第58話 五大王国会議
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[SYSTEM LOG - Five Kingdoms Summit / convening]
> timestamp: 3.2.9_build.0144
> debugger_eye: Lv4 [stable]
> self_integrity: 64% → 71% (slow recovery)
> bug_density (global counter): 88% → 89%
> VIRUS: suspended (6 days remaining)
> AGENDA: full disclosure / coalition formation
> ATTENDEES: Logica / Visual / Databerg / Network / Crypto
> [NEW] VALID (redeemed) — inbound, confession material held
> [NOTE] truth is not a weapon. but carrying it is not cheap.
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セキュリア要塞国の円卓会議室は、六百年前に造られた、と記録されている。
壁に走る石の溝は、装飾ではなく、古代の暗号化チャネルの名残だった。会議の音声を部屋の外へ漏らさないためのハードウェア実装。Lv4の視界には、その溝の一本一本が、今も微細に「生きている」ことが分かった。六百年、誰もメンテナンスしていないのに、機能している。世界の源コードに最初から埋め込まれた「永続実装」の一種なのだろう。消えない設計を組む男。アドミンの癖だ。
部屋の中央に、五つの王冠が並んでいた。
正確には、王冠を乗せた五つの椅子が、円形に配置されていた。ロジカ王国のレオ七世。ビジュアル帝国のクロエ女帝。データベルグ公国のヴィル・レーガン大公。ネットワーク連合のジン・スー議長。そしてホスト役のセキュリア要塞国、アロン・クリプト国王。
六人目の椅子は、俺の席だった。
――こうして座ってみると、異様な構図だった。
平民上がりの、身分も爵位もない冒険者が、五大王国の最高権力者たちと同じ円に着いている。以前の俺なら、想像もしなかっただろう。転生して最初の数週間、ゴブリンに追いかけ回されていたあの頃の俺に、「お前、半年後に五大王国の首脳会議で議長席に座るぞ」と言ったら、夢の中の夢だと思って笑うはずだ。
笑っている場合ではない、というのが、今の俺の正解だった。
「開会を宣する」
クリプト国王が、短く言った。
形式上、ホスト国の王が進行を担当する取り決めになっている。だが彼の視線は、開会宣言の後すぐに、俺へ移った。議事の中身を握っている人間は誰か。この会議で、全員が認識していた。
「レン殿。始めてくれ」
「……恐れ入ります」
俺は、背筋を伸ばした。アリアが俺の斜め後ろに控えている。正面には、さっき到着したばかりのヴァリド――かつての王国上層部の裏切り者、今は改心して証言台に立つ男――が、深く頭を下げた姿勢のまま座っていた。ガルドは扉の脇で壁にもたれている。シェルは速記端末を膝に置いている。メモリはテーブルの中心にホログラフィック端末を展開していた。
準備は、整っている。
「皆様を招集した理由を、最初に一言で申し上げます」
俺は、呼吸を整えた。
「この世界は、あと十数日で、消滅する可能性があります」
――空気が止まった。
五人の首脳のうち、最初に反応を見せたのはロジカ国王レオ七世だった。反応と言っても、表情は一ミリも動かない。ただ、右手の指先が、机の下でテーブルの裏側を軽く一度だけ叩いた。論理処理を始めた合図だ、とLv4視界が教えてくれた。ロジカ王は動揺を外に出さない。出さない代わりに、中で計算機を回す。
クロエ女帝は、逆だった。一瞬、細い眉が跳ね上がり、すぐに戻った。感情が先に動き、そこから色彩の帝国女帝らしい優雅な無表情へ、自分で塗り直した。
ヴィル大公はゆっくりと瞼を閉じた。データの男らしい反応だった。入力を受けた、保存した、後で参照する、という動作。
ジン・スー議長は、逆に目を開けた。大きく。驚愕を隠す気はない男だった。
クリプト国王は、既に知っていた、という顔だった。俺が事前に全体の概要を共有してある。
「証拠を、順に示します」
俺は言って、Lv4の視界を意図的に「共有モード」に切り替えた。視界の一部を、メモリの端末経由で、この場全員に投影する。これは先日覚えたばかりの技だった。完全な共有はできない――俺の脳の負荷が跳ね上がる――が、部分投影なら保てる。
部屋の中央に、世界の断面図が浮かび上がった。
ただし、それは地図ではなかった。
コードだった。
```
[WORLD - surface layer view]
> entity: 'Securia-Kingdom'
> coordinates: (1.23, -0.88, 0.0)
> render_quality: 0.94 (was 1.00)
> magic_field_density: 0.88 (was 1.00)
> bug_log: ...scrolling...
```
「これが、我々の世界です」
俺は静かに言った。
「正確には――我々の世界の『中身』です。空も、大地も、建物も、人も、すべてがコードという形で書かれています。これが比喩ではなく、文字通りの意味だと、まずご理解ください」
「……コード」ロジカ王が、初めて口を開いた。「ジィヒブル導師の記録の中に、似た記述がある。ver.0.xの神学書に、神は『文字列』で世界を書いた、という一節があったはずだ」
「あります」メモリが即座に応じた。「ロジカ王国の国立文書館、第四階層、保管番号L-0044。該当箇所は第七章十二節」
「……本当にあったのか」
「はい」
レオ七世は、珍しく長く息を吐いた。神話だと思っていた一節が、資料番号付きで即答で出てきたのだ。論理の王の脳内で、一つの古い仮説が、歴史的事実へ格上げされた瞬間だった。
「続けてよろしいですか」俺は聞いた。
「続けてくれ」
俺は、視界の投影を一段深くした。
世界の断面図の下層に、別のレイヤーが重なっていく。地殻の下にあるはずの、もう一つの地殻。`/sys/init.def` の書式。バグ密度のグローバルカウンター。そして――シードファイル。
「カウンターは現在、89%です」
俺の声が、部屋に落ちた。
「100%に達すると、自動的に『初期化プロトコル』が起動します。全生命を含む、全エンティティの消去。そして、既に生成済みの『次のバージョン』の世界が立ち上がります。我々は、引き継がれません。デフォルトで、すべてが空集合です」
クロエ女帝の手が、テーブルの上でわずかに握り込まれた。
彼女は美の帝国の統治者だ。世界で最も色彩に敏感な感性を持つと言われる。俺の投影した断面図の、色彩のグラデーションが、一番奥で破綻していることを、たぶん彼女は真っ先に見抜いていた。壊れかけの絵を、職業画家が見て見抜くのと同じように。
「消滅」彼女が呟いた。「なんという……無粋な設計でしょう」
「無粋です」
俺は同意した。
「ただ、設計者にも言い分がある、と、私は思っています」
「言い分?」
「世界の劣化率が、もう本当に酷い。人間の手で修正できる範疇を、超えている可能性があります。私がLv4のデバッガーズ・アイで見ても、個別のバグが多すぎて、全部を追いきれない。『作り直した方が早い』という判断は、エンジニアリング上は、一つの合理的な結論です」
「貴殿も、そちら側に立つのか?」ヴィル大公が、初めて口を開いた。
「立ちません」
即答した。
「立たないために、ここにいます」
「理由は?」
「再構築が早いのは事実です。でも、早いことと、正しいことは、違う。それだけです」
ヴィル大公は、一度だけ、ゆっくりと頷いた。データの男は、短い言葉を好む。俺の返答は、彼にとっては十分な分量だった、らしい。
「では具体論に移ろう」ジン・スー議長が、場を引き取った。「レン殿、我々に何を求める」
「二正面作戦です」
俺は即答した。ここは準備済みの提案だった。
「一方で、世界各地に散布されている『禁忌魔法』のコード群――ヴァイラスが撒き散らした古代コマンドを、拡散防止と回収に当たる。これは各国の騎士団・魔法兵団の連合で対応。もう一方で、アドミンのコアプログラムに到達し、直接の対話を行う。これは少数精鋭の部隊で対応。前者は物量戦、後者は外交戦です」
「外交戦」レオ七世が繰り返した。「神と外交するわけか」
「神ではなく、エンジニアです。あいつは」
俺はそこだけ、きっぱりと言った。
ここは絶対に譲らない、という線だった。アドミンを神として扱い始めたら、対話は成立しない。神には口答えできない。だがエンジニアなら、口答えできる。レビューを要求できる。差し戻しができる。俺がアドミンに渡り合うためには、あいつを神の位置から引きずり下ろして、俺と同じ土俵に乗せる必要があった。
「エンジニア、な」ジン・スー議長が、笑った。短い、だが確かな笑いだった。「貴殿は、神を同業者扱いするのか」
「同業者です。仕様書を書いた奴なんで」
五人の首脳が、一瞬、同時に笑った。
硬かった部屋の空気が、一段だけ、緩んだ。
緩んだところで、俺は切り札を出した。
「ヴァリド殿」
俺は呼んだ。
壁際に座っていた元裏切り者が、ゆっくりと立ち上がり、円卓の中央に進み出た。その姿には、以前の俺が知っていた傲慢さも、計算高さも、残っていなかった。ただ、罪を背負った男の、重い歩行があった。
「五大王国の皆様方に、お詫びとご報告があります」
彼は、深く頭を下げた。
「私は、数年前より、ヴァイラス……いえ、かつてのパッチ様を名乗る存在と、接触を続けておりました。クーデター計画の背後には、彼の指示がありました。私は、彼に『救済』を約束され、心を売りました。結果として、王都防衛戦の際に、ロジカ王国の防衛網の一部にバックドアを設けたのは、私です」
レオ七世の表情が、初めてわずかに動いた。
「……そうか」
「申し訳ありません」
「ヴァリド殿」レオ七世は静かに言った。「今、貴殿はなぜ、ここに立っているのかね」
「レン殿に、救われました」
ヴァリドは顔を伏せたまま、答えた。
「私のような者にも、まだデバッグの余地があると、レン殿は仰ってくださった。その言葉で、私は初めて、自分が生き直せるかもしれないと思いました。だから今、ここにいます。持っている情報の、最後の一片まで、差し出すためです」
「情報」ヴィル大公が、反応した。
「ヴァイラスの、行動様式に関するものです。長い接触の中で、私が観察してきた特性。それを全て、この場に開示します」
メモリがすかさず、受け取るためのログウィンドウを立ち上げた。
会議は、ここから一気に実務へ傾いた。
ヴァリドの証言は、濃かった。ヴァイラスが好む作戦パターン。狙う時刻帯。避ける地形。そしてアドミンに対する感情の波――これが特に貴重だった。数百年分の怨念が、どの言葉で緩み、どの言葉で硬化するか。それを知っているのは、恐らくこの世界で俺と、ヴァリドと、メモリの三人だけだった。
二時間後、会議は結論に達した。
「五大王国連合軍」という名称の、暫定連合指揮系統。各国が部隊を供出し、指揮中枢はセキュリア要塞国に置く。レン・パーティーは連合軍の一翼ではなく、独立行動権を持つ「アドミン特使隊」として運用する。情報の共有頻度は毎時。
全てが決まった後、クリプト国王が、最後に一つだけ聞いてきた。
「レン殿。貴殿個人として、我々に明かしていない最終案があるだろう」
俺は、クリプト国王を見た。
要塞国の王は、防壁を造る男だった。防壁を造る男は、必ず最終防衛線を確保する。そういう思考の持ち主だ。俺の手札に「最後のカード」があることを、彼は職業的に察していた。
「……あります」
俺は、認めた。
「聞かせてほしい」
「デバッガーズ・アイをLv5まで引き上げます」
部屋の中の空気が、一瞬、別種の緊張に変わった。
「Lv5は――ルート権限です。アドミンと、機能的には同等の力になります。話し合いで決着がつかない場合、私は、アドミンと対等な立場で、初期化プロトコルの停止を『実行』できる」
「貴殿が、神になる、ということかね」レオ七世が、低い声で聞いた。
「機能的に、だけです。感情も人格も、俺のままです」
「それは保証できるのか」
俺は、答えに詰まった。
実は、そこが最大のリスクだった。アドミンは「管理者とは個人としての感情が邪魔になる」と、プロトコルのコメントで示唆している。ルート権限を得るということは、感情を手放すことと交換になる可能性がある。そこは、まだ、俺にも分かっていない。
だから俺は、嘘はつかなかった。
「保証はできません。ですが、私が『保証できない』と正直に申し上げている間は、まだ私は人間のままだと、ご理解ください」
レオ七世は、長く、俺を見た。
それから、頷いた。
「……承知した」
他の四人も、頷いた。
会議は、散会した。
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廊下で、アリアが俺の袖を、そっと引いた。
「蓮」
「なんだ」
「さきほど、ルート権限のお話をされた時――」
「ああ」
「『感情を手放す可能性』について、あえて言及しませんでしたね」
俺は、目を逸らした。
アリアは、気づいていた。そうだろうな、と思った。彼女はこのパーティーで、俺のことを一番よく「観ている」人間だ。
「……言えば、全員が止めにかかる」
「でしょうね」
「止められると、俺は動けない」
「分かっています」
「だから、言わなかった」
「分かっています」
アリアは、しばらく黙った。
それから、小さな声で、言った。
「蓮。Lv5を取る時は、私に一言ください」
「……」
「一人で取らないで。それだけで、いいんです。途中までで構いません。途中まで、私が隣にいます。そこから先は――あなた一人の領域でも、構いません。でも、途中までは、貸してください」
俺は、彼女を見た。
アリアは、真っ直ぐに俺を見返した。完璧であろうとすることをやめた剣士の、今の顔。つい二ヶ月前までは、この女はこんなことを言わなかった。正しさと、誇りと、規律で動いていた騎士が、今は「隣にいる」という言葉を、一番大切な切り札として使っている。
「……分かった」
俺は言った。
「約束する」
「約束、ですね」
「約束だ」
アリアが、少しだけ笑った。
窓の外の夜空は、昨日より一段、解像度が落ちていた。星のいくつかは、もう完全にドットの集合になっている。だが今夜は、昨日ほど怖くはなかった。
たぶん、隣に一人いるからだった。
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[SYSTEM LOG - end of summit session]
> FIVE_KINGDOMS_COALITION: formed
> TWO_FRONT_STRATEGY: approved
> VALID: confession recorded / rehabilitated
> PLAN_A: admin diplomacy (primary)
> PLAN_B: kernel code rewrite (backup)
> PLAN_C: Lv5 acquisition (last resort)
> aria_side_commit: partner protocol attached
> bug_density (global counter): 89%
> [NOTE] the table is wider now. the weight is still the same, but distributed.
```
次回 第59話「共闘提案」




