5-4 そして誰も居なくなった
「グルルオォ・・・・」
飢えた獣の、低い唸り声。シューミルが短い悲鳴を上げる。
だが、ユートにはその声に聞き覚えがあった。
「もしかして、マッドブッチャーか?」
背中越しに、その名を尋ねる。
「グルゥ・・・」
のっしのっしと隣を通り、目の前に屹立するのは、やはりマッドブッチャーだった。
「守り神って、お前だったのか・・・久しぶりだな」
「グオ」
「捕まって生贄になっちゃったっぽいんだけど、生贄なんか貰ってどうするの?」
「タベル・・・・」
「知り合いだし、見逃しってのは駄目?」
「・・・・・・・・」
目に見えて渋られる。知り合いを容赦なく捕食対象にするって動物は恐ろしいな。
仕方ない。それなら多少リスクはあるが、これはどうだろうか。
「模擬戦をする代わりに、見逃してくれる、ってのはどうだ?」
しばし逡巡。納得したように頷いた。やはり筋金入りの戦闘狂だなぁ。
「じゃあ、ルールを決めていいか? どちらかが一撃当てる、もしくは急所への寸止めで終了。もし大けがしたり死んだりしたら・・・ご愁傷様、ってことで」
「グォ」
認めてくれたようだ。どっちかが死ぬまでとか言われなくてよかった・・・・
「後は、こっちが勝ったらここで生贄を求めることをやめること」
「カッタラ・・・コイツラ・・ゼンブタベル」
おおう。調子に乗って条件足そうとしたら急に掛け金が増えてしまった。
正直、さっきまで生贄にしようと企てていた連中にそこまでの情けはかけられない。先ほどの話を持ち掛けたのもついで程度のつもりだ。
もしここで負けてしまったら結果的に人を殺していることになるのではないか? とは思わないでもないが、自分の命には代えられないというのが本音だ。
自分はそこまで正義にこだわるつもりは無い。もちろん、仲良くなった人は生きてほしいし、助けられるなら助けたい。それ以上のことに手を出して、自分が危害を引き受けるのはごめんだ。
「わかった。俺が負けたら村の人間全員食っていいや」
「おまっ、お待ちくだされ!!!」
後ろの方から、裏返った悲鳴。家に戻ったはずの村長が立っていた。
「か、勝手にそんなことを申し上げられては困ります!」
「俺たちの努力を何だと思ってるんだ!!」
「そうだそうだ!」
「ふざけるな!」
家から次々に人が出てきて、そんなことを叫ぶ。
・・・・・・こいつら、腐ってやがる。
全員が全員、自分が間違っているなんてこれっぽっちも思っていない。村人を捕まえてエサにすることを、自分たちの仕事だと思っている。
力に訴えるような真似は好まないが、今回ばかりは無性に腹が立った。
一番近くに居た村長に近づき羽交い締めにし、〈身体収納〉で取り出したナイフを喉元に突きつける。
「努力だなんだ自分勝手なこと抜かさないでくれる?」
そう言うと、急に場が鎮まる。互いが少しづつ冷静になって来て、村長に突きつけるナイフの切っ先はぴたりと首元を捉える。
怒りと緊張で、意識せずとも表情筋が強張ってしまうが、それが逆に凄んでいるように見えたらしく、ぴたりと静寂が訪れる。
「騙したのはお前らだからね? 俺が何しても文句を言う筋合いはないと思ってもらいたい。お前らを殺すまいと思っていたが、これ以上図に乗るならどうなるだろうね?」
そう問ったが、答えは誰からも帰ってこない。村長も小刻みに震えるのみだ。
すぐにぱらぱらと家に戻ろうとする人が出てきて、それから一分後には村長を残して誰も居なくなった。
・・・コイツ、村長の癖に人望とかないのか。かわいそうに。知った事ではないけど。都会以上に冷ややかな村って、普段どれだけストレス溜まるんだろうな。
「ほら、お前もすっこんでろ。早くしないとわざと負けるかもな?」
「ひぃぃいッ!?」
よたよたと家まで戻ろうとする。あっ、転んだ。情けないなぁ。
「さて、と。待たせたかな。じゃ、始めようか」
「グオ」
シューミルを物陰まで下がらせて、マッドブッチャーと対峙する。
やはり逃げ隠れするより、こうする方が自分の性に合っていると心から思った。もしかすると自分もまた、マッドブッチャーと同じく戦闘狂なのかもしれない。と思うのだった。




