05話 お勉強の時間(後編)
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且元との勉強会が始まって約一刻(2時間)、秀頼のお勉強は後半戦へと突入した。
「これよりお話いたしまするは、日ノ本の情勢についてにございます」
「情勢?」
「左様にござる。例を以てすれば、豊臣政権の政治基盤に経済基盤、検地、身分統制、南蛮教についてなど、他にもあれやこれや…………」
ここまで2時間、現代で言えば歴史の授業のような話に加えて、且元の難しい言い回しに秀頼の頭は容量を超す寸前であった。
「うう……助けて重成……」
できすぎる男、木村重成。彼を心待ちにしている者がここにいる。すると……どうやら願いが通じたようである。
「秀頼様!!」
数時間ぶりの元気のいい声が廊下から聞こえてきた。
秀頼は自ら襖を開き、勢いよく重成に飛びついた。
「わあーー!!!重成ーーー!!!」
「ひ、秀頼様!?」
重成は突然のことに驚くも、部屋の中に且元がいるのを見て、秀頼がまた難しい言葉で困っているのだと察した。
「秀頼様、某が来ましたゆえ、もう大丈夫にございます!」
「うう……ありがとう……」
こうして心強い味方を得た秀頼は、且元とのお勉強を再開するのであった。
「秀頼様は太閤殿下が如何にして莫大な富をその手中に収められたかお分かりにございますか?」
「うーん、天下統一したから?」
「ふむ、些か大まかなれど、間違ってはおりませぬ」
且元は秀頼に蔵入地、いわゆる直轄領の話をした。豊臣政権の経済的な基盤は大量の蔵入地にあり、多数の金山、銀山などの鉱山を支配下に置き、京の伏見、大坂の堺、貿易と外交の長崎など、重要都市を直轄領とし、多くの豪商を豊臣政権の統制下に置く事でその基盤を整えた。
「重成は知ってた?」
「もちろん某は存じております!」
続いて政治基盤についてである。且元は重成に尋ねることにした。
「然れば重成殿にお尋ねいたす。今日の豊臣政権の政治体制はどのようであるか、お分かりですかな?」
「無論にございます!太閤殿下は、豊臣家において就中覚え目出度き家臣を五奉行と為し、雄渾なる大大名を五大老として政務を分掌させ、政を合議制にて執り行うものとお決めあそばしました」
「ふむ、誠に一点の曇りも無きお答えかな」
秀頼には重成が何を言っているのかさっぱりなようだが、「五大老」と「五奉行」のことだけは分かった。
「わ、われは!五大老と五奉行が誰のことだか分かるぞ!」
「なんと!」
且元の驚きを他所に、秀頼は全力で転生前に期末テストの勉強で覚えたことを思い出していた。
「ま、まずは……徳川家康殿じゃ!」
「おお、素晴らしき限りなり!!正解にございます!」
且元が感心しているが、この秀頼という男、五大老はまだしも、五奉行など石田三成以外誰一人として覚えてなどいないのである。
「あ、あとは……えっと、まえ、前田……、えーと、……前田殿!」
「如何にも!大納言前田利家殿も五大老のお一人でござる!」
「う、うむ!そうであろう!『だいなごん』だったな、いい名前である!強そうじゃな!」
否。名前ではなく、ただの役職名である。
「あ、あと1人くらい、えっと……えーと……う、上杉……上杉輝元殿!」
混ざっている。ぐちゃぐちゃである。
「あ、あの……秀頼様、其は上杉景勝殿と毛利輝元殿のことにござりますか?」
「え、あー……そ、そうに決まっていよう!う、上杉殿と輝元殿……ということだ。まとめて言ったのだ。異論は認めぬ」
「な、なるほど……まとめるとは、これまた斬新なるお考えにございますな!」
なんとも横暴な主君である。
「ほ、他には、えっと……石田三成と、んーと……、そ、そうだ!残りの半分は重成に譲ってやろう!われだけ且元に褒められていては重成が可哀想だからな!!」
且元と重成は目を合わせると、くすっと微笑んだ。
「では憚りながら某が他の方々をお答えいたします!五大老はあと御一方、中納言宇喜多秀家殿、通称備前宰相殿にございます。五奉行の御方々としては石田三成殿の他、増田長盛殿、長束正家殿、前田玄以殿、浅野長政殿ら五名が奉行職にお就きになって、ご政務を執られております!」
「まさしく、秀頼様と重成殿の申された通り、合わせて十人の御方々によって政が執り行われており申す」
且元は五大老五奉行についてさらに詳しく説明した。
「五大老の御方々はみな巨大な領地を持ち、その地を治めておいでです。無論、皆々豊臣家に臣従せしことは事実なれど、それぞれが大きな実権、発言力を有しているのもまた事実。豊臣家の家臣とはいえ太閤殿下のご威光あって、いまだ不都合は生じていないものの、人の思惑とは計り知れませぬ故、何卒ご注意召されますようこの儀、お心にお留め置きくださりませ」
「な、なるほど」
「とくに、太閤殿下によって国政を任されておられる内府殿、すなわち徳川殿は五大老の中でも頭一つ抜きんでております。国力においても、発言力においても内府殿に並ぶものはそうおりませぬ」
内府殿とは朝廷の官職である内大臣を指す尊称で、天皇に近い場所でその政務を補佐する役割を持っていた。しかしこの時代では形式的なものに過ぎず、実力を示すための、名前だけの役職であった。徳川家康が一時的に内大臣であったために『内府殿』と呼ばれるに至ったのである。
「さて、政治体制についてのお話はこれで終いにござる。これよりは、検地、身分統制、南蛮教について……」
「ねえ重成……」
「は、はい……」
「……これ終わるのかな?」
「……一緒に頑張りましょう」
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且元から秀吉の生涯についてや、これまでの豊臣家に関係する出来事、現在置かれている状況や、世の中の情勢を事細かに教えてもらっていると、気づけばもう少しで二刻、すなわち4時間が経とうとしていた。
「……とこのように、太閤殿下は伴天連追放令を発し、南蛮教の排除に……」
「秀頼、迎えに来ましたよ」
スッと襖が開き、4時間続けざまに且元の話を聞いてすでに限界を超えていた秀頼のもとに、救いの女神が降臨した。
「ついてきてね」
そう言って淀殿は足早に歩き出してしまった。
「且元!!いっぱい教えてくれてありがとね!!」
「ははっ!!勿体なきお言葉にございます!」
こうして且元とのお勉強の時間は終わり、秀頼、淀殿、重成、且元の4人は秀頼の部屋を後にした。
次回、「太閤豊臣秀吉」




