↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハズレスキル《帰り道》しかないF級探索者、遭難したS級パーティを全員連れて帰ったら救難依頼が殺到しました  作者: ころもぐら


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
207/207

第207話 三つの印の暗渠

水車跡の下で聞こえた音を、技師は「水が動く音」とは呼ばなかった。翌朝のギルドで、彼は古い設備図を三枚並べ、そのうち一枚の端を指で押さえていた。図面はどれも年代が違い、山の形も川の位置も少しずつ異なる。


「この図にだけ、村の下流に小さな四角があります。水車が造られるより前の施設です。用途は記されていませんが、周囲に三本の線が集まっている」


「三本とも水路ですか」とフェナが尋ねた。


「分かりません。一本は水路、一本は空気抜き、もう一本は点検用の通路だった可能性もあります。線の太さが違うので、同じものを描いたとは思えない」


俺は図面に身を乗り出した。四角の位置は、昨日の水車跡より少し下流だ。地図では川岸に建物があるように描かれているが、現在の地形図には何もない。測量士が持ってきた新しい写真には、崖の途中に草に覆われた石組みが写っていた。


「昔の窯場です」と測量士が説明した。「焼いた石材を運び出すための作業場があったそうですが、今は使われていません。崖の下に開口部が一つ残っています。ただし、内部へ入れるかどうかは未確認です」


相馬さんは写真を見て、すぐに出発を決めなかった。昨日、俺たちが水車跡から退いたあと、村の下流では小さな地鳴りが三度あったという。地面が動いているなら、古い窯場の壁も危ない。


「測量士と山林管理者の確認が先だ。安全な位置から見られるなら見る。入るかどうかは現地で決める。今日は俺たち六人のほかに、村の設備担当が外側の案内をする。ただし、その人は開口部へ近づけない」


鹿島さんは新しい盾を持ってきていた。昨日の盾を捨てたわけではない。金具の傷を直すまで、訓練用に使っていた厚い盾を借りたという。技師は結晶の入った瓶を持たず、代わりに長い木の棒と音を測る小さな金属板を用意していた。


「粉を持ち歩けば羽の魔物を呼ぶかもしれない。今日は採集物を持ち込まない」と技師は言った。


フェナは手帳を閉じ、紙の橋を机に残した。模型を持ち歩けば、危険な場所で両手が塞がる。代わりに、三角、丸、四角を描いた小さな紙を胸の内側へしまった。


「ナオトさん、今日は私も荷物を減らしました。走らなきゃいけないとき、昨日みたいに模型を抱えたくないので」


「いい判断だと思う。俺も水筒を一本減らした」


「水筒は減らさない方がよくないですか」


真顔で言われ、俺は思わず笑った。予備の水は鹿島さんが持つことになっていると説明すると、フェナも少しだけ笑った。昨日の地鳴りを聞いてから、俺たちは互いの荷物を何度も確かめていた。怖さを口にしないまま準備だけ増やしても、落ち着けるわけではない。


窯場跡へ向かう道は、村の畑を抜けた先で細くなった。設備担当の男性は途中まで案内し、崖の上の見張り台で待つことになった。俺たち六人は測量士の指示に従い、斜面から離れた草地に三脚を立てた。


写真に写っていた石組みは、実物では想像以上に大きかった。崖の中腹に半円形の壁があり、その下に黒い口が開いている。古い窯の煙道かと思ったが、開口部の下からは細い水が流れ出していた。水は崖を伝って川へ落ち、途中で薄く青く光る。


「ここも黒い水が来ているんでしょうか」と俺が聞くと、技師は望遠鏡を覗いた。


「見た目は似ています。ただ、昨日の水車跡ほど粒が多くない。流れているのは少量です」


フェナは崖の下を見て、顔をしかめた。


「音がします。昨日の石畳と同じ、乾いた音です。でも、こっちは二つ重なっている」


俺も耳を澄ませた。確かに、低い音のあとへ高い音が続く。石を叩くような音と、金属を擦るような音。山の奥で何かが動き、それが細い管を通って外へ伝わっているように聞こえた。


測量士は崖の上部を観察し、亀裂の位置を紙へ写した。


「上の岩は安定していません。開口部の正面から近づくのは避けるべきです。崖の右側に古い階段がありますが、途中が崩れています」


「入るのは無理か」と相馬さんが言った。


「正面からは危険です。ただ、図面の四角い施設がこれなら、反対側に点検用の入り口があるはずです。今の写真には写っていません」


相馬さんは一度頷き、草地の外周を歩くことを許可した。俺たちは崖へ近づかず、木立の間を大きく回る。湿った土に獣の足跡があったが、甲殻の魔物のものかどうかは分からない。鹿島さんが先頭に立ち、俺とフェナは真ん中、技師と測量士が続き、相馬さんが後方を見た。


しばらく歩くと、地面に不自然な段差が現れた。草の下に四角い石が並び、端の一枚だけが少し浮いている。測量士が杖で周囲を確かめると、石の下から冷たい空気が上がってきた。


「ここだと思います」と測量士が言った。「点検用の縦穴かもしれない。ですが、蓋が浮いている理由は分かりません」


技師は石の端へ木の棒を差し込み、無理に持ち上げず、隙間から鏡を入れた。下には石段が見える。水は溜まっていないようだが、奥は暗くて分からない。相馬さんは全員の顔を見てから、技師に確認した。


「入って何をする。圧力を逃がす操作を探すのか」


「いいえ。まず、内部の構造を見ます。昨日の水車跡とつながる設備かどうかが分かれば十分です。何かを動かすつもりはありません」


「撤退条件は、音の変化、床の揺れ、水の増加、魔物の接近。どれか一つでも起きたら引く。入口は外から見張れるようにしておく」


鹿島さんと相馬さんが石蓋の位置を確かめ、測量士が地盤の割れを確認した。作業を進める間、フェナは草地の端で空を見上げていた。透明な羽の魔物が来ないかを気にしているのだろう。昨日の戦い以来、彼女は青い光だけでなく、空に走る細い影にも注意するようになった。


蓋は完全には外さず、横へ少しずらして固定した。縦穴へ入るのは相馬さん、鹿島さん、技師、俺の四人。フェナと測量士は入口の外で待機し、合図が聞こえなければ村の設備担当へ連絡することになった。六人で来たからといって、全員が同じ場所へ入る必要はない。


「ナオトさん、無理をしないでください」とフェナが言った。


「分かってる。俺が帰る道を知っていても、階段が崩れたらどうにもならない」


「はい。それに、私が外で見たことも、帰ってからちゃんと聞いてください」


俺は頷いた。彼女は同行を断られたのではなく、外に残る役を自分で引き受けたのだ。その違いを間違えたくなかった。


石段は十段ほどで終わり、横へ伸びる低い通路につながっていた。足元は乾いているが、壁には細い水の筋が走る。技師が灯りを向けると、石壁に三角の印が浮かんだ。俺は思わず足を止めた。


「橋の柱と同じだ」


「形は同じですね」と技師が答えた。「ただ、位置が違います。ここでは床に近い場所に刻まれている」


相馬さんは壁の印を見て、通路の先へ視線を移した。三角の先には丸い印、その先には四角い印があった。どれも手の届く高さではなく、膝をつかなければ触れられない位置だ。


「水が溜まったとき、手で探せるようにしたのかもしれない」と俺が言うと、技師は首を傾げた。


「そうかもしれません。でも、目印だとしても、どこへ向かうための印かは分からない。壁の反対側に設備があるのかもしれないし、管の種類を区別しているだけかもしれません」


俺たちは印を写し取り、先へ進んだ。通路は広い空間へ出た。天井は低いが、中央には大きな円形の井戸があり、井戸の縁を囲むように三本の石の樋が延びている。水面は見えない。底から冷たい風が上がり、遠くで石を叩くような音が続いていた。


技師は井戸へ灯りを向けた。壁に取り付けられた金属の輪が、ゆっくり回っている。誰も触れていないのに、輪の下の石板がわずかに動き、そのたびに乾いた音が響いた。


「水車跡の音と似ていますね」と俺が言った。


「同じ仕組みかもしれません。水圧で動く弁の一部でしょう。けれど、これが何を開け閉めしているのかは分からない」


相馬さんは足元の石を確認し、井戸の縁へ近づきすぎないよう全員に指示した。俺は通路の入り口から数歩の場所に立ち、灯りが届く範囲だけを見た。井戸の反対側には、巨大な石の円盤が壁に埋まっている。円盤の縁には五つの窪みがあった。


「第一の門と同じ数だ」と鹿島さんが低く言った。


「五つという数だけでは、同じ装置だとは言えません」と技師は答えた。「でも、関係がある可能性は高くなりました」


円盤の下には、文字とも模様ともつかない細い刻みがあった。技師は灯りを横から当て、指ではなく細い棒で位置を示した。丸い印のそばには水滴のような形が三つ並び、そのうち一つだけが外側へ向いている。


「これ、向きが違いますね」と俺が言うと、相馬さんが近づいた。


「動く部品なのか」


「石そのものに刻まれています。動かせるかどうかは分かりません」と技師が答えた。「ただ、円盤の表面には摩耗した跡があります。以前は何かが回転していた可能性がある」


俺は円盤の縁に残る白い線を見た。線は途中で途切れ、また少し離れた場所から続いている。何度も擦れたような跡だった。五つの窪みが光る仕組みと関係があるのだろうか。そう考えたが、技師は俺の顔を見る前に首を振った。


「今は手を出さないでください。水圧が掛かっている設備なら、ほんの少し動かしただけで大量の水が来るかもしれない」


「分かってます。俺は見るだけです」


そう答えたものの、俺の足は知らず知らず井戸へ寄っていた。ここまで来たのだから何かを見つけたいという気持ちが、慎重さを押しのけていたのだと思う。相馬さんが俺の肩へ手を置き、通路の入り口へ戻るよう促した。


「久世、お前の仕事は、ここから帰るときに道を見失わないことだ。装置の謎を解くのは技師と測量士の仕事だし、壊れそうな床を見極めるのは俺たち全員の仕事だ」


「はい。すみません」


「謝るより、次にどうするか決めろ」


俺は一歩下がり、通路の壁に背を向けない位置へ移った。ここなら出口も井戸も見える。帰り道の方向は頭に浮かぶが、その道がいつまでも通れる保証はない。だからこそ、俺自身が足元と周囲を見ていなければならなかった。


鹿島さんは俺の横で盾を下ろし、井戸の奥を見つめていた。戦う相手がいない静かな場所なのに、彼の肩は緊張している。水の下で石が擦れる音が続くたび、盾の持ち手を握り直していた。


「何か見えるんですか」と俺が聞くと、鹿島さんは短く答えた。


「見えないから構えてる。水の下から何が来るか分からない場所で、剣を振り回しても仕方ないだろ」


俺は頷いた。自分にできることが少ないときほど、何かをしているように見せたくなる。けれど、ここで必要なのは余計な一歩を踏み出さないことだった。


そのとき、井戸の底から重い音が響いた。石板が一度だけ大きく動き、壁の水筋が太くなる。相馬さんが撤退を指示しようとした瞬間、通路の奥で何かが砕ける音がした。


「下がれ!」


鹿島さんが盾を構えた。円盤の下にあった細い割れ目が広がり、そこから透明な羽が一枚、ゆっくりと現れた。続いて針のような口器が突き出し、羽の魔物が狭い隙間から体を押し出そうとする。


「こんなところまで来るのか」


「結晶の光に集まっているのかもしれません!」と技師が叫んだ。


井戸の縁には青い粒が付いていた。魔物はその粒へ向かって身を捩り、四枚の羽を広げる。狭い室内で羽が割れれば、鋭い破片が四方へ飛ぶ。鹿島さんは剣を抜いたが、振り下ろさず、盾で魔物の進路を塞いだ。


魔物が高い音を出した。耳の奥が痛み、灯りの炎が細く揺れる。技師は身を屈め、井戸の縁から離れた。俺は相馬さんに腕を引かれ、通路の入り口へ下がった。


「攻撃するな、羽を割るな!」


相馬さんの声が響く。鹿島さんは盾の面を斜めにし、魔物が突っ込んでくるたび横へ流した。羽が石に触れ、嫌な擦過音がした。俺は足元に落ちた布袋を拾い、技師へ渡した。中には採集用の厚い布が入っている。


「これで覆えませんか」


「近づくのは危険です。羽を傷めずに捕まえるには、広い場所が必要です」


魔物は盾を避けて井戸の上へ飛び上がった。そこへ二匹目の影が現れ、空気が震えた。鹿島さんが後退した拍子に、盾の端が石の円盤へ当たる。五つの窪みの一つが淡く光り、井戸の金属輪が急に速く回り始めた。


「触ったからですか」と俺が叫んだ。


「分かりません! 音に反応した可能性もあります!」と技師が答えた。


水が井戸の底から吹き上がった。最初は白い泡だけだったが、すぐに黒い水が混じり、円盤の下へ叩きつけられる。魔物たちは高音を発しながら天井へ逃げ、羽を打ち鳴らした。俺は目を細め、飛び散る水を避ける。


相馬さんは鹿島さんへ退くよう合図した。だが、魔物が通路の出口側へ回り込み、俺たちの退路を塞いだ。細い羽が灯りを受け、薄い刃のように光る。ここで剣を振れば破片が飛ぶ。俺は壁際へ身を寄せ、息を整えた。


《帰り道》を意識すると、来た通路と石段の方向が頭に浮かんだ。出口は確かにあちらだ。だが、そこへ魔物が飛んでいる。能力は魔物を消してくれないし、安全な抜け道を作ってもくれない。


「相馬さん、出口はあの通路です。でも、今は魔物がいます」


「分かってる。鹿島、盾を立てて少しずつ押す。技師と久世はその後ろ、俺が最後だ。羽が割れそうなら止まる」


鹿島さんが盾を前へ出し、魔物の飛ぶ高さを見極めた。剣は鞘に戻している。盾の上を魔物が掠め、金属を引っかく音がした。俺は思わず屈んだが、足を止めなかった。技師は灯りを下へ向け、魔物を刺激しないよう歩く。


石段の下へ辿り着いたとき、外からフェナの声が聞こえた。


「ナオトさん! 上にいますか!」


「いる! 魔物が二匹、通路に入ってる。近づくな!」


返事の直後、フェナが何かを叩く音がした。硬い木を石へ当てるような、低く短い音だ。魔物が一瞬動きを止め、羽の向きを変えた。俺はフェナが何をしているのか分からず、声を張った。


「無理するな、フェナ!」


「入口の外です! 測量士さんと一緒に、音を出しています。魔物が上へ来るなら止めます!」


フェナは魔物を誘い出そうとしているわけではなかった。石段の外から一定の間隔で音を出し、こちらに位置を知らせていたのだ。だが魔物が音に反応するなら危険だ。相馬さんは外へ音を止めるよう伝え、鹿島さんに盾を構え直させた。


次の瞬間、井戸の奥で低い鐘のような音が鳴った。魔物たちは一斉に体を震わせ、通路の奥へ戻った。理由は分からない。黒い水の勢いが変わったのか、鐘の音を嫌ったのか。俺たちはその隙に石段を上がり、外の草地へ飛び出した。


フェナは入口から十分離れた場所で待っていた。測量士が彼女の肩を支えている。二人とも怪我はない。俺たち四人が出たのを見て、相馬さんはすぐに石蓋を元の位置へ戻すよう指示した。ただし完全には塞がず、内部の圧力で蓋が跳ねないよう固定を残した。


「四人、戻りましたね」とフェナが言った。「外は二人。六人、全員です」


「そうだ。助かった」と俺が答えると、彼女は首を振った。


「私は音を出してしまいました。魔物が反応するかもしれないって、もっと早く考えるべきでした」


「俺も、出口が見えたからって安全に出られると思いかけた。お互い、次に直そう」


フェナは頷いたが、すぐには笑わなかった。俺たちは草地の安全な場所へ移り、技師が描いた円盤の写しを広げた。五つの窪みは第一の門と似ている。しかし、その下には小さな三角、丸、四角の印が刻まれていた。


「橋の柱にも、通路にもあった印です」とフェナが言った。「三つ並ぶ順番が同じなら、ただの飾りじゃないかもしれません」


測量士は古い図面と写しを重ねた。三本の線が集まる四角い施設。円形の井戸と三つの樋。そこへ五つの窪みのある円盤。今まで別々に見えていたものが、一つの場所で重なった。


「水を分ける設備だった可能性が高い」と技師は言った。「ただし、操作の方法は分からない。今のまま無理に触れば、圧力がどこへ向かうか予測できません」


相馬さんは全員の顔を見て、撤収を決めた。俺たちは窯場跡を離れ、村の見張り台へ戻った。設備担当は下流の低地に新しい湧水が出ていないか確かめると約束し、俺たちも記録を渡した。


帰りの車で、フェナはずっと黙っていた。俺は何度か話しかけようとして、結局やめた。今日、彼女は外に残る役を果たした。危険な音を出したことを悔やんでいるのなら、俺がすぐに正解を教えるより、自分で考える時間が必要なのかもしれない。


街へ戻る直前、彼女が手帳を開いた。


「ナオトさん。三角、丸、四角の順番、橋の柱と通路と円盤で同じでした。でも、円盤の下にはもう一つ、細い線がありました」


「どんな線だ?」


「丸の印から、外へ向かって伸びていました。技師さんの写しにもあると思います」


俺たちはギルドへ戻り、写しをもう一度確かめた。確かに、丸の下から細い線が延び、円盤の縁で途切れている。測量士は古い地形図の上にその線を重ね、しばらく考え込んだ。


「この向きは、村とは逆です。山の北側の低い谷へ向かっている。あの谷は今、ほとんど人が入らない場所ですが、地図が古いので確認が必要です」


「水を逃がすための線かもしれない」と技師が言った。「もしそうなら、村へ向かう圧力を別の場所へ逃がせる可能性があります。ただ、出口が詰まっていたら逆流する。勝手に開けるわけにはいきません」


相馬さんはその場で調査の順番を決めた。まず低い谷に人や家畜がいないかを山林管理者に確認する。次に、谷へ通じると考えられる古い水路の出口を外から調べる。それから初めて、窯場の装置に触れるべきかを判断する。


俺は円盤の写しを見つめた。五つの窪みがある。三つの印がある。山の奥では水が押し合い、古い機械が動いている。何かがこの山を守ろうとしているのか、それとも閉じ込めているものが外へ出ようとしているのか、まだ分からない。


帰宅してから、フェナは紙の橋を机へ戻した。青い紙の枝を北側へ伸ばし、その先に小さな空白を作る。


「ここが何もない場所だといいですね」と彼女が言った。


「何もないって分かるまでは、何かあると思って調べよう」


「はい。今日は中へ入らなくてよかったと思います。外にいたから、入口の音が途中で変わったことに気づけました」


俺は彼女の言葉を聞き、ようやく肩の力が抜けた。危険な場所へ入る人だけが探索者ではない。誰かが外に残り、帰ってくる人数を数える。その役目を、今日のフェナは自分で選んだ。


夜が深まるころ、山の方角でまた低い音が鳴った。昨日より長く、途中で一度途切れた。窓を開けても何も見えない。俺は手帳に時刻を書き、音が止まるまで耳を澄ませた。山が何を伝えようとしているのかは分からないが、少なくとも、俺たちはその音を聞き逃さないようになっていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。