16 本当の悪女
そしてジュディスの計画は成功した。
一晩で悲劇のヒロインとなったジュディス。
両親は塞ぎ込んでいたジュディスが立ち直る頃合いを見て、彼女を元気付けようと、オフィーリアの為に保留にしていたマハラ国の王太子への結婚話を持ち出した。
「先方もこうなってしまった以上、オフィーリアを貰うわけには行かない。寧ろお前に対してとても同情していて、お前さえよければこの縁談を進めて欲しいと申し出て下さった」
「……お父様のお立場もおありでしょう。私がいつまでもエドガーへの未練を引きずっていると、オフィーリアが益々世間から悪く言われてしまうし……。そのお話、お受け致します」
ジュディスは計画通りに事が進み、内心ほくそ笑んだが、不自然に思われないよう殊勝な態度でその話を了承した。
「そうだわ、それなら私の結婚を祝うパーティーを盛大に開催しましょう。お父様、王太子様をこの屋敷に招待することは可能かしら? 」
「ふむ。……そうだな。王太子も一度この国を訪れてみたいと言っていたから話をしてみよう」
数日後、ヨナスは王太子と連絡を取り付けると、あっさりと承諾の返事が来た。
最早人生の勝ち組が確定し、気持ちが大きくなっていたジュディスは、気持ちの余裕からヨナスに対してある提案を持ち出した。
「パーティーにはエドガーとオフィーリアも招待しましょう。彼らにも私が悲しみから立ち直ったことを報せる良い機会だわ」
「おお、それは良い提案だ。私も結婚後彼らとは全くといっていいほど連絡を取っていなかったからな。二人がちゃんと幸せに暮らしているのかずっと気になっていたのだ」
そして、パーティー当日。
ジュディスは今か今かと王太子の到着を待ちわびながら、控え室の窓から屋敷へと到着したエドガーとオフィーリアの二人を目にした。
ギスギスした二人の関係を期待していたジュディスだったが、ジュディスの予想に反して、オフィーリアを大事そうにエスコートするエドガーの姿に、ジュディスの中でチリリと独占欲と嫉妬心が沸き起こり、悔しさに自身の整えられた爪をギリと強く噛み締めた。
「なによ、エドガーったら。あんなに私に夢中だった癖に。衣装もオフィーリアの色に合わせちゃって。らしくないわね」
自分がそう仕向けたにも関わらず、一度自分に夢中になった男が、他の女性――選りに選って冴えない自分の妹へ懸想していることがジュディスは堪らなく腹立たしかった。
「王太子が来る前に分からせてあげましょう」
かつて、いつもジュディスが彼を誘惑する度に、必死で情欲を抑えるエドガーの姿がジュディスの脳裏に浮かぶ。
「貴方は私だけを思っていなきゃ駄目よ、エドガー」
ジュディスはぼそりと呟くと、エドガーの姿を探す為控え室を飛び出すように出ていった。
* * *
「馬鹿なオフィーリア。なんて余計なことをしてくれたの! 私はこんなこと、これぽっちも望んでいなかったと言うのに!! 貴女に死なれたら私の計画が全て台無しよ! 」
自らを装うことを忘れ、ヒステリックに叫ぶジュディスを目の当たりにしたエドガーは、言葉もなく呆然と彼女の告白を聞いていた。
「何てことを……。全ては君の仕組んだことだったというのか……」
「そうよ。オフィーリアに王太子妃の地位なんて勿体無いわ。それに相応しいのは誰からも美しいと羨望の眼差しを向けられる私、ジュディス・オーディールよ」
エドガーは、開き直ったジュディスを見ながら、急激に彼女に対する気持ちが冷めていくのが分かった。
(これが本当の彼女の正体だったのか。
なんて浅ましい女。
なんて利己的で卑しい。
それに比べてオフィーリア、君の心は気高く尊いのだろう……)
最早ジュディスに興味が失せたエドガーは、再び意識をオフィーリアへと戻した。
腕の中のオフィーリアがどんどん冷たくなっていく。
「くっ……!」
エドガーは無我夢中で血塗れのオフィーリアを抱えると、屋敷中に轟くような悲痛な叫び声を上げた。
「誰か!! 医者はいないか!? 術師でも構わない!! 妻がっ……、妻が毒を飲んだんだ! 誰か彼女を助けてくれ!! 」
「何だって!? 一体どういうことだ!? ああ、オフィーリア、何て酷い姿に! 」
エドガーの助けを呼ぶ声に慌てた様子のヨナスが駆けつける。
ヨナスはエドガーの腕に抱かれて血塗れでぐったりしているオフィーリアを見て、飛び上がって驚いた。
「い、医者を! 直ぐにここに連れてきてくれ! 」
屋敷はパーティー所ではなく、凄惨な光景に一気に騒然となった。
一方、今日のパーティーの主役であったジュディスは最初に彼女の悲鳴を聞いて駆けつけた人々に事の一部始終を見られており、その場で独り、冷たい視線を浴びていた。
「とんでもない悪女は彼女の方だったのね」
「おお、怖い。欲に目が眩み婚約者とその妹を騙して自分が地位を手に入れようなんて、なんて性根が腐った女なのでしょう」
「やはり賤しい平民の血は隠せないのね」
人々の侮蔑の視線がジュディスを突き刺す。
「あ……、ち、違うのよ、皆。私は、私の方が『可哀想なジュディス』なの……」
ジュディスの言い訳を周りの者達は嘲笑しながら聞いていた。
――パンパンパン
その重苦しい空気を打ち消すように、突如としてジュディスを取り囲む人々の後ろから、場違いに手を叩く音が鳴り響いた。
その音の方へと人々が視線を向ける。
そこには見たこともない、異国の衣装に身を包んだ長い黒髪に金色の瞳の色黒の美男子が、事の顛末を愉快そうに眺めて立っていた。
「いやあ、地位に目が眩んだ人間の無様な結末。人間味に溢れ、実に面白い! 」
ハッハッハッ、とその美男子は豪快に笑い声を上げ、颯爽とジュディスの元へと歩みを進めた。
「それぐらい強かな女の方が余の妻には相応しいというもの」
「あ、貴方様は、もしかして――」
目の前の異国情緒に溢れ、全身から圧倒的な威厳と気高さを漂わせる色男を前に、ジュディスはその男がマハラ国の王太子であると察した。
「……ふむ。余の国にはないサファイアの瞳。銀髪でないのが惜しいが、……まぁ、良い。お前を私の妻へとしてやろう」
「あ……。身に余る光栄にございます。――ラファエル王太子殿下」
ジュディスに近付くやいなや、不躾にくいとジュディスの顎を取り、その瞳をまじまじと見つめる粗暴な態度のラファエルに、ジュディスは今迄感じたことのない胸の高鳴りを感じ、頬を赤く染めた。
(そうよ。どうせ、私の評判がここで地に墜ちたとしても、もう私はこの国から出ていくのだからどうでもいいわ。私は新しい地でこの素敵な王太子様と幸せになってみせる――)
ジュディスは気を取り直すようにその口元にうっすらと笑みを浮かべた。




