1-47 ちょっぴりサイコーな男の娘
俺たちは3階に向かう。このフロアには映像研究会の部室があるが今は特に用事もない。
咲桜さんが部室に寄って痕跡を残している……なんて都合のいい展開もないだろう。とにかく今は生き残りのもとに向かうべきだ。
3階の渡り廊下に向かうと早速女子生徒が交戦している姿が見える。
驚いた事に彼女の得物は日本刀だった。おおよそ女子高生の持っている武器ではない。
「ピィ! 助けなきゃ!」
「造作もない、切り伏せる」
俺たちは彼女を認識するとすぐに助太刀に入ろうとする。だが彼女は俺たちと目が合うと、左手をこちらに向けて制止した。
「余計な真似はしないでよ。これは僕の獲物だ」
髪型こそ作り物のような美しさの青い長髪に変わっていたが、その女子生徒の端正な顔と小悪魔なような愛らしくも憎たらしい口調に、そしてなによりもその獲物を狩る狐のようなあいつの鋭い目つきに俺はすぐに気が付いた。
「ハハハッ! 次ィッ!」
少女(?)は高笑いをしながら日本刀でゾンビを次々と切り伏せていく。奴は心の底から楽しんでいた。かつては同じ学校の生徒だった人間を殺す事を。
その異様な様子に同行していた人間はたじろいでいた。ゾンビよりも恐ろしい存在が確かにそこにいたのだ。
「ん、君たちもゾンビになったのか」
渡り廊下の奥から増援に現れたゾンビ二体に少女は気を取られる。彼らには見覚えがあった。クラスでも人気のあったお調子者のポジションの男子生徒のコンビだ。
「君は確か学校に卑猥な本を持ってきたよね。君は品のない言葉、品のない振る舞いでまったくもって汚らわしかった。視界に入らないで欲しいなあ!」
少女は笑いながら横方向への一太刀を浴びせ先に近付いたゾンビを撃破する。さらに近付いた最後の一体のゾンビを彼女は声を荒げてこう言った。
「君はむさくるしくてとにかく汗臭かった。近くにいるだけで鼻が曲がりそうだ。ゴミはちゃんとゴミ箱に入ってよ!」
そしてそのゾンビを袈裟斬りで切り伏せて戦いは終わる。少女は刀についた血を勢いよく振り払うと、美しい所作で鞘に収めた。
俺はピーコに視線を向ける。彼女は何も言わず小さく震えていた。異常な精神を持つ人間の悪意というものを見て。
「……何してるんだ、銀二」
俺は少し呆れながら『彼』の名前を呼ぶ。どういうわけか女装をしているがまぎれもなく彼は俺の悪友、澄州銀二だ。
「へえ、わかるんだ。さすが僕の友人だね」
「改めて縁を切りたいと思ったよ。知ってはいたがお前はサイコパスだな」
銀二はいたずらっ子のように笑うと俺は吐き捨てるように言った。
「ええっ!? ぎ、銀二先輩だったの!?」
遅れてピーコが驚嘆する。顔見知りでも騙せるくらい銀二は見事な女装だった。銀二のサイコパスな一面を見て、そして謎の女装という事実に彼女はひどく混乱しているようだった。
「でしょ、私も最初見た時は驚いたよ。あの銀二先輩って事と、女の子以上にかわいいって事実に打ちのめされてね」
友人の慌てふためく様子に真弓はようやくほんの少しだけ笑って補足するが、やはり銀二の狂戦士っぷりに少し引いているようだ。
「う、うん、そうだね。ぴぃ……こんなかわいい子が男の娘なわけないよね、っていうやつなのかな」
知り合いだという事にちょっと安心したのかピーコはそんな定番のセリフを言った。だがまだ警戒心は緩めていない。
「ふふふ、見惚れたかい?」
銀二はお得意の小悪魔スマイルをした。だがいくら容姿を変えても彼の本質は何ら変わっていない。先ほどの悪意に満ちた罵詈雑言が彼の本性なのだ。世界がこんな事になり仮面をかぶる必要がなくなりその真の姿が顕現しただけだ。
「トオル、どうやらお前はこやつと知り合いのようだが悪い事は言わん、友人は選んだほうがいい」
マルクスはささやくように小さな声で言った。彼女の少し不安げな目を見るとなぜか俺も謝罪したくなる。
「常々そう思ってるよ」
俺がそう言うとキャシーはふんふんと、銀二を興味深そうに観察して、
「サドの男の娘っすかあ。需要は結構ありそうっすね。多分あの子に罵倒されたいとか、股間を踏んづけられたいとか、去勢されたいって人はいると思うっす」
と、評論した。確かに銀二はごく一部で需要はありそうだ。見た目だけなら悪くないしこのドSな性格も好きな人は好きだろう。
「最後のは流石にマイノリティじゃないか。同人なら売り上げ二桁だぞ」
真弓同様事前に銀二の姿を知っていたであろうともちゃんはそこまで驚いてはいないようで、不快そうな顔でキャシーの冗談にツッコミをいれる。
「で、その女装……いや個性的な姿はなんなんだ? 世界がこんな感じになったから内なる自分を解放したかったのか?」
俺はデリケートな事情もあるのではないかと考え言葉を選んで銀二に問いただす。すると彼は笑いながら答えた。
「ははは、当たらずとも遠からず、かな。一応言っておくけど僕は女装が好きで、前の世界では隠れてこそこそしていたけど別ににそこまで複雑な事情があるわけじゃないよ。まあ女性を恋愛対象と見た事は一度もないけどね。ただ兄さんも男性が好きだったしもしかしたらそういうのがあるのかもしれないけど」
彼は笑ってはいたが結構なカミングアウトだった。いや、兄がいる事は知っていたが同性愛者だったという事は知らなかった。
だが銀二は名家の人間、ましてやここは古い価値観の残る田舎だ。成人すれば跡継ぎのため否応なく結婚するように求められるだろう。
二重の意味で望まない女性との結婚を。
こいつもなんだかんだで苦しんでたんだな。彼のサイコパスはそうした抑圧された環境から生じたものなのかもしれない。
「僕が好きなのは僕だけさ。僕は自分に恋をしているんだ。最高に美しい僕自身にね。男と女では女のほうが美しい、なら美しい僕が美しい女性の姿をするのは自然だろう?」
しかし俺が切ない気持ちになった直後に銀二は恍惚の表情でぶっ飛んだ発言し、自分の腕を前で交差させ、彼は自身の身体を恋人にハグをするように情熱的に抱きしめた。
「ちょっとでも友人を心配した俺の純情を返してくれ。要するにお前は強烈なナルシストという解釈でいいのか?」
俺が呆れながら言うと銀二は楽しそうに回答する。
「そのとおりさ。僕は世界中で一番僕を愛している。ごめんねトオル、君の想いには答えられないよ」
「こんだらずがなに抜かしちょーや」
俺は彼の妙な発言に思わず方言になって答えてしまった。普段方言など話さないというのになぜだろうか。
「トオルちゃんもなかなかキャラの強い友人をお持ちっすねぇ」
「そうだな。また増えたよ」
俺はキャシーがそう言ったあとマルクスにも視線を向ける。
「なぜ我を見る」
彼女は少し不愉快そうに頬を膨らませる。まったくこれ以上キャラの強い奴が増えないで欲しいものだ、キャラの交通渋滞が起こるし。
「まあいい、ほかの生徒も探すぞ」
「ああ、銀二も手を貸してくれ」
俺が発言したあとともちゃんが澄州ではなく銀二、と言った事に少し驚いた。
自分がいない間に距離が縮んでいたようだ。まあこの状況で教師と生徒の関係はあまり意味がないし、下の名前で呼んでも構わないだろう。気にする事でもないか。
「うん、任せてよ。トオルに近づくゴミは全員斬ってあげるからさ」
銀二が鋭い目つきで笑い俺のほうを見ながらそんな事を言って、背筋に嫌な汗が流れる気がした。
「ほ、本当にそういうのじゃないよね? も、もちろんそれでもいいけど、トオル君は……」
ピーコは混乱が落ち着いたころに、さらに妙な発言で継続して状態異常を付与され目をグルグル回しながら俺のほうに視線を向ける。
「俺はノンケだ」
俺は短くそう答えて面倒なので強引に移動を再開した。事実まだ助けるべき生徒はいるのだし。




