第一話「お兄ちゃんのもとへ 」
中学三年生の二月下旬。
飛行機の窓から見える日本の景色に、胸が少しだけ高鳴った。
私、桜庭水月は三年間過ごした中国を離れ、生まれ育った日本へ帰ってきた。
私には、物心がつく前から不思議な力があった。
どこへ行っても、なぜか人に好かれる。
初対面の人でさえ、まるで昔から知っているかのように接してくる。
人を無意識に引き寄せているようだった。
そのせいか、小さなころから兄に守られていた。
私には十歳年上の兄がいる。
両親は多忙で、家にいる時間は少なかった。
父は海外赴任で家を離れていて、母も仕事で帰りが遅い日が多かった。
それでも、二人は私のことを大切にしてくれていた。
顔を合わせた時は学校の話を聞いてくれた。
困ったことがあれば、必ず味方になってくれた。
そして、いつも一番近くで私を見てくれていたのが兄だった。
兄は、私の力を知っても何も変わらなかった。
怖がることも、特別扱いすることもなかった。
ただ、「私」を見てくれていた。
それでも、私はいつしか自分の周りにいる人間を信用できなくなっていた。
本当に私という人間を好きになってくれているのか。
それとも、能力の影響でそう思っているだけなのか。
毎日、とても不安だった。
相談できる人は、家族と一部の親戚だけだった。
同じような力を持つ人がいないか調べたこともある。
けれど、どれだけ探しても私と同じような事例は見つからなかった。
誰にも相談できない。
この力のことを話しても、信じてもらえないかもしれない。
「そんなものあるわけない」
そう言われて終わってしまう気がした。
だから私は、中学に上がると同時に、異国の地で強くなることを決めた。
自分の身は、自分で守れるようになりたかった。
家族も最初は心配していた。
まだ中学生の私を、遠い場所へ送り出すことになるから。
けれど、私の気持ちを理解してくれた。
そして、家族で相談しながら学校を探した。
護身術や武術を学べる環境があること。
寮生活ができること。
何かあった時、家族が駆けつけられる距離であること。
その条件に合った場所が、中国の学校だった。
偶然にも、父の赴任先も中国だった。
見学に行った時、学校の雰囲気や環境が自分に合っていると感じた。
そして私は、中国へ行くことを決めた。
一人暮らしではなく、寮生活。
三年間、異国の地で学校に通いながら、護身術を学んだ。
最初は不安だらけだった。
言葉も文化も違う。
日本で当たり前だったことが、当たり前ではない。
けれど、その環境は私にとって大きな意味があった。
中国では、私の能力を知らない人ばかりだった。
初めて会った人たちは、私のことを特別扱いしなかった。
中国で初めて友達が
「一緒にご飯行こう」
と言ってくれた。
だからこそ、私は自分自身の力で人との関係を作ることができた。
一緒に勉強をして、言葉を教え合い、失敗して笑い合った。
そこで初めて気づいた。
能力がなくても、私を見てくれる人はいるのだと。
三年間の留学を終えた私は、少しだけ強くなった。
もう、自分の身を守ることもできる。
昔のように、ただ守られるだけの存在ではない。
それでも――
日本に帰る日が近づくにつれて、ひとつだけ気になることがあった。
久しぶりに会う兄は、私を見て何と言うのだろう。
きっとまた、昔と変わらず心配する。
私がどれだけ成長しても。
兄にとって、私はいつまでも小さな妹なのかもしれない。
到着ロビーの向こうに、兄はもう来ているだろうか。
不安と期待が入り混じったまま、
私はロビーのほうへ向かう。




