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後日──石山は依願退職したという。盗撮について自白したかどうかはさだかではないし、警察沙汰になったかもわからない。しかし、緒方慎司の容疑は晴れたというから、関係者の間では真実が明らかになっているのであろう、と思う。
そして、当の緒方慎司はといえば──。
「設置完了──っと」
部長への貸しを返すべく、演劇部の部室の防犯カメラを、より新しいものに交換しているところである。
「ご苦労」
部長は偉そうに労う。
「これで貸し借りなしだぞ」
「私の記憶では、追加の情報料があったはずなんだが──」
言いかけたところで、部長はめずらしくしゅんと萎れた──秘蔵のフィルムを没収されたからであろう──緒方慎司の顔を見て吹き出す。
「いいよいいよ、負けといてやる」
部長は緒方慎司を憐れんだのであろう、そう言って──彼は安堵の息をついて、古い機材の片づけを始める。
「そういえば──秘蔵のフィルムって、結局何が写ってたんですか?」
「黙秘する」
興味本位で尋ねる僕に、緒方慎司はにべもない。
だから、というわけでもないのであるが、ずっと緒方慎司に尋ねてみたかったことが、口をついて出る。
「じゃあ──写真の魅力って何なんですか?」
僕の問いに、緒方慎司は片づけの手を止める。それは、思わぬ質問であったろうに、彼は意外にも真摯に答えてくれる。
「カメラはな──不思議なものなんだよ」
緒方慎司は語る。この雑多な世界の中で、本当に必要なものが何なのか、カメラはいつもそれを教えてくれる。ファインダーをのぞくと、世界の大半が捨て去られて、ほんの少しの空間だけが切り取られる。切り取られた世界の中で、ファインダーを通して、世界が自分と被写体とに集約される。
「いつまでも、このままでいられたら──そう思いながら、シャッターを押す。それがいいんだよ」
「ポエムみたいでキモい」
緒方慎司の熱弁を、部長は一言で切り捨てる。
「お前んところの後輩に聞かれたから答えたんだろ!」
緒方慎司は、そう部長に食ってかかり──またぞろ、くだらない言い争いに発展するのであろうなあ、となりゆきを見守っている──と。
「先輩! 姉さんが呼んでますよ!」
そこに割って入ったのは、部室の扉を開けて、ぴょこんと顔をのぞかせた嶺岸由希子である。
どうやら、緒方慎司はいまだ風紀委員の取り調べを受けているようで、部長との言い争いも忘れて、目に見えてうなだれる。
「嶺岸ちゃん──緒方の秘蔵のフィルムに何が写ってたか知ってる?」
部長は、先の僕の質問を、今度は嶺岸由希子にぶつける。緒方慎司がそれを知られたくないとわかっているからこその、意地の悪い質問である。
「言うな!」
緒方慎司は必死に制止するのであるが、先輩の命令も嶺岸由希子には通用しない。
「嶺岸和歌子写真集がつくれそうなくらいの、たっくさんの写真です」
嶺岸由希子は両手をいっぱいに広げて、無慈悲にもそう告げる。
緒方慎司は、羞恥であろうか、顔を真っ赤に染める。
「今に見ておれ──」
緒方慎司は、まるで復讐でも誓うかのように、拳を握りしめる。彼ならば──彼の情熱ならば、再び嶺岸和歌子写真集がつくれそうなくらいの写真を撮るのであろうな、と苦笑する。
「先輩、普段の姉さんは、ファインダー越しよりもきれいなんですよ」
嶺岸由希子は言いながら、緒方慎司の背を押して──二人は演劇部の部室を後にする。
直に見る女性の美しさ。ファインダー越しではもったいない、という感覚もわからなくはない。直に触れ合い、互いが互いを認識すること。それは世界を共有することである。
一方で、ファインダー越しでなければ得られない感動も、確かに存在するのではないか、と思う。世界を切り取り、そこに何かを閉じ込めること。それは世界を占有することである。
部室の隅で本を読むオードリーと、相変わらず台本の執筆に勤しむ部長──二人に向けて、僕は両手の親指と人差し指で長方形をつくる。左目を閉じ、右目を見開いて、指で作り上げた枠の中に目をやる。
いつものようにオードリーが軽口を叩いて、部長が顔をあげて言い返す。その言い分が気に入らなかったのであろう、オードリーは椅子から立ちあがり、その長身で部長を見下ろす。
オードリーが部長に食ってかかり、部長が執筆の手を止めて受けてたつ──そんな子どもの頃から変わらぬ、いつもの日常を切り取って。
僕は静かに、右目を閉じた。
「カメラ! カメラ! カメラ!」完/次話「未定」




