1-38 至高の豚汁(インスタント)
「もっと電話をしてもよかったんすけど。なんか野暮な真似してすみません」
キャシーは申しわけなさそうな顔をして俺の顔色をうかがう。手伝う事を電話を切る口実に使ってしまったので謝罪をすべきだと思い、
「すまん。言いわけに使わせてもらっただけだ。妹とは色々あってな」
と詫びの言葉を言っておいた。
「はあ、そうなんすか。どこの家庭も色々あるんですねぇ」
キャシーは俺の言葉を聞いて苦笑いしながらそう言った。少し気になる発言でまるで彼女も家庭に問題があるような言い方だがプライベートを詮索する必要もないだろう。俺はその発言を頭の片隅に置いて、居住スペースの隣の部屋に向かい朝食の準備を手伝うことにした。
「私も久しぶりにクーちゃんと話したかったなあ。最近会ってないし」
俺たちに遠慮して隣の部屋でこっそり聞いていただけのピーコは、どこか楽しそうに瓶入りの鮭フレークを卓上のカセットコンロに乗る鍋にどばどばと入れた。ちらりと鍋の中身を見ると雑炊を作っているようだ。消化に良い雑炊は腹を壊したマルクスにも健康な俺たちにもちょうどいいだろう。
「ああ、すまん。今度電話があったら代わってやるよ」
俺はそう言うがクーの事だ、もしそれを彼女に提案すれば空気を読んで承諾するだろうが話は盛り上がらないと思う。子供時代はあれほど仲が良かった幼馴染ではあるが月日は残酷であり、もう既にクーにとってピーコはほとんど他人となってしまったのだから。
「我にも手伝えることはあるか? 薬の埋め合わせはせねばなるまい」
「病み上がりなんだからほどほどにしろよ」
食あたりも回復し、すっかり顔色が良くなってケロリとした様子のマルクスは相変わらず大剣を背中に背負っている。部屋の中ぐらい装備を外せばいいだろうに。邪魔だし。
今回の一件でマルクスは俺たちと比較的友好的になってくれた。当初は敵意をむき出しにしていたが友人のキャシーを是が非でも護りたかっただけで根は悪い子ではないのだろう。
「呪いなど魔族の我は恐れぬ! 我は勝利したのだよ!」
「ノロじゃなかったと思うけどなあ」
俺もピーコもマルクスの設定に慣れつつある。ピーコは鍋をかき混ぜながら笑い、俺は中二な発言を適当に聞き流して雑炊を入れるのにちょうど良さそうなどんぶりを探しに店内へと向かった。
さて、シンプルな白さの、見るからに安物的な美しさのあるどんぶりを4つ縦に重ねて、ついでに人数分のれんげや割り箸、プラスチックの汁椀を買い物かごに入れて俺は部屋に戻り、ラップを手にしてアオンでのサバイバルでピーコが言っていた事を真似する事にした。
「あ、トオル君、覚えててくれたんだ」
まるで記念日を覚えてもらっていた恋人のようにピーコは嬉しそうな表情をする。知識を覚えていた事がそんなに嬉しいものかねぇ。
「まあな。紙皿は使うにしても避難している人数が少ないからいくらでも使えるだろうが、もう棚に商品が補充される事はない。無駄遣いをし過ぎてなくなるといざって時に困るからな」
「100点満点の回答だね!」
俺が思ったままのことを言うとピーコは大層ご満悦のようで、にこにことした表情で俺の用意したラップ付きどんぶりに鮭雑炊をよそう。美味しそうな湯気が立ち上りちょっとしなびているが貴重な野菜のしめじも入っていてなかなかボリュームがある。
なにより嬉しいのは温かいものが食べれるという事だ。暗い部屋で死なないための栄養補給のためだけの冷たい料理を貪るのは少々気が滅入るものがある。これで温かい風呂に入ることが出来れば完璧なのだが。
「はい、どばどばー」
「お、それは」
俺は身を乗り出して汁椀を凝視する。キャシーがテーブルの上にあるポットの湯を汁椀に入れると、袋からでろでろと茶色のペースト状のものをこそぐようにして入れて割り箸で中身をかき混ぜた。横に置いてある袋を見るとインスタントの豚汁のようだ。つい先日無性に食べたいと思っていたのでなんとも嬉しい話だ。
安物の豚汁で心が躍るという貴重な経験を俺はする。今ではこんなものですら御馳走だ。具材の肉も、野菜も、そして水すらも、今では貴重なものなのだから。
ちなみに浄水場が停電しているためか現在断水状態であったが水はポリタンクに入ったものが大量にあった。キャシーが事前に汲んでおいたのだろうか。限りがあるとはいえしばらくは大丈夫だろう。
「それじゃあ、いただきます!」
「いただきます(っす!)」
「魔族の神よ、日々の糧に感謝する」
俺たちは卓上にもくもくと湯気の立ちのぼる料理を並べ席に着くと、ピーコが元気よく号令を担当し料理の前に挨拶をした。約一名妙な奴が混ざっていたがツッコまないでおこう。ボケを拾うなんてそんな事はどうでもいい、俺は今すぐにでもこの料理を貪りたいのだ。
(とりあえず、まずは雑炊だよな)
俺は目についた雑炊を、プラスチックのれんげで一心不乱に掻き込む。
口の中が熱い。俺ははふ、はふと息を吐き、ゆっくりと軽く咀嚼し飲み込んだ。鮭フレークの旨味が米の甘みとともにじんわりと広がっていく。しめじの食感も心地よく、何よりも嬉しかったのは体が温まる事だ。やはりこんな状況でも温かいものは食べたいものだ。
「トオル君、そんなに急がなくてもいいよ? でも美味しそうに食べてくれると嬉しいかな」
雑炊を作ったピーコはえへへ、と幸せそうに笑いながら雑炊を食べていた。俺の最初の失敗を教訓に熱々なのを理解したらしくれんげで雑炊を救うとふー、ふーと息を吹きかけてから食べるも、それでもなお熱いらしく彼女はあちち、と可愛らしくつぶやいていた。
「自分たちがこっちに来たときは料理らしい料理はしなかったすねぇ。やる事がたくさんあったんで、すぐ食べれるサバ缶とスナック菓子をつっついて」
キャシーは彼女たちの初日をしみじみと思い出しているようだ。ゾンビの駆逐や居住に適した環境にするためいろいろ苦労したのだろうが、それを語る彼女の表情はまるで秘境でのキャンプの事を話しているように楽しそうだった。
そもそもあの大量の機器はどう運んだのだろう。今言ったたくさんのやった事に含まれていたのだろうか。ただ無免許でも大型の車で往復すればなんという事はない。特段気にする事でもないと俺は勝手に納得する。
「状況次第では悪くはない、時間を優先する食事もあろう。だが美味なる食事は明日への活力となるからな」
マルクスは黒マスクを外し雑炊を一気に口に運ぶが小さくあつ、とつぶやいて困ったような顔をして、大人しく息を吹いて食べる事にしたようだ。
そんな彼女を見て俺は思わずつぶやいてしまった。
「マルクス……お前、そんな顔してたんだな」
「文句があるか」
食事の際は当然マスクをつけることが出来ずマルクスは素顔を晒してしまう。しかしそこに現れたのは間違っても不器量などではないまごうことなき美少女だった。おそらく欧州あたりの外国人の血が混ざっているのか、整った顔の彼女は俺に視線を不快そうにぶすっとした顔をしていた。
「いや、思いのほか美少女だなって思っただけさ。不細工だって言ってたわりには」
「なっ!?」
マルクスは顔を真っ赤にし慌ててマスクを戻し、非難するようなまなざしを向けるとなぜかほかの女性陣からも嫌な視線を向けられる。
「こいつぁ、典型的な無自覚ハーレム野郎だなぁ?」
キャシーは気まずそうなマルクスに視線を向けるとやはりいつもの腹の立つ笑みをして言った。一方のピーコは、
「だね。トオル君、朴念仁みたいに見えて結構そういうところあるから気を付けたほうがいいよ」
と、散々な言われようである。俺としては本当にそんなつもりはないのだがこれも脳が変わってしまった影響なのだろうか。多分違う気もする。
「俺は客観的な意見を言っただけなんだが」
「ええ、マルちゃんの可愛さは宇宙一っすからねぇ」
雑炊を貪りながらボソッと俺は意見を言うとキャシーも楽し気に乗っかってマルクスをいじり倒す。どんどん彼女は恥ずかしそうにうつむいていて湯気が出てきそうなほど顔が熱くなっているようだった。
「早く飯を食え! やることはたくさんあるぞ!」
顔を真っ赤にしたマルクスは一括し、彼女はマスクを外すとさっさと食事を終わらせたいらしく急いで雑炊を掻き込む。案の定相当熱かったらしく、顔を上に上げ謎のうめき声をあげながら煙突の白煙のように息を吐いていた。
美醜の感覚は人それぞれだが明らかに美少女のマルクスの場合はどうやら自分の容姿に自信がないタイプのようだ。だが自信を持とうが持つまいがサバイバルにはなんの関係もないので他人があれこれ言う必要もないのだろう。
まあ論じるだけ時間の無駄な容姿の話はこのへんにして、待ち望んでいたメインディッシュをいただくとしよう。
俺は湯気の立ち上る豚汁の入った汁椀を手に取る。今では貴重な豚肉のほか、ニンジンやゴボウのような根菜も入っている。つまりはキャビアとフォアグラとトリュフを全部ぶっこんだような、今のご時世からすればものすごい御馳走なのだ。
「んぐ、ずず」
俺は汁椀を口元に持ってくると割り箸で軽く掻き込んで野菜やこんにゃくを掻き込む。豚肉の油の甘さと野菜の甘さが日本を象徴する味噌とともに口の中に流れ込み、そして寒い外気で冷えた体を芯から温めるぬくもりがなによりも幸福感をもたらしてくれた。
後半に口の中に入ってきた安っぽい豚肉を咀嚼する。値段は関係ない。それが肉であることが重要なのだ。サバイバルで身体が肉を求めている。レトルトなので少し固いが噛めば噛むほど味が出る。干し肉と思えばかなり美味い代物だ。
俺はあっという間に食事を平らげふー、と熱い息を吐きだした。温かいものを食べたので身体が火照って仕方がなかった。
「もう食べ終えたんすか。早いっすねえ」
「雑炊は飲み物だな。特にキャシー、お前の豚汁は美味かった。特に肉が最高だ」
「それはなにより。インスタントですけどね」
俺が親指を立てて褒めるとキャシーは満足げなドヤ顔をしていた。
「トホホ。やっぱりお肉には勝てないなあ。今度は鳥雑炊にしようかな」
「雑炊も美味かったぞ。日本人ならやっぱり米だな。ごちそうさん」
「そう? ならよかったけど。お粗末さまでした」
ちょっぴり残念そうなピーコも古くから伝わる謎の格言でフォローしておき、俺は食事の片づけを一足先に進めるのだった。




