踏み込みたい。【エスパルマ編】
逆上した人が襲ってくる可能性を考えて、その日の夜は宿ではなく、馬車の中で休んだ。いつ何があるか分からないから一晩中起きたまま朝を迎えて、そのまま明け方に出発する。
サンドワープの街の検問で兵隊さんに、検められる。
「随分とお早い出発ですね?」
私は、馬車に帰って来てからずっと反省していた。もっと上手くできたんじゃないかと。自分の拙い言葉のせいで、誰も救えなかったかもしれないと。だから、ずっと泣きたい気分だった…。その気持ちを解放して思いっきり涙を流す。
「…っふ。…う……。」
検問の兵隊さん達が一斉にぎょっとする。声をかけた兵隊さんを仲間が小突いているのが分かった。
「さ、寂しくなって…。早く、お家に…ッ…か、かえり…ヒック…たい!」
家族の顔を思い出したら更に泣けて来てしまった。私が不甲斐ないせいでせっかく見送ってくれたのに、なにも出来なかった。自分の無力さが悔しくて、演技にかこつけて本気で泣く。少女版アシュレイが隣の席に抱き寄せてヨシヨシしてくれる。…アシュレイは100%演技だ。
「わ、分かりました。申し訳ありませんでした。」
異例とも言えるくらい軽いチェックで通される。…チョロいな。前世のお父さんも若いうちの特権は若いうちに使い尽くせ、と言ってたけど、こういう事だろう。
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は、と気づくとニーナが90度に見える。え?ガタゴトと揺れる感じ。もしかして泣き疲れて寝ちゃった感じ?!やってしまった!起き上がろうとして気づく。ん?何だろう、この感じ。そのまま恐る恐る顔を上には向ける。確認したくないけど、しなくては私の心臓がもたない。・・・案の定、吸い込まれるぐらい綺麗なエメラルドの瞳が上から見下ろしていた。
「なかなかの名演技だと感心したけど、ただのお子様だっただけ?」
アシュレイが小馬鹿にした顔で笑う。
うわぁーー!!!やってしまった!!寝ずの晩の後だったとはいえ!!
「ご、ごめんなさい!!脚、痺れてない?」
「痺れてはいないけど、リアのヨダレが冷たくて辛かった。」
「っ!!!ごめんなさいーーー!!」
・・・終わった。
もう本当に申し訳ない!!
し、死にたい!今すぐ馬車からおりたい。穴があったら入りたい。
「ふ、ヨダレに関しては嘘だよ。」
―――本当?よかったぁ。
「お嬢様、涎の件はともかく、スチュアート様に多大なご迷惑をおかけした事と令嬢にあるまじき行為をした事は反省ください。」
「…ハイ。」
「何はともあれ、もうすぐ、国境沿いの街につくから。」
「そっか、とりあえず一安心だね。」
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翌日、無事に私たちは国境も抜けてエレトリア王国に入った。
さらにその翌日にはアシュレイの女装も終わってしまった。寂しい…。あんな美少女は中々お会い出来ないのだけど。そう思っていたらニーナが馬車の中で寝はじめた。珍しい姿に驚く。そろそろと二の腕を押してみるけど起きる気配は全くない。ほ〜、とニーナを観察してると、アシュレイから、ねぇ、と声をかけられる。
「リアはエスパルマ王国に関してどう思う?」
「どうって?」
「…。」
アシュレイは何も言う気は無いようだ。漠然とした質問すぎて答えに窮するけど、ここで黙ってしまったらアシュレイはきっと何も話さないままな気がする。何故だかわからないけど、話さなくては、と焦る。
「…そうだね、今回のサンドワープの件で…この国は緩やかな衰退の道をすすむことになると思う。」
「今、最盛期と言われているから?」
「確かに最盛期ということはこれから先、上がることはなくて現状維持か衰退しかないわけだけど、そうじゃなくて…。今のエスパルマ王は執務は優秀みたいだけど、金勘定が出来ないのは致命傷だよね。今回、まだ紛争になるのか分からないけど…独自の資金源を自らの手で壊してしまったら、今後どうやって国庫をまかなうんだろうね?」
アシュレイが真顔で私を見つめる…薄っぺらい私の心なんて丸見えなんじゃないかっていう気分になる。
「今や、あの国は世界規模の交易を支配しているよ?なのにたかが都市一つで?」
――試されてる。でも、私はアシュレイの中に踏み込みたい、歪んで屈折したアシュレイ。でも大切な友達だ。1人で悩んで欲しくなんかない。これだけこの国に興味を持ってる、詳しくは分からないけど、この国と何か関係があるんだろう。
「…ここからは私の勝手な憶測なんだけど。エスパルマはまだ建国200年程度。小さな国だったのが海外交易で莫大な富を築き植民地を作り巨大な王国となっていった。小さな国がどうやって海外政策に打って出るだけの資金を得たの?毎回毎回開拓するにも現地に行くにも新しい船やらお金がかかる。ましてや、難破する事もある。…恐らくだけど、西大陸の投資家達から毎回少なくないお金を借りていた。そう考えるなら、交易で稼いだお金のうちのかなりの割合を返済に宛てている可能性が高いと思うの。エスパルマ王国の国庫は苦しいものがあるかもしれない…。」
これは、最早願望に近い。前世の太陽の眠らない国と言われていたスペインも国庫は火の車だったと世界史の先生が言っていた。今のエスパルマの設定がそれに似ている部分があるからそうであって欲しい。たぶん、状況判断的にも間違っていないと思う。
「そうかもしれないけど、新しくお金を稼げばいいんでしょ?」
「うん、そう。…でも、それが問題。どうやって稼ぐの?新たな事業とか稼ぐ方法を見つけられればいいんだけど。交易をもっと拡大するのは愚策。東の国のものがお金になるのは希少性があるから。なのにどんどん仕入れてしまえば、価値も価格も暴落する。まるで、事業拡大の為に新たな借金をして沢山商品を作ったのに、沢山作りすぎて価格が下がった結果、思ったように収益をあげられず負債を増やしてしまう経営者のような状況になる。」
アシュレイは無表情でその感情は読めない。
「新たなお金を産むはずだった都市とその商人達を潰すことは、自分で未来につながるたった一本のロープを切るようなもの。…だと私は思う。」
アシュレイは翠の目を閉じて暫く黙ったままだ。私もアシュレイを見たまま黙る。
やがて、アシュレイがゆっくり目を開けて薄く笑う。
「リアは時々思った以上に深く考えている時があって、たまに驚く。…そうだね、リアの考えは間違ってない。僕も同じ見解だ。」
「・・・アシュレイとさ、エスパルマってどういう関係があるの?」
「リアには関係ない。」
「・・・っ!」
・・・友達じゃん!て言おうとして止まった。止めれて良かった。ここでそんな言葉使ってしまったら『友達』が都合のよい免罪符になる。勝手に私がアシュレイの個人的な部分に踏み込みたいだけなのに。『友達』が、友達という言葉で私のエゴを包んだ汚らしいものになってしまうところだった。
「私だけ色々話すのは…フェアじゃないわ。」
「世の中知らない方がいい事もある。知ってしまったら巻き込まれる事もある。」
「それでも、それでも知りたいの…お願い。」
アシュレイの手を取り自分の額につける。
暫くして観念したかのようにアシュレイが答えた。
「僕はエスパルマ王の異母兄弟。ただそれだけだよ。」
弾かれたように顔を上げる。
「太陽の沈まない国」の王弟様デシタカ!!
これで『美少年天使ショタ腹黒ドエス毒舌チートの塊王弟』だ。
なんということだ!もはやキャラの渋滞が起こっている!
あと残すはヤンデレくらいじゃないか?!君のキャラの濃さにはビックリだよ。
「なんか、変な驚かれ方してる気がするんだけど?そして、何か失礼なことを考えてない?」
アシュレイに両頬を片手で掴まれてタコみたいな顔にされる。え、てかもしや、エスパーも追加しちゃう?もうここまできたら魔王フラグもあり?あ、ヴァンパイアも捨てがたい。
・・あ、指に力が入った!
「い、いたい!ごめんなさい離してくださいお願いします!!」
アシュレイがふ、と吹き出し横を向いてくすくすと笑いだした。ああ、こういう笑顔は神々しくて好きだなー。ひとしきり笑って落ち着くと、
「リアと話してると真剣に考えるのが馬鹿らしくなるね。まさか、こんな反応されるとは。」
私は頬をさすりながら恨みがましくアシュレイを見る。
「どうしてそんなに他人を信じられるの?」
「――え?」
アシュレイが黙る。なんだか答えないとアシュレイのせっかく開きかけた心のドアが再び厳重に閉じられてしまう気がして答えなきゃ、という焦燥に駆られる。
「友達だから?」
「…リアにとって友達ってなに?」
「えっと…一緒に笑いあって、辛いときとは話を聞いて貰ったり…逆に嬉しいときも辛いときも一緒にいてあげたい、て思うような?とにかく側にいたいと思う関係かな?」
ぜ、全然上手く言葉に出来なかった!
「ふうん。」
「アシュレイだって、ルドは従兄弟だけど友達でしょ?」
「ルドは違うよ。」
「え、違うの?」
あんなに一緒にいるのに?アシュレイが無言でニッコリと笑う、聞くなって事ね。
「私はアシュレイの友だちだよ!」
「残念だけど、リアは僕のペットだよ。」
「でも、アシュレイが勝手に私をペットだと思ってるように、私は勝手に友達だと思ってる。」
「そう。」
重たい沈黙が下りるけど我慢だ。沈黙は金なり!
しばらくすると、アシュレイが薄くため息を吐く。
「・・・僕はリアが思ってるようないい人間じゃないよ。」
「何だかんだ優しいよ?」
「・・・・僕は人を殺したことがある。」
アシュレイが馬車の外を眺めたままポツリと零した。
「騎士団に入れば、少なからず手は汚れる人もいるよ。」
ああああ、そんなことが言いたいわけじゃないのに!!
気の利いたことを言えない自分がいやになる。
「僕が殺したのは実の母親だ。」
「・・・・そうなの?どうして?」
「…驚かないんだね、いや、理解が追いつかないのか。まぁ、いい。僕を産んだ女はスチュアート子爵の次女だった。たまたま、前エスパルマ王がエレトリア王国に訪れた際にスチュアート領を通って、その時に一目惚れされて、無理矢理連れていかれたんだ。まあ、子爵家だから側妃にはなれず、愛妾扱いだったわけだけど、前エスパルマ王の寵愛を受けた女は直ぐに僕を身篭った。
だけど、17歳の娘が急に無理矢理好きでもない男のものにされた挙句、王城での厳しいルール、慣れない国の習慣、口さがない奴等からの嫌味、嫌がらせ、精神を病むのにそう時間はかからなかった。前エスパルマ王はそれでも女に執着して決して王宮から女をださなかった。
僕は記憶がある2歳の頃から3年間どんどん狂っていくその女を近くで見ていた。女は、いつも意味のわからない事を口走っていて会話なんてしたこともなかったけど。
そんな女も、そんな女を毎晩変わらずに愛しにくる男も僕には気持ち悪いだけだった。」
お、重い!!重いよアシュレイ…。
「最後の方は女がよく自殺未遂するものだから、何も無い部屋に閉じ込められていた。ある日の面会の時に、初めて女が意味の分かる言葉を口にした。部屋から出たい、と言ったんだ。どうなるか分かっていたけど、ドアを開けてやったら、笑顔で走っていった。そのまま螺旋階段の一番上から頭から落ちていったよ。」
うわぁ…。
「…自殺幇助してしまったと?」
「まあ、そういう事だね。」
どうしよう。重すぎてなんて言えばいいのか全く分からない。
「5歳なら責任無能力者…」
なんて、バカな事を口走ってるんだ私は!そんな話じゃないだろう!
「そうだね。刑法上の罪には問われない」
いつも通りのアシュレイでいつも通り淡々と話してる。
「アシュレイはその、女の人を苦しみから解放してあげたかったんでしょ?」
「全てがどうでもよかったんだ。」
「…私は馬鹿だから、今の話のどこでアシュレイを幻滅すればよかったのか全くわからないの…。なんて言ってあげたらいいのかも。でも、エスパルマ王国に対して憤りを覚えたわ!アシュレイに辛い思いをさせたそんな国さっさと滅んでしまえばいいのよ!!」
「は?」
「アシュレイは何だかんだ優しいよ。いつか私が泣いた時も馬車までひっぱってくれたし、メアリーも追い払ってくれたじゃない?」
「全部自分のためだ。」
「それでも、私は助かったもの。100%の善意でなければ優しさじゃないの?する事が大事でどう受け取るかは受取手の自由よ。私はアシュレイに助けてもらった。アシュレイの事が大好きだよ?」
アシュレイが重いため息をつく。
「・・リアが僕の事を男として見て無いのは分かってるけど、簡単にそういう言葉をいうものじゃ無いと思う。」
「ふふ、ごめんね。」
「…まぁそんなわけで、僕は5歳半からエレトリア王国に来た。現エスパルマ王の子供達が成人すれば殺されると思う。」
「え?!そんなの嫌だ!!!そんなの、絶対嫌だよ。・・・そうだ!アシュレイが消されないだけの存在意義を示せばいいんじゃない?エスパルマに対して何かしたいなら協力するよ!!私に…出来ることなんてあまり無いけど。…血が流れるようなことはしたく無いし。」
「それで一体何か出来るの?」
アシュレイがガラス玉のような目で私を見る。すべてどうでもいいと諦めているような目だ。
「あんまりやりたく無いけど、株式会社制度を作って証券取引所を作る。とか。」
「は?」
私は株式会社の制度と証券取引所の制度の概要について説明する。この世界はまだ株式会社が無いから、投資家たちは事業主たちの債権を買うのがメイン。それなのに、戸籍・住民票制度もないから、事業主が破産するときは、夜逃げが多くて、回収できないリスクが非常に高い。消滅時効制度の論文書いてた時にまじか、て思ったもの。
「当然、(この世界では)株式の方が債権よりも投資費用を回収出来る可能性は圧倒的に高いわ。優秀な投資家たちはいつだってギャンブルよりは安定を求める。だから、株式制度ができれば投資家は圧倒的に株式に流れるでしょ。そこで、その株式や債権を取扱う証券取引所を作る。」
パチンコ屋の経営者の人が言っていた。パチンコはするものじゃ無い、させるものだと。いつだって一番儲かるのは博打のプレイヤーじゃない、賭場の経営者なのだ。
「証券取引所の手数料で莫大な富を築く事ができるわ。アシュレイがエレトリア王国の金融の中心になれば、この国がアシュレイを守ってくれると思うの。そしたら、誰もアシュレイに手を出せなくなる。経済力で殴り倒せばいいのよ。株式にお金が集まれば、エスパルマはお金を借りるのに金利を上げざるを得なくなってさらに一層苦しむことになるわ。」
うむ。我ながらなかなか名案じゃないか?
「君は今、自分がどれだけの事を話してるかわかっているの?」
「分かってるつもりだよ?」
「君が一国から命を狙わる存在になるほどの話だ。どこで、こんな発想を?」
アシュレイが有無を言わさないオーラを放つ。
「え…と、荒唐無稽な話になるんだけど」
目で促される。
「あのね、あー…振られたショックで前世を思い出しまして」
てへ、と笑ってみる。アシュレイがぽかんとする。
「あ、あはは。」
「なるほどね。」
「信じてくれるの?!」
「入学式後の変わり方といい、珍妙な歌とか振付とかいい、今の発想といい、リアが1人でこれ程思いつくとは考えにくいものがあるからね。」
信じてくれる事が嬉しくてじーんとする。
「それにしても、こんな話を僕にしてよかったの?」
「本当はお金がお金を産み出すような世界よりも、物を作って売って…みたいな世界の方が好きだから、実行するつもりは無かったの。私1人じゃアイディアはあってもカタチには出来ないだろうしね。でも、アシュレイの為ならやってもいいし、アシュレイとだったらカタチに出来ると思って。それはそれですごく楽しいと思うんだ。2人ならできると思う。」
「リアは…。リアといると自分のちっぽけな考えが馬鹿らしく感じる。」
アシュレイが珍しく情けなく頭を下げて消えそうな声で言う。普段尊大な態度のアシュレイとのギャップに不謹慎にもきゅんきゅんする。
アシュレイが、ゆっくりと顔を上げる。エメラルドグリーンの瞳を揺らして悲痛そうな顔をしていた。
完璧な顔の美少年の切なそうな顔にくらくらする。
「アシュレイ。一緒にいるよ。アシュレイを死なせたりなんかしない。一緒に戦うよ。」
「・・なんで?何が欲しいの?何のためにそこまでの労力を?」
迷子の子供みたいな顔してるのに、こんな時まで素直になれないアシュレイが可愛い。
「ふふ、一緒にいてくれたらいいよ。そばに居てくれたらそれだけで幸せだから。そのための苦労なんていとわないよ。」




