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恋占い陰陽師  作者: 新島馨
春再び・今様源氏のつがい
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第二十一話

 異国のホテルで頼子から報告を受けた夏木は、ほっと胸をなでおろした。

「上手く行ったか」

 ソファに腰掛けて紅茶を飲んでいた宮原が問い掛けると、夏木は厳つい顔に笑みを浮かべた。

「はい。どちらも丸く収まったようです」

「最近の若者の恋愛は難儀よなぁ。この老いぼれもちぃと骨が折れたわ」

「数々のご助力、痛み入ります」

 夏木が深々と頭を下げると、宮原はニヤリと癖のある笑みを浮かべた。

「こちらこそ久しぶりに楽しかった。体を患ってからというもの退屈で仕方なかったからの」

 美門光政の噂は宮原も小耳に挟んでいた。

 野次馬根性がうずいて、暇つぶしに調べてみれば、その相手がかつて世話になった陰陽師だと知った。

 予想もしていなかったが、知ってしまえば納得してしまった。

 それぞれの世界で最高峰に名を連ねる2人。彼らと肩を並べられる人間はそうそういないだろう。そんな中で2人は互いを見つけた。

 宮原は千早のことがずっと気にかかっていた。千早の祖父には大変世話になったし、彼が第一線を退いてからは奇しくも千早がその任を引き継ぎ、危ない場面を何度も救ってもらった恩がある。

 噂の真偽はわからなかったが、もし、千早が光政を好いていても、そうでなくても、何らかの力になりたかった。

 そんなことを考えていた時、依頼している仕事の件で宮原の元を訪れていた夏木から、最近千早が前後不覚に陥っていると聞いた。

 もしも逃げ場に困っているなら、とアメリカ行きの仕事を打診したのが、今回千早を招集した理由だった。もちろん、前線を退いたとはいえ彼女の腕を見込んでのことでもある。

「だが、あのホークアイですら前後不覚に陥らせるのだから、恋とは実に恐ろしいものよ」

「確かに」

 宮原と夏木は声をあげて大笑いし、あまりの大きな笑い声に驚いた宮原の妻が寝室から様子を見に駆けつけてしまった。




 光政と工藤が搬送されたのは、以前千早が入院していた櫻院総合病院だった。

 光政は大きな怪我もなく、大事を取って3日入院する予定となっており、工藤は骨折して手術もあるので一週間ほど入院することになっている。

 千早が光政の部屋を訪ねると、白髪の人の良さそうな老女が取り次いでくれた。美門家の使用人らしい。

「まぁまぁ、よくいらしてくださいました。光政様と工藤さんからお話は聞いております。さぁ、どうぞ」

 名乗ろうとしたが、使用人は千早のことを知っていたようで、すぐに部屋の中へ通された。

 窓を開けているようで、あたたかくてやわらかな春の風が、ふうわりふうわりとカーテンを揺らしている。病室には規格外の大きなベッドが置かれ、美門光政がそこへ横たわっていた。

「光政様、お待ちかねのお客様がいらしてくださいましたよ」

 使用人が声を掛けると、光政は長いまつ毛を震わせて目を開いた。

「高遠さん」

 目が合うと、子供のような無邪気な笑顔を向けられ、心の底がむず痒くなった。使用人がベッドの側に置いてある椅子を勧めると、千早は小さく会釈をして椅子に腰掛けた。

「お加減はいかがですか」

「目が覚めて一番最初にあなたの顔が観れたので、とてもいい気分ですよ」

 光政の軽口に、千早は苦笑を浮かべた。

「軽口を言えるくらいにはお元気なようで安心しました」

 そして千早は唇を引き結んで背筋を伸ばす。

「今日は大切なお話があって、ここへ来ました」

「はい」

 光政がゆっくり頷くと、千早は細く息を吐いて静かに光政を見据えた。

「……私は、あなたのことが好きです。色々な方に助けていただいて、やっと気付くことができました」

 千早の言葉に光政は小さく息を呑んだ。

「でも、今の私はきっと、あなたが好きだと言ってくださった私ではありません」

 自分の最大の武器であり長所であった陰陽師としての力を、自由に使うことができなくなった。後悔はしていないし、現状に不満などなかった。

 美門光政にさえ再会しなければ。

 自分自身の評価が自分と他人では異なることを、千早は理解していた。

 たとえ自分が現状に満足していたとしても、世間からは戦線離脱してしまった可哀想な人と思われるし、調伏課にいた頃の千早の能力が全てと考え、手のひらを返す依頼者や同僚たちもいた。それに傷つかなかったと言えば嘘になるが、大して気にならなかった。そういうものだと飲み込めた。

 だが、誰かに失望されても美門光政に失望されることだけは耐えられなかった。

 人を導き、遥か先を見通し、言葉の使い方を知る人。その強さと賢さに引かれた。世界さえも動かしかねない強力な牽引力。

 この人の元で自分の能力を存分に振るいたいとすら思ったが、今の千早では到底及ばない願いだ。

「あなたが好きだと言ってくれた私は、もういないんです」

 選んだ道に後悔などない。その時できうる最善の選択をして来た。

 だが、彼が望んだであろう自分でいられなかったこと、その一点だけが、悔やんでも悔やみきれなかった。あの人が望んでくれた自分でいたかった。

 今日千早は、ここで終わらせるつもりできた。

 もしも、なんていう淡い期待を粉々に打ち砕いて、また、もう一度、立ち上がろうと思った。

 なのに、




「私が好きになったあなたなら、今私の目の前にいますよ」




 自然と落ちていた視線が、光政の言葉につられてふっと持ち上がる。

 千早の視線の先では光政が微笑んでいた。

「出会ったあの日はただのきっかけに過ぎない。それに私は陰陽師としてのあなたを好きになった訳ではありません。そのどんな運命にも抗わず、全てを受け入れる強さに惹かれました」

 息が止まり、瞳が揺れた。

「信じられませんか」

 千早は目を左右に泳がせて、動揺していた。

「そん、なことは……」

 また視線を落として千早がしどろもどろ答えていると、光政はゆっくりと手を伸ばしてきて、千早の頰に触れた。

 光政の行動がもう完全に自分の予想の範疇を越えてしまい、千早は珍しく肩をびくりと跳ねさせた。

「どんなに言葉を尽くしても足りないと思ったことは、あなたへ抱く思いが生まれてはじめてでした。これほど伝えたいと切に願ったことも」

 光政の言葉は、真っ直ぐ、強く、確実に、千早の心臓を射抜く。

 千早もまた、自分の気持ちを的確に表す言葉が分からず、空気を吐くだけになってしまった。

「っ、わたしは……!」

 ようやく言葉が出たと思ったら、声を出した反動か、ほろりと千早の目から涙がこぼれ落ちた。 

「すみま、せん」

 一度涙がこぼれだすと次から次へと溢れてきて、止まらない。

「わた、しも、どう言ったらいいのか、わからなくて……」

 言霊を操る陰陽師だというのに、肝心な時に言葉を使えないことに、千早はひたすらもどかしさを感じるばかりだった。

 千早は自分の頰に触れている光政の手に、自分の手を重ねる。

「ただ、あなたを失うと思った時、今までのどんな時よりも怖かった」

 そして彼が生きていることを実感できている今は、今までのどんな時よりも幸せだと思った。

 千早の言葉を受けた光政は、今までで一等やわらかく微笑んだ。

「あなたが望んでくれるのなら、私は在り続けましょう。その代わりと言ってはなんですが」

 重ねた手を絡め取り、光政は千早の手を取って指先に羽のようなキスを落とす。

「私をあなたの帰る場所にしてほしい」

 光政の言葉に、千早は泣きながら笑顔を浮かべた。

「はい……どんな苦難に遭ったとしても、必ず、あなたの元へ帰ります」

 しっかりと頷くと、光政に腕を引かれ、抱き寄せられた。

 自分を包むその体温の尊さに、涙がもう一筋頰を伝った。

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