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コード・オブ・ザ・ワールド ~廃プログラマー、異世界で神のシステムを書き換える~  作者: ネオ・チー


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59/77

第59話 共闘提案

```

[SYSTEM LOG - post-summit / night session]

> timestamp: 3.2.9_build.0221

> debugger_eye: Lv4 [stable]

> self_integrity: 71% → 76%

> bug_density (global counter): 89% (holding)

> FIVE_KINGDOMS_COALITION: mobilization in progress

> VIRUS: suspended (5 days remaining)

> [ANOMALY] inbound signal at 0200h — non-hostile / non-authorized

> [SOURCE] signature match: VIRUS (Patch-origin)

> [STATUS] approach trajectory: Securia-East tower, balcony-level

> [NOTE] a knock, not an attack.

```


---


深夜二時、セキュリア要塞国の東塔、バルコニーの縁に、黒い影が立っていた。


俺は、眠っていなかった。


正確には、眠れなかった。Lv4の自己修復機能は、睡眠を代替しない。ただ体の内側を淡々と書き直していくだけだ。書き直されている間、意識はずっと、うっすらと起きている。プロセスの進捗バーを眺めながらベッドに横たわっている、と表現するのが一番近い。


だから、影が立った気配にも、俺はすぐに気づけた。


デバッガーズ・アイを薄く開く。Lv4の視界は、塔の外壁の先、数メートルの距離にある「座標点」を即座に映した。


```

> entity: unregistered

> silhouette match: VIRUS (99.8%)

> hostile intent: 0.02 (below threshold)

> stance: awaiting_permission

```


敵意、ほぼゼロ。


許可を、待っている。


俺はベッドから体を起こした。ノックの代わりが、この待機姿勢だった、ということらしい。扉越しに来ないで、直接バルコニーに姿を見せた。相手を驚かせないための、こいつなりの礼儀なのだろう。


「……入っていいぞ」


俺は言った。


声量は、ささやき程度だった。それでも、Lv4視界の先の影は、確かに反応した。音声は届かなくても、俺の意識の出力を、こいつは別の方法で拾っている。数百年を生きた古参ユニットの、たぶん標準機能だった。


バルコニーの手すりを越えて、ヴァイラスが部屋に入ってきた。


入ってきた、というより、空気の密度が一段変わった、と表現する方が正確だった。汚染オーラは、先週見た時より、さらに薄くなっていた。紫の靄の代わりに、ほんのわずかに藍色を含んだ輪郭が、肩の周りに漂っている。戦闘用の構えではなかった。ただ、そこに立っている、という姿勢だった。


「……約束の日には、まだ早い」


俺は、静かに言った。


「分かっている」


「何しに来た」


「提案がある」


ヴァイラスは、部屋の中央まで進まなかった。扉の脇の壁――光源から最も遠い位置――にもたれて、それ以上は動かなかった。これも、こいつの礼儀だった。相手の領域に深く入らない。入れば威圧になる。入らなければ、会話のテーブルが対等に近づく。


「聞こう」


俺はベッドの縁に腰掛けたまま、相槌を打った。


「お前たちの進む先は、原点の塔だ」


ヴァイラスは、前置きなしで本題に入った。


「そうだ」


「塔は、五大王国のちょうど中央、座標(0, 0, 0)にある。世界の『原点』。あれは通常の建造物じゃない。カーネル層から直接生えた、数少ない物理実装の一つだ」


「原点の塔、か」


「五大王国それぞれが、塔のアクセス制御のための『認証キー』を保管している。五つ揃えなければ、塔の封印は解けない。各国の首脳は、たぶん自分が持っているキーの存在を知らない。キーは各国の建国神話の中に『聖遺物』として紛れ込んでいる」


俺は、記憶を検索した。


建国神話、聖遺物。ロジカ王国には「論理の宝珠」、ビジュアル帝国には「原色の冠」、データベルグには「千頁の書」、ネットワーク連合には「九本の糸」、セキュリア要塞国には「始まりの鍵」。どれも建国譚の冒頭に登場して、以降は儀式の時にしか使われない、眠ったシンボルたち。


「……あれが、キーか」


「あれがキーだ。アドミンは各国の創建時に、それぞれへ一本ずつ預けた。五大王国の制度そのものが、塔の封印機構として設計されている」


「……マジか」


国という概念が、最初から「セキュリティ機構」として組まれていた。それは、俺のプログラマーとしての頭を、微かにしびれさせる設計だった。権力分立ではない、権限分散だ。五つに分けておけば、誰か一人が独走しても塔は開かない。アドミンは、自分が不在になった時のことを、最初から想定していた。


「なるほど。だから俺たちは、五大王国全部の協力が必要だった、というわけか」


「そうだ」


「お前が、それを今、俺に教える意味は?」


ヴァイラスは、少し間を置いた。


「……共闘を、提案したい」


これが、本題らしかった。


俺は、顎を引いた。


「聞くぞ」


「お前たちの目的は、アドミンとの対話。俺の目的は、アドミンの破壊。出口は真逆だ。だが――そこに至る道は、途中まで、完全に一致している」


「塔に辿り着くまでは、な」


「そうだ。塔の封印を解き、アドミンのコアの前に立つまで。ここまでの工程で、俺と、お前たちの利害は、一致する」


「……」


「俺は一人だ。原点の塔のアクセス制御は、俺一人では絶対に破れない。五大王国のキーを俺が奪いに行けば、俺は各国と全面戦争になる。勝っても負けても、世界は先に壊れる。俺は、それは望まない」


「望まないのか」


「望まない。俺は、アドミンを破壊したい。アドミンだけを、だ。世界そのものを壊すつもりは、最初から、ない」


俺は、ヴァイラスをじっと見た。


Lv4視界は、彼の発言の「真偽値」まで読み取れる。嘘をついている時、コードのどこかに矛盾のパターンが生じる。いま、そのパターンは出ていなかった。


「……分かった」


俺は頷いた。


「条件を聞かせろ」


「塔に辿り着くまで、俺はお前たちを攻撃しない。お前たちに敵対する存在があれば、俺が排除する手伝いをする。お前たちのLv5到達を妨害もしない。ただし――塔の最終層に着いたら、そこで共闘は終わる。お前たちはアドミンに話しかけろ。俺は、同じ場所で、アドミンを壊そうとする」


「衝突する」


「する」


「その時は、敵だ」


「敵だ」


短い応酬だった。だが、そこには、奇妙な潔さがあった。


俺たちは嘘を挟まなかった。嘘を挟んで一時的に都合を合わせるのは簡単だ。でも、こいつは数百年、嘘に裏切られてきた男だった。嘘の気配を、誰よりも早く嗅ぎ取る。だから俺は、ここで嘘をつかない判断を、即座にした。「最終層で敵同士になる」という事実を、契約書の冒頭に書き込んだ。


ヴァイラスは、その即答を、たぶん意外に思った。


彼の表情が、ほんのわずかだけ、緩んだ。


「……プログラマー」


「なんだ」


「お前、交渉が上手だな」


「そうでもない。前の世界で、交渉が下手で死んだ部類だ」


「そうは見えない」


「下手だったから、今、やり方を変えてる。下手な側のテクニックは、嘘を挟まないことだ。嘘を挟める器用な奴は、上手い側の交渉をやればいい。俺はそれができなかった。だから、一番下手でも生き残れる方法を選ぶ」


ヴァイラスが、短く笑った。笑い、というには吐息に近かったが、それでも笑いだった。


「……いいだろう。共闘、成立だ」


「ああ」


「一つ、俺からの『情報の前払い』がある」


「前払い?」


「五大王国のキーの所在は、さっき言った。もう一つ、塔の内部構造を教えておく。塔の試練層は七層。最上層がアドミンのコアへの接続端末だ。下六層には、アクセスする者への試練が仕込まれている。試練は、俺が知る限り――『人格への問い』の形式を取る」


「人格への問い、か」


「そうだ。技術的な問題ではない。価値観への審問だ。お前たちが、管理者権限に値するかどうかを、アドミンがあらかじめ仕込んだフィルタで審査する」


「……嫌な設計だな」


「嫌な設計だ。だが、アドミンらしい設計でもある」


俺は、ため息をついた。アドミンは、自分のコアの前に立つ人間を、丁寧に面接する性格らしかった。そしてその面接は、たぶん技術面接ではない。人格面接だ。プログラマーの転生者としては、一番苦手な種類の面接だ。


「メモを取っていいか」


「取れ」


俺はメモリを呼んだ。小声で、ほんの一音だけ名前を。メモリは補助AIらしい敏感さで即座にアクティブになり、ホログラフィックな小窓が俺の手元に広がった。ヴァイラスの声を、録音する形で保存していく。


「続けてくれ」


「内部空間は、物理法則が部分的に変わっている。重力の向き、時間の流れ、空間の接続。お前たちの感覚が試練の一部になる、ということでもある。特に時間の流れ――各層で時間軸が違う。塔の中で過ごした時間と、外の世界で流れる時間は、一致しない。短い時は外の方が遅く、長い時は外の方が速い」


「速い、か」


「そうだ。塔の中で一日過ごす間に、外では一週間が経っている――そういうこともあり得る。バグ密度のカウンターは外で進行し続ける。急げ」


俺は、眉を寄せた。


それはかなり厄介な制約だった。塔の中で試練に手間取れば、外の世界のカウンターが先に100%に達する。アドミンに辿り着いた時点で、世界はもう消えている、という本末転倒もあり得る。


「……時間管理は俺の担当か」


「お前の担当だ。お前のLv4視界なら、外の時間経過も測れる。メモリに任せれば、誤差も許容内だろう」


「分かった」


ヴァイラスは、そこで一度、言葉を切った。


それから、初めて姿勢を変えた。


壁から背を離し、部屋の中央に、一歩だけ踏み込んだ。俺との距離が、三メートル。会話の距離としては、一段、近い位置。


「プログラマー」


「なんだ」


「一つだけ、聞いていいか」


「聞け」


ヴァイラスの声は、静かだった。だがその静けさの中には、別種の重さが含まれていた。俺のLv4視界は、彼の胸の中心――アドミンのコメントが埋め込まれた場所――が、うっすらと光を帯びているのを拾った。この男は、あのコメントを、まだ完全には受け入れていない。受け入れきれないまま、ここに来ている。


「お前が、管理者権限を手に入れた時」


ヴァイラスは、ゆっくりと言った。


「その時、お前は――アドミンと『同じ選択』をしない、と言い切れるか」


部屋の空気が、止まった。


メモリの録音は続いていた。文字が流れていくログの中で、その一文だけが、輪郭を帯びて浮かんでいるように見えた。


「……」


俺は、即答しなかった。


即答できない種類の問いだと、すぐに分かった。ここで即答すれば、嘘になる。数百年嘘に騙されてきたこの男には、即答の嘘は一秒で読まれる。だから俺は、考える時間を取った。三秒。五秒。十秒。


それから、答えた。


「言い切れない」


「……」


「お前が『半分正しい』と言ったのと、同じ種類の答えだ。俺は管理者権限を持ったことがない。持った時に、自分がどう変わるか、分からない。分からないから、『絶対に同じ選択はしない』と誓うことができない。誓ったら、それは嘘になる」


ヴァイラスが、目を細めた。


その目には、わずかな警戒と、わずかな安堵が、同時に含まれていた。警戒は「やはり人間は変わる」という確認。安堵は「こいつは、嘘をつかなかった」という事実。


「だが」


俺は続けた。


「俺には、保険がある」


「保険」


「アリアだ」


ヴァイラスの眉が、わずかに動いた。


「俺は、Lv5を取りに行く時に、アリアに一言入れる、と約束した。『一人で取らないで』と彼女に言われた。その約束を守る限り、俺は完全には変わりきらない。変わりきる前に、アリアが俺を一度、人間の側に引き戻す。アリアは、そういう種類の相棒だ」


「女一人が、管理者の力の前に、立てるのか」


「立てる。アリアなら。立たせる側じゃなくて、立つ側の女だ」


ヴァイラスは、しばらく、俺を見た。


それから、非常に静かに――まるで自分にだけ言い聞かせるように――呟いた。


「……俺には、それが、なかった」


俺は、黙った。


数百年前、パッチの隣には、メモリ・プライムがいた。そして、ver.2.0が起動した瞬間、メモリ・プライムは再実装の名のもとにリセットされた。パッチの隣から、引き戻してくれる側の存在は、消えた。だからパッチは、引き戻されずに、一人でヴァイラスになった。


同じ危険は、今、俺にもある。俺がLv5を取る時、アリアが隣にいなければ、俺も一人で変質する可能性がある。


アリアの存在が、俺とパッチの違いだった。


違いがある、というだけで、同じ結末になるとは限らない。だが、違いがなければ、同じ結末の可能性は高い。


「……だから、お前は、俺を一応、警戒する側に置いておくべきだ」


俺は、ヴァイラスに向かって、そう言った。


「警戒する?」


「ああ。塔の最上層で、もし俺がアドミンと『同じ選択』をしかけた時――その時、お前が俺を止めてくれ。俺が止められる側に回った時、最後に俺を人間に戻すのは、アリアとお前の、二枚体制だ」


ヴァイラスの目が、初めて、大きく開いた。


「……お前は、俺に、お前を止める役を、頼むのか」


「頼む」


「俺は、お前の敵だ」


「敵だからこそ、頼める。味方だけじゃ、俺は甘やかされる可能性がある。敵がいた方が、俺は一番危ない時に、一番冷静に止められる。前の世界で、俺はそういう構図を見てきた」


ヴァイラスは、長い、長い沈黙に入った。


窓の外の星のピクセルが、ゆっくりと一度、瞬いた。


「……分かった」


ヴァイラスが、やがて言った。


「受ける。お前が『アドミン側』に滑り落ちかけた瞬間、俺はお前を、俺の最大の出力で、殴る。それで約束だ」


「約束だ」


「契約の形式で残すか」


「要らない。ここで交わした方が重い」


「……同意する」


ヴァイラスは、一度だけ、深く頷いた。


そして、来た時と同じように、壁際へ戻り、バルコニーの手すりを越えて、気配を消した。


あとには、メモリの小さな録音ログと、夜の空気と、俺の記憶の中に刻まれた、たった一つの契約だけが残った。


---


アリアが、扉のすぐ外に立っていた。


俺が扉を開ける前から、立っていたらしい。Lv4の視界を開かなくても、扉越しの気配で分かった。彼女は、ヴァイラスの訪問を察知した瞬間、部屋の前に来ていた。俺が助けを呼ばなかったので、入ってこなかった。それだけだった。


「……聞いてたか」


「途中から」


「ヴァイラスに、お前が俺を止める役だと、伝えた」


「聞きました」


「異論は」


アリアは、少しだけ、目を伏せた。


「……ありません。ただ、一つ、訂正を」


「言ってくれ」


「私は、『止める役』ではありません。私は、『引き戻す役』です。そこは、言い方の問題ですが、大事な違いです」


「引き戻す」


「止めるのは、ヴァイラスの役目です。私は、止められたあなたを、私たちの側に引き戻す役。役割分担です」


俺は、しばらく、アリアの顔を見た。


それから、笑った。


久しぶりに、ちゃんと笑った気がした。


「……分かった。訂正する」


「お願いします」


「ヴァイラスは『止め役』。お前は『引き戻し役』。役割分担、だな」


「はい」


「覚えておく」


「覚えておいてください」


窓の外の夜空で、また一つ、星のピクセルが瞬いた。


明日から、五つのキーを集める旅が始まる。塔の試練層、七つ。外の時間と塔の時間、別枚。アドミンの面接。ルート権限。そして、俺自身がどこまで人間でいられるか、という、一番最後の問い。


不安材料は山ほどあった。


だが今夜は、一つだけ、確かなことがあった。


敵と味方の両側から、俺を人間の側に留めてくれる二人が、すでにこの世界に、いる。


それは、数百年前のパッチには、無かったものだった。


この差分の分だけは、俺は、違う結末に、辿り着けるかもしれない。


---


```

[SYSTEM LOG - truce-contract established]

> VIRUS: tactical alliance (phase: until origin tower top floor)

> contract_terms:

> - no attacks until top floor

> - cooperation against external hostiles

> - separation at admin-core contact

> - last-resort clause: VIRUS authorized to strike REN if REN drifts admin-side

> FIVE_KEYS_LOCATIONS: disclosed / to be acquired

> ORIGIN_TOWER_INTERNALS: disclosed (7 layers, time dilation)

> aria_role: "pull-back" designation confirmed

> bug_density (global counter): 89%

> [NOTE] the last-resort clause is the most human line in this log.

```


次回――第60話「五つの鍵」

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