第74話 二人を見つけた
カン。
通路の奥から返ってきた音を聞いて、班長がすぐに動いた。
「先へ進む。足元に注意」
俺たちは一列になり、音がした方向へ向かった。
神代さんが先頭の救難員のすぐ後ろにつき、俺は中央に入る。
さっきまで何もないように見えていた暗い通路も、今は違って見える。この先に、少なくともこちらの声を聞いて反応できる誰かがいる。
「片桐さん! 石倉さん! 今そちらへ向かっています!」
班長が呼びかける。
少しして、また音が返ってきた。
今度は二回。
カン、カン。
「近くなってる」
救難員の一人が言った。
俺にも分かった。
さっきより明らかに大きい。
通路はさらに狭くなり、床のひびも増えていた。壁際には外れた金属板や工具がいくつか落ちている。
崩落そのものは見えないが、この辺りにも大きな衝撃が伝わったのは間違いなさそうだった。
先頭の救難員が足を止める。
「前、崩れてる」
ライトを向けると、通路の右側から天井材と配管の一部が落ち、道を半分ほど塞いでいた。
完全に閉じてはいない。
左側には、人一人が通れるくらいの隙間が残っている。
「通れそうですか?」
俺が聞く。
救難員が近づいて確認した。
「一人ずつなら。ただし、崩れたものには触るな。動かすと上がどうなるか分からない」
神代さんも天井を見る。
「私が先に確認しますか?」
「お願いします。向こう側の状態だけ見てください」
「分かりました」
神代さんが身体を横にし、崩れた資材の横を抜ける。
しばらくして声が返ってきた。
「通れます。こちら側の床も問題ありません」
俺たちも一人ずつ続いた。
装備が配管に触れないよう身体を縮め、慎重に隙間を抜ける。
反対側は少し広くなっていた。
古い設備室の前らしく、扉が半分開いている。
その奥から、今度ははっきり声がした。
「……ここです」
「救難です!」
班長が先へ進み、俺たちも続いた。
設備室の中に二人いた。
一人は壁にもたれて座っている。
もう一人はその隣にしゃがみ、こちらへ工具を持ち上げていた。さっきの音は、あれで配管を叩いていたらしい。
「片桐さんと石倉さんですか?」
「はい」
しゃがんでいた男性が答える。
「俺が石倉です。こっちが片桐です」
「二名確認」
班長がすぐに通信機へ手を伸ばした。
「地上、聞こえますか。片桐、石倉の二名を発見しました」
一瞬遅れて相馬さんの声が返ってくる。
『状態は』
「確認します」
救難員が片桐さんの前へしゃがむ。
俺も少し離れたところから様子を見た。
片桐さんの左脚は、膝から下を簡単な添え木で固定されている。作業服の膝付近も破れ、顔色もあまりよくない。
「意識は?」
「あります」
片桐さん本人が答えた。
声は弱いが、受け答えはできている。
「頭は打ちましたか?」
「たぶん打ってません」
「吐き気やめまいは?」
「ないです」
「脚以外に痛むところは?」
「左肩が少し。でも、一番は脚です」
救難員が石倉さんを見る。
「何があったんです?」
「崩れた場所を確認してたら、もう一度上から落ちてきたんです」
石倉さんが入口のほうを見る。
「片桐が避けきれなくて、脚に資材が当たりました。俺一人じゃ戻せないと思って、ここまで移動しました」
「歩かせた?」
「肩を貸して、ほとんど引きずる形です」
「そこから動いてない?」
「はい」
救難員が片桐さんの脚を慎重に確認する。
「かなり腫れてるな」
片桐さんが苦笑した。
「歩くのは無理だと思います」
「歩かせません」
返事は早かった。
班長が通信する。
「片桐、左下腿負傷。歩行困難。意識清明。石倉は大きな負傷なし」
『了解。搬送が必要だな』
相馬さんの声が返ってくる。
俺は二人を見る。
片桐さんと石倉さん。
ようやく見つけた。
二人を、俺たちが連れて帰る相手として認識したところで、足元に淡い光が現れた。
《帰り道》。
俺たち五人と二人を合わせた七人で、地上へ戻るための道だ。
「出ました」
俺が言う。
班長がこちらを見る。
「方向は?」
俺は光を追った。
設備室を出るところまではいい。
でも、その先で違和感に気づいた。
「……来た道じゃないです」
「どっちだ?」
「奥です」
全員が俺を見る。
光は、俺たちが入ってきた崩落側ではなく、設備室のさらに奥へ伸びていた。
石倉さんも驚く。
「そっち、行き止まりじゃないですか?」
「地図では?」
班長が聞く。
現地の救難員が探索用地図を確認した。
「行き止まりになってる」
俺はもう一度光を見る。
間違いない。
淡い線は設備室の奥へ向かっている。
「でも、こっちです」
班長が通信を入れた。
「地上。久世さんの《帰り道》が、来た保守路ではなく設備室奥を示しています」
少しして、岸本さんの声が入った。
『設備室の番号を教えてください』
石倉さんが壁を見る。
「R4-22です」
班長が伝える。
返事まで少し時間がかかった。
『……そこなら、行き止まりじゃありません』
俺は奥を見る。
「道がある?」
『探索用の通路はありません。ただ、奥に排気設備の作業区画があります』
「地上につながってるんですか?」
『直接ではありません。その先に、旧排気管理区画へ出る連絡路があります』
さっき俺たちが最初に入ろうとして、シャッターに塞がれていた場所だ。
班長も気づいたらしい。
「第五保守路の右側から入れなかった区画か」
『はい。その反対側です』
岸本さんが答える。
俺も少し納得した。
来た道には問題が多い。
狭い保守路。
崩れた通路。
途中で止まっている搬送台。
俺たちだけなら通れたが、片桐さんを運びながら戻るには厳しい。
《帰り道》は、その道を選ばなかった。
「こっちなら搬送できます?」
班長が聞く。
『待ってください。図面を確認します』
その間に、救難員が片桐さんの脚を固定し直す。
石倉さんも、ようやく少し力が抜けたようだった。
「六人は?」
俺が聞く。
石倉さんがすぐにこちらを見る。
「岸本さんたちですか?」
「全員、地上へ戻ってます」
片桐さんが目を閉じた。
「よかった……」
小さな声だった。
石倉さんも息を吐く。
「ずっと、それだけが気になってました」
「二人が東へ回れって言ったから、みんな動いたみたいです」
俺が伝える。
石倉さんは少し笑った。
「ちゃんと聞いてくれたんだ」
「途中で迷いましたけど、全員戻ってます」
「ああ……よかった」
今度は石倉さんも、その場に腰を下ろした。
二人とも、六人が無事だと知らないままここにいたらしい。岸本さんたちも、この二人の無事を知らないまま地上へ戻っていた。
ようやく、両方に伝えられた。
「地上、二人に設備員六名の帰還を伝えました」
班長が通信する。
『了解』
相馬さんの返事のあと、少し離れたところから岸本さんの声が聞こえた。
『片桐さん、石倉さん!』
班長が通信機を二人の近くへ持っていく。
石倉さんが顔を上げる。
「岸本さん?」
『すみません。俺たちだけ先に戻って』
「謝らなくていいです」
石倉さんが即座に答えた。
「戻れって言ったの、こっちなんで」
『でも――』
「六人とも無事なら、それでいいです」
片桐さんも通信機を見る。
「岸本さん」
『はい』
「こっちも生きてるんで。あとは帰ります」
少し間があった。
『……お願いします』
片桐さんが笑った。
「それ、俺に言うことじゃないでしょう」
俺たちも少しだけ笑った。
張り詰めていた空気が、わずかに緩む。
でも、まだ地上ではない。
小日向なら、きっとそう言う。
岸本さんの声が戻った。
『図面、確認できました』
班長がすぐに聞く。
「どうです?」
『奥の作業区画から旧排気管理区画へ抜けられます。通路幅も第五保守路より広いです』
「搬送できる?」
『通常ならできます』
通常なら。
その言い方が気になった。
「今は?」
俺が聞く。
『途中に大型の非常扉があります。閉鎖準備で通常電源は切っていますが、手動機構は残してあるはずです』
班長が聞く。
「こちら側から開けられる?」
『その扉は両側から解除できます』
さっきのシャッターよりはましらしい。
「工具は?」
『専用の解除ハンドルが必要です』
班長が周囲を見る。
「こっちにはない」
『設備室に保管箱があるはずです。R4-22なら、入口から見て右奥です』
石倉さんが顔を上げた。
「あります」
「見たんですか?」
「片桐の固定に使えそうなものを探した時に。赤い箱ですよね」
『それです』
救難員が確認へ向かい、すぐに赤い金属箱を見つけた。
中には何本かの工具と、大きなレバーのようなものが入っている。
「これかな」
班長が通信越しに確認する。
『それです。ただし、非常扉へ着いてもすぐには回さないでください。古い設備なので、先に状態を確認します』
「分かりました」
班長が通信を切り、こちらを見る。
「片桐さんを運べる状態にする。担架を使う」
俺たちが持ってきた折り畳み式の担架を準備する。
片桐さんが申し訳なさそうに言った。
「重いですよ、俺」
「それはこっちで考えます」
救難員が答える。
神代さんも担架の準備を手伝った。
俺は足元の《帰り道》を見る。
光は設備室の奥へ続いたままだ。
片桐さんを担架へ移しても、道は変わらない。
「そのままです」
俺が言う。
「なら行く」
班長が全員を見る。
「人数確認。救難対象二名、救難側五名。七名」
俺も周囲を確認する。
片桐さん。
石倉さん。
班長。
現地の救難員二人。
神代さん。
俺。
「七名、全員います」
「移動する」
片桐さんを担架へ移し、前後を現地の救難員が持つ。狭い場所では神代さんが補助に入ることになった。
俺は少し前で《帰り道》を確認する。
設備室の奥へ進むと、探索用地図では壁になっていた場所に細い扉があった。
石倉さんが見る。
「こんなのあったんだ」
「護衛でも知らないんですね」
俺が聞く。
「俺たち、設備の中まで入る仕事じゃないので」
それもそうか。
岸本さんたちなら知っていて、護衛探索者は知らない。同じダンジョンに何度も入っていても、仕事が違えば知らない場所がある。
扉を開けると、その先はさっきまで通っていた保守路よりかなり広かった。
担架を持ったままでも問題なく進めそうだ。
「これなら大丈夫そうですね」
神代さんが言う。
班長も頷いた。
「今のところはな」
俺たちは慎重に進む。
少し先で光が右へ曲がり、その向こうに大きな金属扉が見えてきた。
岸本さんが言っていた非常扉だろう。
近づいてみると扉は閉じており、操作盤の電源も落ちている。ただ、中央付近には手動解除用らしい差し込み口があった。
班長が通信を入れる。
「非常扉到着」
『設備番号を』
岸本さんの声が返る。
救難員が番号を読む。
「EX-408」
少し間があった。
『それです』
「解除ハンドルもあります」
『まだ回さないでください』
班長が手を止めた。
『扉の横に状態表示があります。何て書いてありますか』
神代さんがライトを向ける。
「赤い表示です」
「文字は?」
俺も近づいた。
古い表示板には、
『固定部 作動中』
と出ている。
班長が読み上げると、通信の向こうで岸本さんが黙った。
「問題あります?」
『あります』
短い答えだった。
『その状態で解除ハンドルを回すと、固定機構が壊れる可能性があります』
俺は閉じた扉を見る。
《帰り道》は、その向こうへまっすぐ続いている。
「じゃあ、どうすれば?」
『固定部を先に解除します』
「ここから?」
岸本さんの返事が少し遅れた。
『……その操作盤は別の場所にあります』
班長が聞く。
「どこです?」
『第五層側の制御室です』
俺たちは黙った。
片桐さんと石倉さんは見つかった。
《帰り道》も出ている。
しかも、歩けない片桐さんを運べる広い通路を示している。
それでも、その道の途中にある扉は、今のままでは開かない。
俺は足元から扉の向こうへ伸びる光を見る。
道はある。
でも、まだ通れない。




