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びしょうじょ。【エスパルマ編】

(7月29日 月曜日:120日目)


 出発から6日目、今日は国境に入るので少しどきどきしている。


 宿からでると、私たちの馬車の前に見たこともないくらい綺麗な美少女が白い日傘をさしていた。

 鮮やかな長い金色の髪にぱっちりとした新緑の瞳、びっしり生えたまつげは長く、陶器のような白い肌、すっと通った鼻梁、すべてのパーツが完璧な形で完璧な位置に配置されている。


 思わず見惚れていると。


「リアのバカ面は可愛いけれど、早く出発しなくていいの?」


え?ちょ!まって!!この声!この発言は


「あ」


名前を叫ぶ前に口を塞がれる。


「静かにね?」


 アシュレイがにこり、と微笑む。

 馬車の中、向かいに座るアシュレイをじーっと見てしまう。この世の者とは思えない美少女だ。中性的っぽいところが更に人間味を奪っている。隣に座るニーナですら頬が染まって・・・こんなニーナは初めて見た・・・ショタコンじゃあるまいな?


・・でも、これはニーナというよりもアシュレイが悪いな。だって、私もどきどきする。


アシュレイが薄くため息をつく。そんな姿も悩まし気で絵になる。


「訳あって、エスパルマ王国には本当は入りたくないんだ。だから、今から僕はエリザベス・コート。エリーと呼んで。偽造した身分証も持ってきたから。」


「え!?そんなのどこで!?」


アシュレイが目が笑っていない天使の微笑みを浮かべる。

・・・聞くなってことね。リョウカイデス。


 写真のない世界だから大丈夫だとは思うけど、一体何のためにそんなものを前から用意していたのか。ほんと、アシュレイは不思議が多い。


*****************


 国境では、怖い顔をしたエスパルマ王国の兵隊さん達に中を検められる。検められてマズいものといえばアシュレイの偽造した身分証くらいだけど、こんな所でばれるような身分証は作っていないだろう。ちょうどいいし、紛争なんかとは無縁そうなことをアピールしておくことにした。


 私たちの馬車の番になると、私は馬車を降りてすぐに脳内お花畑だったころの自分を再現する。 


「まあ!!ここが国境なのね!」


くるりとその場で回って夢見がちに周りを見たあと、兵隊さんと目を合わせる。


「エスパルマ王国の兵隊さんはみなさんとてもかっこいいのね。鍛えられた躰が素敵だわ。でも、それだけじゃなくて、優しくて・・・とっても紳士だとも伺ってるの。お会いできて光栄ですわ。」


 にこりと笑って淑女の挨拶を完璧に決める。


 先手必勝の単純な愛嬌攻撃。まだ少女だし、貴族の女の子がヨイショするのはあまり無いから結構効くと思うんだけど、どうだろう?その間もニコニコと愛嬌を振りまく。


「あ~、お嬢さん?何でエスパルマに?」

「お友達がとっても素敵なエスパルマの金細工のアクセサリーをもっていてね、私も欲しくなりましたの。その、アクセサリーがね、普通はお花を形どっているんだけど「あ~、分かりました。一応決まりなので中を見させていただきますね。」ええ、どうぞ。」


 兵隊さんたちは私を怖がらせないように、不器用ながらも笑顔を送ってくれる。その間、ふふと笑いながら「腕が逞しいんですのね~」なんてヨイショを忘れない。


 私たちは他の馬車に比べて圧倒的に早く終わった。

 こういうお堅い仕事の人は、お花畑の人間を不得手とする人が多いからね。悲しくなんて無い。無いったらないんだ。


 馬車に戻るとアシュレイが笑っていた。


 「面白い見世物をありがとね。」


 半分はアシュレイのためにやったのに!


******************


 今日の宿に到着し、馬車から降りる。


「ここがエスパルマ王国か~。」


 新興国らしく新しい建築物が多く、人や物があふれて活気がある。ところどころにある東の国風の建物や食べ物屋さんが目に楽しい。


「ちょ!ア・・エリー!!折角だから観光しようよ~!」

「私はいい。リア行って来たら?」

「え~。」


「僕はいかないけど、リアは目くらましのために行ってきて。」と、アシュレイが囁く。



「じゃぁ、ごめんね。」


 にこり、と微笑んでアシュレイが宿に入っていく。すれ違う人たちがみんな見惚れて立ち止まっている。


 そっか、あれだけ綺麗だと目立つもんね。



「お嬢様も一度宿に入りましょう。」

「はい。」



 結局そのあと私はニーナと護衛の人達を連れて色々観光して、お土産も買ってしまった。


*******************


 夜、アシュレイの部屋にニーナと尋ねた。


「こんばんは。アシュレイ、お土産買ってきたよ。」

「・・・これ、女性用のネックレスだよね?」

「だって、今のアシュレイにぴったりだし、お揃いにしたかったんだもの。」

「・・・・。」


 アシュレイが無言で身が(すく)むほど怖いオーラを放つ。


「や、あの、経済特区のサンドワープの街に入るのに、仲の良さアピールをした方がいいかと思いまして!!」

「ふうん?」


 絶対今考えただろ、と目だけで語られる。


「ま、明日だけでもつけてほしいなぁ、あ、あはは。」


 アシュレイにため息をつかれる。


「ところで、ついに明日の夜だけど、どうするつもりなの?」

「私たちが泊まる宿の地下が商人たちの真夜中の集会所になっているから、そこに乗り込んで勧誘しようと思っているのだけど。」

「何を言うかは決まってるの?」

「・・・決まってない。」

「・・・。」


 後ろからニーナのため息も聞こえた。


「何か、アイディアありませんか?」

「・・・。」

「アシュレイ様!!」

「無い。僕はあくまで、リアがのたれ死なない為だけに来たんだから。その辺は一切口を出す気はないよ。それで、その商人の集会所に手引きしてくれる案内役の人はいるの?」

「・・・。」


アシュレイがゴミを見る目で見てくる。


「つまり、招かれざる客として乱入して、言いたいことだけ伝えて帰ってくる、と?」

「・・・ハイ。」


アシュレイに盛大にため息をつかれる。


「バカは度を超すと可愛いかもしれないと思った僕がバカだった。ああ、同じ人間として扱った時点で間違えていたのか。珍妙な歌を奏でるマラカスとして扱うべきだった。」

「ぐっ・・。」

「・・・しょうがない。その商人の集会には、マラカスと僕だけで行こう。」

「私もまいり・・」


 ふわっと風が頬をかすめたと思ったら、目の前に優雅に座っていたアシュレイがいなくなっていた。あれ?と思って周囲を見渡すとアシュレイが私の後ろに立っていたニーナの喉にペンをつきたてていて、一瞬叫びそうになったけど、よく見たら寸止めだった。

「は」と、短く息を吐きだして、ニーナがその場にへなへなと崩れ落ちる。


「ほらね、邪魔になるでしょう?」


 アシュレイが天使の微笑みでニーナに嗤いかけて、紳士的に手を差し伸べる。

 ニーナがビクリとなるけど、有無を言わさないアシュレイの雰囲気にのまれておずおずと手を差し出す。アシュレイがニーナを立たせて、優雅に先ほどまで腰を掛けていた椅子に座りなおす。


・・・動きが全く目で追えなかった。やっぱりアシュレイはチートの塊だ。


「アシュレイって剣とかも使えるの?」

「人よりは何でもできると思ってるよ。」

「そこで、『人並みには』って言わないところがアシュレイのアシュレイたるゆえんよね。」

「事実だからね。・・まぁ、リアと自分だけだったら向こうも油断するだろうし、何かあってもたぶん抜け出せると思うから。」

「・・・よろしくお願いします。」


アシュレイと友達で本当によかった。絶対に敵には回したくない。

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