猫柳の花言葉は……8
「あの……アマテラス様?」
「んん?どうしたのじゃ?」
ゆっくりと、アマテラス様の隣に近づき、囲炉裏の周り元気に走る一人の式神を眺めながら、昨晩くーちゃんから聞いた話を思い出しながら問いかけた。
「前にもくーちゃんが外の世界に行きたい、ってアマテラス様にお願いしたって話しを聞いたんですけど……。」
「あぁ~……そんなこともあったの。」
記憶が曖昧なのだろうか?アマテラス様はハッキリしない言葉で、その時の状況を思いだそうと頭を捻ねらせている。
「その時アマテラス様は、くーちゃんのお願いを悲しそうに拒否したって言っていたんですけど、何で今回はこんなあっさりとOKしたんですか?」
「う~~~む、なぜ拒否したか……か。」
腕を組み、何やら深刻そうな表情で言葉を止めた。
このただならぬ空気、もしかして凄く重要な理由でもあるのかな?
「あぁ、そうじゃ。それはの……」
「それは……?」
もう一歩アマテラス様に近づき、ごくりと生唾を飲み次の言葉を待った。
「実はあの時…………、右の奥歯が虫歯での~!いや~本当に参ったぞ~!かっかっかっかっ!」
「えっ?」
「いや~、じゃから虫歯じゃよ!虫歯っ!確かお願いされる前日の晩に、お空には内緒で、隠れてタジマモリ印のプリンを食べた物での!お空には心配をかけたが、秘密で食べた故に本当の事を言えずにいたんじゃ~!」
「……そ、そうだったんですか~~~、虫歯っ!虫歯ですか~、あはは~っ……ハァ……。」
あまりにも衝撃の事実に軽い眩暈を起こしそうになる。
しょ、しょうも無さ過ぎるっ!まさか虫歯が原因でくーちゃんがあれほど悩んでいたとはっ!現神化までして本気だって所を見せたつもりだったのに、その発端が虫歯だなんて。あぁ、何かドッと疲れが……。
「うむ!やはり、タジマモリ印のプリンは夜中に食べて太ると分かっていても、つい手が出てしまうの!あの上品な甘みと、口に入れた瞬間に溶けだすまろやかな舌触りは一度食べるともう病み付きになってしまうの!」
私の疲労感をまったく気にせず、アマテラス様は上機嫌にプリンの魅力を熱弁してくれた。
まぁ、私も食べた事あるから、その美味しさは分かるんだけどね……。
「じゃがしかし、実際の所、虫歯が理由でお空の願いを却下した訳ではないんじゃがの。」
虫歯だった右側の頬を擦り、さっきの元気ハツラツとした表情は消え、アンニュイな表情を醸し出す。
「それってどうゆう……?」
「お空の願いは、外の世界に行きたいと言う事じゃったが、お空一人でなら簡単に外の世界、つまりは高天原から出る事はできるのじゃ。じゃが、まだお空は幼い故、一人では外にだせん。」
確かに、あんな小さな子が一人で出かけたりするのは危ない。私がアマテラス様の立場でも同じ様に止めるだろう。
「あれっ?でも、アマテラス様が一緒に付いて行ってあげれば問題ないんじゃ……?」
そう言うと、アマテラス様は、はぁっ~、と深い溜息を吐き、
「それが出来れば、両手を挙げて連れ出してやれるのじゃが、今の現世から送られてくる信仰心では外の世界でわらわが実体化するのは難しいのじゃ。わらわの力不足故にお空のわがままも聞いてやれんとは、神様失格じゃな。」
と自嘲気味に言った。
「でもそれは仕方の無い事。神の力は現世の信仰心の強さによって決まるからね。」
さっきまでくーちゃんと一緒にはしゃいでいたはずの紅ちゃんが、いきなり背後から現れ、私の耳元でそっと呟いた。
お願いだから、気配を消して近づいてくるのは勘弁して欲しい。
「紅の言う通りじゃ。今の現世は、科学や様々な技術が進歩して、昔みたいに人知を超えた現象も人間の科学で説明が付くようになり、我々”神”と言った存在は必要が無くなってしまった訳じゃ。昔はもっと敬われたり、恐れられていたんじゃがの……遠い話しじゃ。」
そう言うアマテラス様の顔は何処か少し寂しそうだった。
「そんな理由があったんですね。あれ?でも、それだったら何で今回はOKが出せたんですか?」
んん?今の話では、アマテラス様は高天原を出ると実体化出来ないハズなんだけど……?
「それじゃそれじゃ!さっき話そうと思っておったのはその事なのじゃ!」
大きく手を叩き、キレの良い音を出すと、くーちゃんに向かって手招きをして、こっちに来るように呼び寄せた。
「なぁにー?あーちゃん?」
「うむ。お空もおるから、話すには良いタイミングじゃな。」
アマテラス様はそう言って、私とくーちゃんの顔を順番に見て頷いてから深呼吸をした。
「うむ、これから大事な話しをするぞ。おぬし達の今後についての話じゃ。」
『私達の今後』、という言葉を聞いて私は改めて姿勢を正した。そしてくーちゃんも私を見て、真似をするようにゴゾゴゾと正座して背筋を伸ばした。
「まず、おぬし等はわらわとカグラ勝負で現神化をした。これは紅もしっかりと確認済みじゃ。」
アマテラス様が紅ちゃんの方に目線を向けると、紅ちゃんは黙って頷いた。
「そして、この現神化したという事はじゃ。おぬし達は、正真正銘、運命のパートナーになったという事でもある。そして今後、お主達は共に依頼をこなして行くんじゃ。」
なんだか夫婦みたいな言われ方をされているようで、少し恥ずかしい気持ちになる。
「じゃからの、お空……。」
アマテラス様は、抱きしめるようにくーちゃんの頬に両手をそっと添える。
「おくう…………グスッ……おぐぅ……えぐっ…………。」
「……何で…………あーちゃん、泣いてる……の?」
「泣いてなどっ!……おらんっ!……これはっ…………ただの花粉症じゃ~~~っ!!!」
周りに、杉の木など一本も生えていない小さな家で、最強と言われる神様は、自分の使い魔である幼い式神をゆっくりと抱きしめた。
「お空や……お主はこれから、夕華と共に色んな景色や物、人、そして、自分ですら感じた事の無い感情や思いを沢山見つけてくるのじゃ。」
必死に目から溢れ出そうな涙を堪えアマテラス様は言う。
「そしてもし、夕華が困っていたら必ず力になってやる事、それは他の誰かでは出来ない猫柳空、お主だけに出来ることじゃ!……じゃから……。」
さらに力強くくーちゃんを抱きしめ、優しく頭を撫でる。
「じゃから……グスッ……しっかり……わらわがいなくても……頑張ってやっていくんじゃ……ぞっ!ここからが……ズビッ…………お空、お主が……求めていた本当の自由じゃ!」
その言葉で、くーちゃんはこれがアマテラス様の別れになるのだと理解し、さっきまでニコニコしていた顔が瞬く間に不安げな表情になり、最後には大粒の涙を流しながら、わんわんと泣き出してしまった。
「やだ~~~っ!あーちゃんと一緒にいる!一緒にい~~~る~~~!」
アマテラス様に抱きしめられたまま大声を上げ、駄々っ子になるくーちゃんでだったが、こうなる事を予想していたのか、アマテラス様は体からくーちゃんを引き離し、じっとくーちゃんの目を見つめ、
「しっかりするのじゃ、お空!自由に生きるという事はの、それだけ自分に責任が掛かるという事なのじゃ。夕華の祝詞を思い出してみろ、夕華はの”自分の意思で決め、そしてその責任を自分で負う”と言ったのを覚えとるか?」
「……うん。」
目からこぼれ出る涙を両手で必死に拭い取り、小さく頷く
「それはの、お空が外の世界に行き、自由に生きる為には、わらわと離れなければならないのじゃ。わかるの?」
諭す様にゆっくりと、そして優しくくーちゃんに問う。
「……うん、分かるよ。でもね……やっぱり、あーちゃんとバイバイするのは寂しいの。」
「かっかっかっ!お空、それは違う。別れるのではない、旅立つのじゃ!いつでもわらわの所に、『ただいま』と言って帰って来れるし、永遠に会えなくなるわけじゃない。じゃから、今は夕華と一緒に、色んな世界を見ておいで。そして色んな話しを聞かせておくれ。わらわからのお願いじゃ。」
そこまで言うと、くーちゃんも泣き止み、何かを決心したかのようにアマテラス様の目を真っ直ぐ見て、深く頷いた。
「分かった。くーちゃん、色んな事お勉強して、あーちゃんにいっぱいお話し持って帰ってくるね!」
と涙目になりながら力強く言い、今度はくーちゃんがアマテラス様を抱きしめた。




