5-3 生贄の祭
「祭、盛り上がってるな。みんな笑ってて、楽しそうだ」
ふと、そんな素直な感想が湧いてくる。
大きなたき火を囲んで、村人が飲めや歌えや、大騒ぎしている。今はそれを少し離れた所から、ただ眺めている。
客観とは恐ろしいもので、こうやって喧騒を眺めていると、反比例するかのように心が冷めてくる。
「これ、やっぱり生贄なのでしょうか」
シューミルが、柱と自分を強固に括り付ける鎖を見ながら、ため息をつく。
下手に一度縄を切って脱出してしまったせいか、手足にはまるのは鎖だ。見張りによれば魔法を封じる効果もついているらしい。じゃあスキルはどうなのかと思ったが、余計に波風を立てるのもさらに状況が悪化しそうなのでやめておいた。
「食人とかだったらやだなぁ・・・・」
と、自分で言ってみて余計に怖くなる。考えなければよかった。
「さあ? どうだろうな」見張りの男に、そう茶化される。
逃走のチャンスは、もう無いのか・・・・? きっとどこかでチャンスが来るのではないか?
王魔狼と戦った時に、生きることの難しさを痛感したはずなのに、頭はまだ何処か上の空だ。
それを否定するために、シューミルに話しかける。
「シューミルは、怖くないのか?」
「—————わかりません。少し実感がわかなくて」
シューミルも同じのようだ。勝手ながら、安心した。
だからこうして泣き喚きもせずに村を、祭を眺めていられるのだ。
「変ですよね。私は二回も死にかけてるのに」
きっと、あの盗賊に襲われた時と、自殺しようとした時のことを言っているのだろう。
俺の場合は日本に居た時と、王魔狼と戦った時で二回死んでるんですけどね・・・・・
まぁ、日本の時はあっけなかったし、王魔狼と戦った時は剣が助けてくれたから実感無いし、シューミルの方が死を実感したという点では上回っているのかもしれないけど。
そう考えると自分は、物凄い幸運の中で生きていたことになる。どちらも確率が測れるものではないが、アンビリバボーと言えるレベルではあるだろう。
そのツケが回ってきたとは・・・・・思いたくない。
「モーガンさんも、こんなことになるとは思ってないんだろうなぁ・・・」
諦めたつもりはないが、そんなことを考えてしまう。
「それでは、今年の生贄を、ここに呼んできましょう!!」
祭の司会者がそう叫び、周りから歓声が上がる。
「ほら、そろそろ諦めろ。コツとしては目を瞑って何も考えないことだな。見苦しくしちゃかなわないぜ」
見張りが軽く笑って、立ち上がる。
柱とユートたちを乗せた台が、火の近くに運ばれる。
「我らの守り神の生贄となる冒険者二人に、黙祷」
村人が、一斉に俯く。唐突にチャンスが来たかと思ったが、隣の見張りはこっちをじっと見つめて、不敵に笑っている。逃げるチャンスは無いぜ、と言われた気がした。
何処かで自分は大丈夫、何かがあって生き延びられる、と勝手に考えてきたのだろう。
その希望が一つづつ潰えていくにつれ、今更恐怖が這い寄ってきた。
そこにある炎で焼かれる? 槍で突き刺される?
すぐ先にあるビジョンが具体的になるにつれ、手が震え、目の焦点が合わなくなってくる。
嫌だ。死にたくない。
身をよじるが、がっちりと嵌った枷と鎖は、びくともしない。
司会者の指揮で、全員がこちらを向いて俯く。時は近いようだ。
死が近づいている。逃げ場は無い。
呼吸が浅くなる。意識が遠のく———いや、そんなことはない。焦りきったまま、意識など手放せない。
ここで気絶なりで意識を失っていたほうが、いっそのこと楽だったのかもしれない。
黙祷の時間は、何倍にも引き伸ばされて永遠に続きそうに感じた。
しかし、村人たちは頭を上げる。表情には緊張と安堵、そして死にゆく他者への愉悦が浮かんでいた。
ああ、そろそろだな。希望が諦念に塗りつぶされる。
そして、唐突に全員いそいそと家の中に去っていく。残されたのはユートとシューミルだけだ。
・・・・・?
「どういう・・・ことだ?」
熱い頬を、冷めた夜風が撫でる。辺りは残された焚火のパチパチという音以外、無音だ。
シューミルも訳が分からないと言った様子でこっちを見返す。
助かった・・・?
いや、身動き取れないままであることに変わりはない。まだ危険なままだ。
それでも、数分後にやってくるはずだった死が遠のいたことを、少し喜んでしまう。
だがその喜びは、すぐに絶望に引き戻された。
後ろから響いてくる、ズシリと重い足音と、獣の唸り声。だんだんと近くなってくる。
そうして、ついに頭が一つの結論をはじき出す。
生贄、とは、餌のことだったのだ。
さっき想像した食人の光景は、あながち外れていなかったのだ。
「グルルオォ・・・・」
獣のうなりが、すぐ後ろで聞こえた。




