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1-40 野球への想いと未練

 店の外に出てゾンビに気を付けながら駐車場を歩き回る。道路にゾンビはいるが歩くタイプだしこちらには気が付いていないので少し気を付けるだけでいいだろう。


 ついでに道には昨夜倒したゾンビや沢崎の死体も転がっているのも確認する。放っておけばやがて土に還り彼らは本当の意味で安らかな死を迎えるのだろう。


 キャシーは大道路に面した場所から歩き回り、最後に隣の建物に面した日陰となっている場所に近付いてボタンを押すとピピ、と電子音がして車のロックが外れる音がした。


「この車みたいっすね」

「バンか。人も物も運搬には最適だな」


 俺たちは白いバンを眺める。ところどころへこみ右側前方のドアにはこすった跡が見える。見栄えはよろしくないがそれはゾンビハザードでは関係ない。どうせこの後ゾンビをはね殺して血みどろになるのだから。


「じゃ、お借りしますね~。あれ、中になにか……」


 キャシーはなにかに気が付いたらしく後部のドアを開ける。一般的にそうであるように最後部は荷台になっており見慣れたものが転がっていた。


「バットに、野球のボール?」

「みたいっすね」


 俺は不思議に思い梨の絵が描かれた段ボール箱に突っ込まれていた使い込まれた野球のボールを掴むと、小石程度の重さがあり、馴染みのある硬さで硬球のようだ。手入れが良く行き届いて縫い目を補修した痕跡や表面の劣化具合とは対照的に泥はついておらずきれいな状態だ。


 一方の金属バットは銀色の塗装がされ、傷もへこみもなく光沢があり買ったばかりの新品のようだ。


 俺はおもむろにその持ち手を掴み車から少し離れて素振りをしてみる。適度な軽さで、居合で巻き藁を一刀両断にするように流れるように振るう事が出来る。


 ちらりとプリントされているブランドの名前を見ると日本人なら誰もが知る大手スポーツメーカーのものだ。すぐ壊れる粗悪な安物ではない。値段で言えば数万は余裕で行くだろう。


「武器としては悪くないな」


 俺は目の前にゾンビの頭部があるつもりで、最後にそこを目掛けて勢いよく振り下ろす。イメージではゾンビの頭は見事に爆ぜた。


 この金属バットは重量も、強度も、リーチも全てが申し分ない。なによりも俺は人並み以上にバットの扱いに慣れている。小学生のころとは言っても昔取った杵柄というやつだ、忘れる事はない。もっともこれを使ってするのは野球ではなくゾンビ退治なのだから正直野球の技術はいらないだろう。


 だがその時視線を感じ思わず振り向く。ピーコは俺の事をじっと、しゅんとした様子で見つめていたんだ。


「えと、バットを武器にするの……? ホームセンターに行けばもうちょっといいものはあると思うよ?」


 彼女の訴えかけるような悲しそうな瞳に俺は思わずたじろいでしまう。


 俺たちにとって野球とはほかのどのスポーツよりも特別で神聖なスポーツだ。ピーコと咲桜先輩と苦楽を共にし、成長したたくさん思い出の詰まったスポーツなのだ。バットを武器にして血で染める事はかつての優しさに包まれた思い出を汚す事にほかならないのだから。


「そうだな。バットは本来人を殴るものじゃない。ホムセンで適当に漁るか」


 俺もその行為に躊躇いがまったくないわけじゃない。今でこそ野球への情熱は失ってしまったがグラウンドの記憶は俺と久世透をつなぎとめる大切な記憶なのだから。


「……うん!」


 ピーコは俺が一線を超えなかった事が本当に嬉しそうで寂しげな顔がぱあっと明るくなる。まだ俺が野球を好きでいてくれていた。そんな思いがまだあるのを知る事が出来たのだから。


「うーん、ゾンビものだとド定番なんすけど。比較的入手しやすいですし。まあお二人がそういうのなら何も言いませんが」


 キャシーは釈然としない様子だったが再びトランクを漁る。長い年月で色素がほとんどなくなったどこかで見た謎の生命体のシールの張ってある使い込まれたクーラーボックスに目をつけると、彼女はそれを開けた。


 中には何も入っていないようで生臭い匂いがしなくてよかった。だが俺はそのクーラーボックスを見てある事に気が付いた。


 俺は確かにこのクーラーボックスを、正確には謎の生命体のシールを見た事がある。ボロボロにはなってしまったがハッキリと覚えている。


「カモシカだ」

「へ?」

「本当だ、カモシカだよ!」


 そのシールの意味は俺とピーコにしかわからない。驚いている俺たちとは対照的にキャシーとマルクスはキョトンと不思議そうな顔をしていた。


「カモシカ? 我は虚飾を象徴する生き物という事しか知らぬが」

「虚飾……ああ、見栄と三重をかけているのか」


 理解するのに少し時間がかかるが俺は変換に成功する。むしろマルクスはなぜカモシカが三重県の県の鳥獣だというマニアックな情報を知っていたのだろうか。


「この車、もしかして松阪君のお父さんの……」

「多分な。こんなハイセンスなシールを張っているクーラーボックスを持っているのはあいつの親父くらいだ」


 俺たちは昔何度もこのクーラーボックスを見た事がある。知識のなかった当時はこの得体のしれない短足の生き物がカモシカだとはわからなかったが。


「松阪とは誰だ? お前たちの知り合いのようだが」

「俺とピーコはガキの頃少年野球にいてな。松阪はチームメイトで、その親父は俺たちの野球のチームに何度もアイスの差し入れをして炎天下の中汗を流す俺たちを喜ばせたもんさ」

「あとになって、実は松阪君のお父さんはアイスを作る会社の創業者の親族だったんだって知ったけどね。身内価格で安く仕入れてたけど自腹でおごってくれてたんだ」

「ま、そのころはそんな事知らないしアイスのオッサンという認識しかなかったがな。コネを作れば甘い汁を吸えたかもしれないなぁ」

「余りもののあずきのアイスが懐かしいなあ。あの頃は飽きるほど食べたのに急に食べたくなっちゃった」


 俺とピーコは昔を懐かしみながら盛り上がる。グラウンドで食べた固すぎるあずきのアイスも、炎天下だといい感じに溶けてちょうどいい固さになるんだよなあ。俺たちはそんな事考えずにただ熱くなった体をすぐに冷やしたかったから一心不乱にむしゃぶりついたんだが。


「でもなんでモンキに車があったんだろう」

「モンキの関係者だったか商談でもしてたんじゃないか。親父さんが具体的に何やってたのか知らんけど」


 ここに松阪の親父がいないので理由はわからないが別に知る必要もない。知り合いなので勝手に車を借りるのはやや抵抗はあるがありがたく借りることにしよう。


「でも松阪って名前で少年野球。散々いじられたでしょうねぇ」


 仰るとおり俺たちが昔散々いじった事をキャシーは笑いながら言った。ここに彼がいれば飽きたように乾いた笑いをするだろう。100万回は言われてきているのだから。


「昔はな。その上そんなに強くなかったし万年補欠だった。ただ名前負けしていたのは昔の話だ。今はプロのスカウトが見に来るレベルさ。150キロのストレートを投げれる怪物だよ」

「ああ、そういえばテレビで見た気がするっす」


 おそらくキャシーは地域のニュースなんて気にも止めない人種だろうがそんな彼女でも知っていたらしい。幾度となく地元のメディアが取り上げているので山陰に住んでいれば嫌でも彼の名前を知るだろう。


 ちなみに松阪はニュースでもやはりその名前をいじられたらしい。真面目な野球バカであまり面白い事が出来るやつではないので精一杯のギャグを言っていたが見事にすべっていた事を覚えている。


「つまりはこの野球の道具は息子のほうの松阪のものなのか?」

「多分な。自主練にでも使っていたんじゃないか。親子二人三脚で頑張ってたし」

「もし松阪君に会えたら渡したほうがいいかな。学校に避難してるかもしれないし」


 ピーコが最後に言った発言に俺は心の中で生きていたらな、とつぶやいた。


 さて、調べるものはもう特にない。ゾンビが寄って来てもいけないしさっさと車に乗るとしよう。


「で、運転は誰がするんだ? 一応聞くが運転経験があるのは」

「レーシングゲームは得意っすよ?」

「バナナの皮の扱いには任せろ」


 俺はゲーム脳になり果てたキャシーとマルクスの挙手を無視する。現実では崖から落ちても雲に乗った釣竿を持つ亀は助けてくれない。やはり誰も免許は持っていないようなので仕方ないので挙手した。


「……俺が運転するよ」


 ため息をついて言うと二人はちぇー、と不満そうな顔をした。さあ、さっさとホムセンに行って武器を調達しともちゃんを迎えに行くとしよう。

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