・バルカニヤンの意識は溶けて消えていった。
「…………嘘」
シルヴィナ呆然として膝を着いた。倒れそうになる体をミザリィが支える。
「お父さん……お父さーん!」
シルヴィナの慟哭が、どこまでもどこまでもこだましていった。
「おおおおっ! ガイキルスうううぅぅぅぅぅぅぅうっ!」
ゼヒナスの怒号が上がり、感情の爆発によってオールトが急速増幅。ベルカダスの骨折が瞬時に修復され、ガイキルスBへと駆け出していく。
ガイキルスBはベルカダスに向き直ろうとして、しかし硬直。その一瞬で距離を詰められ、ベルカダスの五指が腹部の鱗を突き破り、指の先に開いた口で内臓を食い荒らされる。沸騰した血液が溢れ、蒸気を撒き散らした。
ガイキルスBの動きを止めたのは他ならぬアイラザインだ。体を串刺しにされ、膝を折ったアイラザイン。その体を貫いた腕が抜けなくなっていた。まるでザンダの執念が乗り移ったかのように、ガイキルスBを摑んで離さない。
しかしガイキルスBは瞬時に対応した。左掌が強烈に発光し、左腕からのブレイズ・フィストが放たれ、ベルカダスの右腕と激しくぶつかる。
ベルカダスの指が腕の中に引っこみ、口腔に並んだ鋭い牙のようになった。巨大な頭部となった右腕が口を開き、ガイキルスBの腕を丸ごと口腔に収め、あろうことかブレイズ・フィストのエネルギーを呑みこんでいく。
凄まじい量のエネルギーが骨格の内部を進んでいき、頭部と左腕の口腔に集約されていく。それはガイキルスが放っていた以上の熱量となっていた。ベルカダスのオールトは圧縮。吸収したブレイズ・フィストのエネルギーが体内で圧縮され、密度を高めて爆発的に熱量を上げていく。
ガイキルスBの右腕に筒状の物体が突き出される。ベルカダスの左腕が隠し持っていた、ヴェネンニアに残された主砲の片割れだ。
「お前、その掌が自慢みたいだな? いいぜ、交換しよう」
言ったと同時にゼヒナスは主砲の引き金を引いた。零距離で破壊の力が炸裂して、主砲が爆発し、ガイキルスBの右腕が千切れ飛んだ。破片と肉片と血飛沫が散乱する。
掌はガイキルスBの体の中で最も強固な部位の一つだ。普段であれば主砲の一撃程度は押さえこめただろう。しかし、自身の体すら熔解させる必殺の一撃を放った直後で、回復が間に合っていなかったのだ。
ベルカダスは零距離爆発の衝撃を利用してガイキルスBから距離を取り、姿勢を低くして、右腕を大地に固定し、発射への秒読みに入る。
それでもガイキルスBは一瞬で見抜いた。圧縮の速度が遅々としていることに。おそらくそれが許容量の限界で、ベルカダスはその間一切の行動ができないのだと。
発射までの準備時間、それだけの間があればガイキルスBに必殺の一撃を放たせるには充分だった。口腔に溶岩流の光が溢れ、
「「今だあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」」
ガイキルスBの左右から声が上がった。今の今まで沈黙していたレザーベインとスティルメンが起き上がり、ガイキルスBに最後の攻撃を仕かける。
「これだけ大きければ溶かせやしないだろーっ!」
最大限まで力を溜めたレザーベインが楔と鉄鎖を射出。それは世界を支える大樹かと思うほどの巨大さだった。表面を超高熱の体温に熔かされながら、それでも熔けぬ鉄鎖はガイキルスBの周囲を巡り、一気に径を絞って縛り上げる。さらに先端の楔を地面に突き刺して完全拘束。
続いてスティルメンがヴェネンニアの剣を拾い上げ、その二本ともをガイキルスBに突き立てた。剣を下降させ、斜めに交差させて体外へと抜けさせる。
ガイキルスBはそれでも構わずに溶岩流を吐き出そうとして、
その瞬間、ベルカダスの頭部と左腕から閃光が放たれた。閃光は虚空へと伸びていき、凄まじい光量が全てを塗り潰す。
誰もが網膜を灼かれ、視力を回復させるのに若干の時間を有した。ようやく視界が戻り、そして目撃する。
ガイキルスBがぎょろりとした視線でベルカダスを睨みつけた。右腕が消し飛ばされ、胸部には大穴が空き、顔は右半面しか残っていない。それでもガイキルスBから命の鼓動と、なにより強大な意思は失われていなかった。
死闘の続きを覚悟して誰もが喉を鳴らし、その瞬間、足元から迸った熱線がガイキルスBを貫いた。
「な……んだ? なにが起こった?」
誰もが呆然とした顔を並べた。ゼヒナスも、攻撃されたガイキルスBでさえもだ。
「なんだ? なにかいる!」
最初に気付いたのはオービットだ。ガイキルスBの足元に開いた大地の亀裂、その奥底で泡立つ真紅の輝き、溶岩の中に二つの青い光点が見えた。
それは眼光だ。溶岩の内部から溶岩よりもなお赤い緋色の腕が飛び出し、ガイキルスBの後ろ脚を摑んだ。激しく抵抗するガイキルスBを容赦なく引き寄せ、地割れに落とし、そして溶岩の中に引きずりこんでいく。
ガイキルスBの残った左手が何かに向けて伸ばされていた。
人間と怪獣は同種の生物だ。人間がそうするように、怪獣も最後の瞬間はなにかへと手を伸ばして死んでいくのだ。
そして伸ばされた左手はなにも摑むことなく、溶岩の中へと静かに沈んでいった。
青い光点も消失し、その場に静寂が戻る。唐突な決着に、誰も彼もが言葉を失って硬直していた。
「わ、我々は勝ったのか……?」
「勝ったんじゃない。終わった、それだけだ」
ゼヒナスは安堵の吐息とも溜め息ともつかぬ空気を吐き出した。気が抜けたのか操縦席から滑り落ち、操縦服も分解されて普段の姿に戻る。
ベルカダスの維持にも限界が訪れ、腕が、脚が、頭が、轟音を上げて崩れ落ちていった。眼窩に宿っていたオールトの輝きも消えうせ、ただの骨へと戻っていく。
「僕たちは怪獣の勝手な都合に振り回されて、そして怪獣同士の勝手な争いに最後を持っていかれただけだ。僕たちにできたことは、勝手な都合に振り回されないよう必死に全力で抵抗した、ただそれだけのことなんだよ」
ゼヒナスはどこか達観したような、諦めにも似た口調で呟いた。
おそらく、四千年前もこんな感じだったのだろう。自分勝手で身勝手な怪獣の猛威に晒されながら、勝つことよりも負けないことを求めて戦い続けていたのだ。
「そうか。怪獣とはかくも恐ろしい存在、まるでなにものをも呑みこんでいく天災のようなものなのだな」
「ああ、そうだな。だからこそ呑みこまれないように抗う、それが僕たちの戦いだ。そして、負けていなければ、それは僕たちの勝ちだ」




