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1-39 ともちゃんとの連絡

 台所がないため大きめの桶を洗面台代わりにし、ポリタンクに入れてあった少ない水を使い食器をちまちまと洗う。とはいえラップのおかげで洗うものがほとんどなかったので作業はすぐに終わった。


 作業を終えて、俺は機材のある部屋に向かいキャシーに話しかける。


「なあ、このあとどうするんだ?」

「そうっすねぇ」


 彼女はんー、と考えこみ俺に提案する。


「とりあえず話したい事があるのでみんなを集めましょう」


 で、居住スペースに集まって座ったわけだが。先ほどまで食卓だったこの机は会議机に変貌し議論を始める事にした。


「サバイバルをするのも、動画の作業も、人数が少なければ出来る事に限りがあるっす。特に魔界街の動画の2本目は撮れ高がなさ過ぎて……一応見ます?」

「いや、いい」


 キャシーはにゃはは、と苦笑した。動画のネタに関してはそもそも素人が考えても大したものは出来ないのは目に見えていたし人数以前の問題な気もするが、ダメ出しをすればきりがないのでここは流しておこう。


「なので力強い味方、ともちゃん先生をスカウトしようかなと思うんすよ!」

「ともちゃんか」


 ともちゃんこと荒木智子先生は多少子供っぽいところがあるがその知識は目を見張るものがある。仲間になればきっと心強い味方となってくれるだろう。


「あえて聞かなかったがそう提案するって事は生きてはいるんだよな」


 俺はたくましいメンタルのともちゃんがそう簡単に死ぬとは思っていなかったし、キャシーも彼女の名前を出した時悲しむ様子はなかったから勝手に生きているものと思っていたが、万が一死んでいたら、と思うとキャシーに安否の確認をすることが躊躇われ、結局聞かずにずるずると時間が流れてしまったんだ。


 希典先生に関しては生きていても死んでいても正直どうでもいいし多分彼はゾンビに襲われても死なないだろう。彼はゴキブリと同じベクトルに存在する生命体なのだから。


「はい、目覚めてちょっとあとに連絡を取ったんで。トオルちゃんたちの高校で避難してきた生徒とサバイバルしているみたいっす」

「そっかあ、ともちゃん先生、大丈夫かなあ」


 ピーコは親しい先生が心配なようだ。実際、普段の自堕落な先生からは元気に生き残っている光景がすぐには思い浮かばないだろう。


「ともちゃんは何だかんだでやるときはやる先生さ。ああ見えて生徒想いだし自分の命に代えても生徒を護っているはずだ。無論、自分の命を護れるだけの知識もあるだろう」


 俺はともちゃんの事を思い出す。アウトロー教師に見えて実のところうちの学校の教師の中でもっとも生徒の事を考えているだろう。優等生も素行の悪い生徒も全員彼女の事を慕っている。それは俺も例外ではない。


 付け加えると俺はこの脳に変異してから自分よりも優れた頭脳を持つ人間に一度しか会った事はない。だが同程度という事なら荒木智子がそれに該当するだろう。彼女は本来ならば大学で教鞭をとっているような華々しい経歴の持ち主でこんな田舎の高校の教員をしているのがどうしても理解できない。


 ちなみに余談だが自分よりも優れた頭脳を持つ人間というのはほかならぬ希典先生だ。俺は一度、建前では希望者のみだが実質強制的に受ける彼の補習をサボった事を見逃す代わりに彼とリバーシ勝負を誘われた事がある。色々とツッコむ要素が満載だったがただ単に暇だったから彼はそうしたのだろう。


 俺はオンラインでのリバーシの戦いで全戦無敗を誇り、世界チャンピオンを秒殺して飽きて止めてしまったことがあるようなリアルチートの持ち主だ。すぐに終わると思いこれでサボりがお咎めなしで済むなら楽だと俺は勝負を受けた。


 確かにすぐに終わった。手加減をした希典先生が僅差で勝利して。それ以来俺は彼がいかに優秀な頭脳を持つか認めざるを得なくなった。


 荒木の一族とはみんなそんな化け物染みた脳味噌を持つ人間なのだろうか。学歴などというつまらない尺度とは一線を画す真に天才と呼べる高度な知能を持った人種だがキャシーもそうなのだろうか。


「ともちゃん先生は普段の子供っぽい言動がどうしても目立つが卓越した頭脳の持ち主だ。仲間に出来れば間違いなく力になってくれるだろう」


 もし可能ならばほかの生徒はどうでもいいがともちゃん先生は救出しておきたい。そのあと同行するかどうかは別にしても個人的に仲の良かった先生なので助けておきたい気もする。


「身内が褒められて、ちょっと恥ずかしいっすね」


 キャシーはともちゃんの代わりに照れ笑いをしてぼさぼさの髪を掻く。身内という事以外はいまだにどのような関係性かはわからないが、一緒にDVDを見たとも言っていたしおそらくいとこか姉妹のような親しい関係なのだろう。仲が悪いようには思えないし。


 俺はともちゃん先生が子供のように駄々をこねる顔を思い浮かべた。希典先生と仕事の愚痴を肴にヤケ酒を飲んでいて、その見た目から即座に怪しい男が幼女を連れまわして酒を飲ませている事案と通報されたあの時の顔だ。


 どの教師も俺とは決して対等ではなかった。もちろん生徒と教師の関係はそういうものだが授業をまともに聞かずとも日本一成績を持つ、文字通り頭脳が人外の俺に向けられたのは多くは妬みや僻みだった。彼らが大学受験で使うために必死で学び会得した知識を俺はなにもせずに既に持っていたのだ。


 大人ですらそうなのだから同級生の多くはなおさらだ。サイコパス仲間の銀二のような例外はあるが対等な関係は誰一人としていなかった。


 だがともちゃん先生だけは俺と友達のように接してくれたんだ。友人のように愚痴を言って、それは必ずしも教師としては好ましくはないがほかの教師のメンツに進学率、非行防止で評判が悪くなるからという事実を隠した建前で接するわけでもなく、本音でぶつかってくれて才女ということを抜きにしても俺にとっては唯一尊敬出来る教師だった。


 ちなみに……希典先生は俺の知る限り世界最高峰の頭脳だが間違っても尊敬出来ない。授業中にエロゲの未来を熱く語るような先生だし。二次元エロを探求する一部の生徒からは絶大な人気を誇っていたが。


 俺が考え込んでいると黙っていたマルクスが発言した。


「今は朝だ。すぐに準備すれば今日中にも向かって救出して帰ってくることは可能だろう。だがゾンビとの戦いの準備はしたほうがいい。我とキャシーの武器はともかくいい加減トオルとピーコの武器も新調する必要があるのではないか。とりあえず隣の武器の館に向かって必要なものを見繕ってはどうだ」

「ああ、そういえば隣にホムセンがあったな。ちっさいけど」


 マルクスの言葉を変換し俺はすぐ隣にあるホームセンターを思い出す。小規模であまり利用した事はないが、鉄パイプに工具等武器になりそうなものはたくさんあるだろう。


「ならこのあとで寄るとしてまずは移動や運搬の車っすね」

「車?」


 俺は少し驚き、聞き返してしまった。


「ええ。今朝調べてこの部屋にあったカバンから見つかった車の鍵っす。多分この店の関係者のものでしょうけど、まあ適当に探せば見つかりますからね」


 キャシーはポケットから鍵を取り出し机の上にでん、と置く。ボタンもついており遠隔操作で開けられるタイプらしい。そしてお茶をイメージした緑色の牛の着ぐるみを着た子供のキャラという、ランカーの底辺にも上位にも行けなさそうな微妙な立ち位置にいそうな謎のゆるいキャラのキーホルダーが付いている車のカギだ。


 俺はそんなキーホルダーなど気にも止めず別の事に疑念を抱きながらも彼女に従う事にした。


「ああ、俺は構わない。行動は早いほうがいいだろう」

「じゃ、そうしよっか」

「うむ」

「はい、じゃ、ちょっと待ってください。ともちゃんに連絡だけするんで」


 会議の結論は出てすぐに俺たちは行動を起こす。ピーコはこの違和感に気が付いていないようだった。


 キャシーたちが車を所持していなかったのなら。


 どうやって大量の機材や物資を運んだというんだ?


 俺はその意味を考えていたが、その最中キャシーがともちゃん先生に電話をする。しばらくして繋がったので俺は向こうの状況を把握するため電話の声に耳を澄ませた。


 俺の視線に気が付いたキャシーはボタンを操作しこちらにも聞こえるようにしてくれる。


「ともちゃん? 生きてますー?」

『キャシーか。ああ、一応生きてるぞ。人数が多いから物資が尽きそうだが』


 電話の向こうからは気だるげなともちゃん先生の声が聞こえた。実際疲労がたまっているのだろう。


「ともちゃんだ!」

「そうだな」


 先ほど無事だとは聞いていたが顔見知りの生存が確認出来てピーコは手を合わせて喜んでいる。俺も表情には出していないが結構嬉しかったりする。やはり知った人間が死ぬのは気分のいいものではない。


「そうっすか。今から学校に行ってともちゃんを回収しに行きますね」

『随分急だな。まあこっちも学校を脱出するつもりだったから助かるが』

「はあ、そうなんすか。ちなみに理由は?」

『学校も一応指定の避難所だからいざってときの備蓄はあるが、建物の構造上あちこちに侵入経路があってサバイバル向きじゃない。生徒の何人かがゾンビ退治も手伝ってくれているが正直突破されるのは時間の問題だ。どういうわけかゾンビも強くなってきているしな……生徒も全員、身も心も疲れ果てて限界にきてるよ』


 ともちゃん先生は本当に疲れた様子で言ったが、彼女の最後の発言が俺はどうしても気になった。


 ゾンビも強くなってきている?


 彼女の言う事だから間違いはないだろう。走るゾンビや武器ゾンビ、ドーナツちゃんのような変異したゾンビが現れたのだろうか。どのタイプであれいいニュースではない。


「わかりました。もうちょっと待っててほしいっす。マルちゃんと新しく加入したトオルちゃんとピーコちゃんも連れてそっちに行くんで」

『トオルにピーコ? まさかうちの生徒の久世透と柴咲一花か! 生きてたのか!?』


 俺たちの名前を聞いた途端先ほどまで意気消沈していたともちゃんは興奮した様子で大声を出した。


「はい。生きてますよー。ま、詳しい話は合流してから」

『そうか……よかった。無事なのか。ああ、来てくれるのは助かるが危なそうなら無理をするなよ。ちょっと待ってくれ、今ゾンビを片付けに行く途中だから切る』


 ともちゃんは慌てながらそう言い残し通話を終えた。切羽詰まっている様子だし急いだほうがいいだろう。


 俺とピーコは、俺たちを本当に心配してくれていたともちゃんの優しさに思わず胸が熱くなる。彼女の顔を見るとピーコはどこか決意したようで、少し嬉しそうな表情をしてから俺のほうに顔を向け言った。


「トオル君。絶対に、ともちゃん先生たちを助けようね」

「ああ、そうだな」


 異論はない。早くともちゃん先生を迎えに行こう。


「一応、帽子とコートも忘れるなよ」

「え、あ、そうだ、忘れるところだったよ、ありがと」


 俺は念のために指摘するとピーコは案の定忘れていたらしく、耳としっぽをぴょこぴょこと動かしてキャスケットとトレンチコートを回収しに行った。


 すでに同居人には正体は判明しているため室内ではどちらも身に着けていないがこの姿を他人に見られると面倒だ。ともちゃんは大丈夫な気もするが一緒に避難しているほかの生徒はそうだとは限らない。用心するに越した事はないだろう。

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