15 悲劇の夜の真実
「きゃあぁぁぁ---!?」
屋敷の一角でジュディスの悲鳴が木霊した。
鮮やかな血が、オフィーリアの淡い水色のドレスを、ジュディスが着ているドレスのように真っ赤に染めていく。
「オフィーリア!! 」
エドガーは倒れそうになるオフィーリアの身体を支えると、直ぐ様彼女の腕を取り、脈に触れた。
とくん、とくん……と徐々にオフィーリアの鼓動が弱くなっていく。
「どうしてこんなことを……っ!? 」
「私が……いなくなれば二人はまた……一緒になれる……から 」
「そんな……っ、そんなことを君は……ずっと考えて……」
必死な様子のエドガーの顔をぼんやりと眺めながら、オフィーリアはようやく解放されたような気持ちで青白い顔に微笑みを浮かべた。
「どうかお姉様と……幸せになって……」
信仰心の厚いオフィーリアが自らの命を絶とうとする程に、彼女を追い詰めていたことをエドガーはようやく理解し、深い後悔の念に駆られた。
「 嫌だ!! オフィーリア、君を不幸なまま逝かせたくない……! 」
「駄目よ!! 」
エドガーの背後からジュディスが悲鳴のような声を上げた。
その声にエドガーが反射的にジュディスを振り返る。
ジュディスの美しい顔は焦りからか醜く歪んでいた。
「私とエドガーがもう一度一緒になるなんて有り得ないわ! 」
先程エドガーへの思慕を紡いでいたジュディスの口から真逆の言葉が吐かれ、エドガーは一体今何が起きているのか、と一人状況に追い付けず、混乱に陥った。
◆◆◆
それはジュディスとエドガーの婚約前パーティーの数日前のことだった。
他国での商談を終えて戻ってきたヨナスが、嬉そうな顔で結婚前パーティーの相談を行っていた妻とジュディスに向かって口を開いた。
「嬉しいニュースだ。ジュディスに続いてオフィーリアの結婚も決まりそうだ」
「まぁ、それは本当? 」
「お父様、オフィーリアのお相手はどちらのご令息?」
「それが聞いて驚け! 私が先日まで取引を行っていたマハラ国という東洋の国の王太子だ!! 」
「まさか! なんてことでしょう」
ヨナスの話を聞いて、オーディール男爵夫人は大層喜んだ。
一方、先程まで興味深々に話を聞いていたジュディスは顔に浮かべていた笑顔をスッと消し、押し黙った。
ヨナスはそんなジュディスの様子には気付かずに浮かれる妻に意気揚々と話を続けた。
「マハラ国の第一王太子が私のワインを非常に気に入ってくれてね。そして私もワイン同様、王太子に興味を持たれて食事の席に誘われたんだ。そこで私の娘達の話になり、私がいつも遠征する時に持ち歩いている家族の肖像画を見せたら、彼が是非オフィーリアを妻にしたいと申し出てくれてね」
「……王太子様が肖像画のオフィーリアを見初めたということですか? 」
自分を差し置いてオフィーリアを選ぶ王太子の真意が分からず、ジュディスはその顔に悔しさを滲ませた。
「マハラ国の人間は東洋の血を色濃く受け継いでいから、王太子を初め、その国のほとんどの人間は黒い髪に黒い瞳が多いんだ。王族だけは金色の瞳をしているがね。それで、王太子は物珍しいものが大好きな人物らしくて、マハラ国にはいないサファイアの瞳と白銀の髪を持つオフィーリアにとても興味を持たれたのさ」
「サファイアの瞳なら私だって一緒じゃない! 」
選ばれなかったジュディスが噛み付くようにヨナスへと歩み寄った。
「おいおい、ジュディス。そもそもお前には既にエドガーという立派な婚約者がいるじゃないか。王太子も婚約者のいるお前を貰おうとは流石に思わないさ。勿論肖像画のお前を見て『とても美しい』と称賛していたよ」
ジュディスの剣幕に、ヨナスが宥めるように真実を告げた。
「それなら、私がエドガーと婚約していなかったら王太子に見初められたのは私だったと言うこと?」
「勿論さ。お前程の美貌の娘を選ばない男はいないだろう」
「……そう。……そうよね」
ようやく落ち着いたジュディスを見て、両親はお互いの顔を見合せると、ジュディスの自己顕示欲の強さにやれやれと肩を竦めた。
生まれつきの美貌を持つジュディスは、常に自分が誰よりも讃えられていないと気が済まない性格だった。そんなジュディスの唯一の劣等感はその身分の低さだった。
どんなに美しさを讃えられても、陰では上流階級の貴婦人、令嬢達から嫉妬混じりに成金上がりの似非令嬢と噂され馬鹿にされていた。
婚約前パーティーの相談を終えたジュディスは、一人薔薇園でワインを飲みながら先程の、オフィーリアの縁談話について考えていた。
ヨナスはあまり結婚に乗り気ではないオフィーリアを説得するため、まずはジュディスとエドガーの結婚前パーティーを成功させ、結婚というものが素晴らしいと言うことをオフィーリアへ分からせた上でこの縁談話を進めようと画策した。
オーディール男爵夫人もジュディスもヨナスの案に同意した。
ぐびり――
ジュディスは面白くなさそうに手元のワインを乱暴に煽った。
自分よりも地味で大人しいオフィーリアの方が一国を背負う王太子と結婚する。
そうなればオフィーリアはマハラ国の王太子妃になるということだ。
(そんなこと許さない――!)
ジュディスは悔しさにギリッと奥歯を噛み締めると、何かを思案するようにもう一度手元のワインを一口飲み込んだ。
◇◆◇
結婚前パーティーの当日。
ジュディスは早々にパーティー会場から姿を消そうとするオフィーリアを引き留めると、お酒に弱いオフィーリアに無理矢理ワインを飲むよう勧めて酔わせた。
それからジュディスは退職の決まっている使用人にお金を握らせると、酔ったオフィーリアをジュディスの部屋に誘導するよう指示を出し、自分はエドガーと二人ガゼボへと消えた。
ジュディスは今度はエドガーに罠を仕掛けた。
お酒に強く、強靭な精神で誘惑に負けないエドガーのワインにこっそりと秘密裏で入手した強力な媚薬を仕込み、彼を煽った。
流石のエドガーも媚薬には勝てず、徐々にその効果はジュディスにも目に見えるように現れていた。
(後はお酒に酔い潰れたオフィーリアと理性を失ったエドガーが関係を持てば――)
ジュディスはその夜、独り、二階の客室で夜を明かした。
今頃、計画が上手く進んでいることだろう、とジュディスは上機嫌でエドガーとオフィーリアが居る自分の寝室に向かって、グラスを掲げた。
「私の栄光に乾杯――」
まるでこの先の自分の未来を祝福するかのような言葉を吐くと、ジュディスは美味しそうに手にしたワインを飲み干した。