無知の知。
今日は、選択科目決めと、自己紹介だけ。
エイン学園では、基礎教養の他に水曜日と金曜日の午後に選択科目がある。選択科目の中には淑女科目、専門科目(法学、医学、農学、理工学に別れる)、騎士科目がある。女子の9割は淑女科目をとるし、ほとんどの平民の男子は専門科目をとる。貴族男子は騎士科目を選択する者と専門科目をとるものと半々だ。
私は、迷うことなく専門科目の中の法学を選んだ。
「リア!?法学にするの? 基礎教養でもやるし、選択科目の方は難しいのよ?」
「うん、でも頑張ってみようかと!」
えへへ、と笑ってみる。
エリーは複雑な顔をして躊躇いがちに言う。
「このエレトリア王国の今の王様の名前は?」
「――――」
んーと?すごく長い名前だったような? え? ちょっと待って、私! 一文字もわからないよ?
ぶはっ。と噴き出す音が聞こえたので、後ろを振り返る。
アシュレイは俯いて肩を震わして笑い、ルーデウスは爆笑していた。
「まじかぁ、アメリア~、もうちょっと頑張ろうな?」
私の頭をぽんぽん、としながらルーデウスが言う。う、なんかキュンとする。大きな手っていいよね。
ああ、これがジーク様だったら…。ジーク様にされたら確実に卒倒する。
「ははっ。アメリアの頭は軽そうだと思ったけど予想以上だったね。振ったら音でもするのかな?」
あぁ…今なら羞恥心で死ねる気がする。
「大丈夫。そんなリアも可愛いよ」
友よ…その優しさが今はつらい。
「いいの。頑張るから!」
「ふふっ。なんか面白いものが見れそうだから僕も法学にするよ」
「ああ、そうだな。俺も法学にする」
「リアをオオカミの群れに1人になんてさせられないから私も法学にする!」
その後、自己紹介も終わると、アシュレイとルーデウスは他の男子のもとへ行ったので、私はまだ教室に残るクラスメイトをエリーに解説してもらっていた。
「彼は、ルルド伯爵家の次男のキース。ルルド家はエレトリア王国の北部に領地があって鉄が採掘されるの。だから、毛織物業と製鉄業が盛ん「あら?アメリア様でなくて?」」
赤味の強い茶色の髪に、エメラルドグリーンの瞳のきつめの顔の少女が声をかけてきた。さっき自己紹介があったから私でもわかるよ。このクラスで1番身分が高い、侯爵家のベアトリス・キンバリー様だよね。
「貴方もせっかく素敵な方と婚約できたのにフラれてしまって残念ね…。 この年でもう事故物件になってしまうなんて。 私なら恥ずかしくて教室に来れませんことよ? しかも、あんな男爵家の庶子のアバズレに取られてしまうなんてね」
縦ロールにした髪の先を左手で弄びながら、表面上はにこやかに言うと、後ろの取り巻き3人がクスクスと嗤う。
なんというテンプレ的展開。テンプレ過ぎて笑えてくるよ。絡み方が子供かよ。って子供だったわ。そうか、ならしょうがない。
遠くの方でアシュレイがこっちを見て楽しそうに目を輝かせたのが見えた。いい性格だね、アシュレイ。
ふふっとエリーが可愛く笑った。でも目が笑っていない。
「ベアトリス様がそんな風に思っていらっしゃると知ったら、エカテリーナ様もさぞかし悲しむでしょうね。――だってそうでしょう?その、アバズレとやらにエカテリーナ様も婚約者をたぶらかされているではありませんか」
「なっ!」
エリーが自分の身体を抱きすくめて、眉をハの字にして、怖いわ…と呟く。
「自分のことを姉と慕うベアトリス様が陰でエカテリーナ様のことを事故物件と呼んでいるなんて知ったら…。 私も人間不信になってしまいそうです」
おお!見事なブーメラン!!エリーかっこいい!!
「くっ!! そうとは言ってなくってよ!! 行きましょう、皆さん!!」
去っていく4人を見ながらエリーが「ハン。詰めが甘いのよ」とかっこよく締めくくった。
「完全勝利だったね、エリー。ところで、エカテリーナ様って?」
エリーは、自愛に満ちた目で諭すように教えてくれる。
「昨日、中庭にジークハルト様を含むイケメン集団とアバズレがいたでしょ?」
アバズレ…ヒロインちゃん、学園内の女子からはアバズレと呼ばれているんだね…とりあえず頷く。
「あのイケメン集団の中の金髪の人がこの国の第2皇子で、その人の婚約者が公爵令嬢のエカテリーナ様」
「だいにおうじ」
「ついでに銀髪の人が現宰相閣下の長男」
「さいしょう」
「さらに、オレンジの髪の軽そうな男が、財務省のトップの次男」
「ざいむしょう」
「ご存じ、ジークハルト様が騎士団長の長男」
「……」
テンプレ祭り頂きましたーー!!!
エカテリーナ様、悪役令嬢ポジション…?
めっちゃ同情する。でも、あまりにもテンプレ過ぎて怖い。ここ、乙女ゲームじゃないよね?
「で、ベアトリスはエカテリーナ様の従姉妹で、姉のように慕ってるってわけ」
「そういうこと。…ちなみにその男爵令嬢さんは何という方なの?」
「メアリー・スティントンよ」
ズキンと胸が痛む。聞かない方が良かったかもな。
時間割ももらったし、今日は帰ろう!
*
部屋に戻るとさっそく教科書が届いていた。
ニーナがきちんと本棚に並べてくれている。
「お嬢様、専門を法学にされたのですか?」
「えぇ」
「お気は確かですか?」
このくだり…またか。私は遠い目をした。
「…そのつもりよ。私、変わろうと思うのよ。だから、ニーナにも協力してほしいの」
ニーナは眩しいものを見るように微笑んだ。
今朝もそうだったけど、ニーナも本当はそんなに怖くないのかもしれない。私が怖くさせていただけで。
私は本当に今まで心配をかけてきたんだろうな。
ごめんね。私、心を入れ替えて頑張るからね。
「だからね、勉強も頑張ろうと思うの。ニーナ…教えてくれる?」
「かしこまりました。私は厳しいですよ」
「大丈夫よ。今度は途中で逃げたり投げ出したりしないわ」
ニーナとこんなにも穏やかに話せるようになるとは。この前まで怖くてしょうがなったのに。
「ところでニーナ、現王様の名前は何?」
ニーナがこけた。
「これは。前途多難ですね…」
遠くを見やるニーナに私は慈愛を込めて微笑む。
「心中お察しします」
「誰のせいですかっ!」
案外ニーナとは仲良くなれるかもしれない、と思ったり。




