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演劇部の部室を出て──僕らはひとまず図書室に逃げ込む。窓からは西日が射し込んでおり──書架にはあたらないようになっている──もうそんな時間になったのか、と少し驚く。
僕らは、図書室の奥まったところにある閲覧席に陣取って、情報をまとめる。盗撮時の状況、関係者の人物評──今からこれらの情報を整理して、犯人を推理することになる──はずなのであるが。
「盗撮犯は──まあ、だいたいわかったかな」
緒方慎司は簡単に言ってのける。
「ただ──ビデオテープがなくなったのは、わかんないよなあ」
オードリーはそう続ける。その口ぶりからするに、緒方慎司同様、彼女にも盗撮犯がわかっているのであろう、と思う。
「そこなんだよ」
緒方慎司は、そう言いながらも、何やら考えはあるようで。
「まあ、可能性としては──」
「──大友久美子」
続く緒方慎司の言葉にかぶせるように、オードリーが告げて──二人は互いにわかりあっているように頷く。なぜだか無性に腹が立つ。
その後も、あれこれと推理をめぐらせていたのであるが──書架の整理をしていた司書教諭が、僕らをみつけて、眉をひそめる。図書室では静かに、と言いたげなその視線に気兼ねして──僕らはいそいそと図書室を後にする。
図書室のある別館から、西日の射す渡り廊下を通って、西校舎へと戻る。秋の日はつるべ落とし──もう、すぐに暗くなってしまうであろう、と思う。
西校舎の廊下を歩きながら、先ほど司書教諭の乱入によって中断した話題を思い起こしたのであろう。
「それで──大友さんがどうしたんですか?」
小さな身体で大きく伸びをしながら、嶺岸由希子が口を開く。
「もう一度、大友さんを呼んできてくれないか」
緒方慎司は、しかし嶺岸由希子の問いには答えず、そう持ちかける。
「何か聞き漏らしたことでもあるんですか?」
「──冤罪を晴らせるかもしれない」
緒方慎司の返答に、嶺岸由希子の喉が、ごくり、と鳴る。
「お前の姉さん、まだ写真部の部室に残っていると思うか?」
続く緒方慎司の問いに、嶺岸由希子は腕時計に目を落とす。
「五時頃には生徒会室に戻るって言ってましたけど」
言いながら、彼女は腕時計を皆に向ける。見辛い角度ではあるが、文字盤の針がちょうど五時頃を指していることは、かろうじて読み取れる。
「じゃあ、大友さんを写真部の部室に呼んで──その後に、もう一人呼んできてほしい人がいるんだ」
「誰だか知りませんけど、こんな時間に残ってますかね?」
「──残ってるさ」
緒方慎司は確信を込めて頷く。
「盗撮事件のことで話したいことがある。写真部の部室にきてほしい──そう伝えてくれ」
彼はそう続けて──僕らは、嶺岸由希子と別れて、先に写真部の部室に急ぐ。
「やあやあ──お待ちしてましたよ」
写真部の部室──放課後というには遅すぎる時間、しかし緒方慎司の呼び出した相手は学内に残っており、今この場に立っている。
ここからの主役は緒方慎司である。彼は、窓側の椅子を下げて、そこに座るよう相手をうながす。
「こんな時間に申し訳ありません」
「それで、何の用なの?」
緒方慎司の発言を遮るように、彼女は言葉をかぶせる。
僕とオードリー、緒方慎司と嶺岸由希子──こちらは四人いるというのに、ただ一人の彼女のせいで、写真部の部室には圧迫するような重い空気が張り詰めている。
「例の盗撮事件、犯人がわかりましてね。そのご報告を、と思いまして」
「それで、わざわざこんなところに?」
「人の多いところでは困る人もいるでしょう?」
緒方慎司の悪意を込めた言いまわしに、彼女の眉が、ぴくり、と動く。その悪意が自らに向けられたものと気づいたものか、彼女は不機嫌な様子を隠そうともせずに続ける。
「それで──犯人は誰なの?」
「順に説明させてください」
緒方慎司は、話を急かす彼女を、まあまあ、と制する。
「まず、外部犯というのはないと思います。今のご時世、外部の人間が校内に侵入することは難しいというのもありますが、もしも外部の人間が犯人だったとすると、仕掛けたビデオカメラを発見されたこと自体の説明がつきません」
緒方慎司の話を聞く気になったのであろう、彼女は続きをうながす。
「女子更衣室には鍵がかかっています。鍵が保管されているのは、職員室と用務員室。外部の人間には、それらを借り出すことはできません。外部の人間が犯人だと仮定するならば、彼または彼女は、合鍵を持っていたか、ピッキングの技術を身につけていた、ということになります。しかし、そうすると、犯人は鍵の借り出しには縛られません。いつでも自由に女子更衣室に出入りすることができたということになる。そんな人間が犯人なら、誰かに発見される前にビデオカメラを回収するはずでしょう?」
「わからないじゃない。犯人の都合が合わなくて、ビデオカメラを回収する前に発見されてしまった可能性だってあるわけでしょう?」
「その可能性がない、とは言いません。でも、その可能性はかぎりなく低いと思います。外部の人間が犯人であるのなら、盗撮計画は入念に練ったはずです。捕まれば手が後ろに回りますからね。犯人にとって、ビデオカメラの回収よりも優先することなどなかったはずです。心情としては、誰にも見つからないように、できるだけ早く回収したかったことでしょう」
緒方慎司のその主張は、もっともらしいように思える。
「目撃者の証言によると、ビデオカメラが設置されたのは五限目以降ということですから、人目を避けてそれを回収しようとするのならば、五限目の授業中、六限目の授業中、掃除時間中、ホームルーム中などの時間帯が適当だと考えられます。できるだけ早く、かつ安全に回収したいという犯人の立場を考慮した場合、わざわざ部活動の始まっている放課後に回収するというのは考えにくいことでしょう。外部の人間には、授業や掃除、ホームルームは関係ありません。放課後以外の人気のない安全な時間帯を選ぶことができたはずです」
緒方慎司の言わんとすることを察して、彼女は眉をひそめる。
「外部の人間が犯人でないとすると──内部の誰かが犯人だというの?」
彼女の問いに、緒方慎司は、まさに、と頷いて続ける。
「例えば──女性生徒。ビデオカメラの設置という観点から見れば、更衣室を使用する女子生徒ほど犯人にふさわしい対象もいないと思います。何せ、着替えるために更衣室に入って、ビデオカメラ入りの鞄を棚に置くだけでいいんですから。誰にも怪しまれることはありません」
そう言いながらも、緒方慎司はすぐに首を振る。
「でも、更衣室を使用した女子生徒が犯人ならば、授業が終わった時に鞄を回収することも容易なはずです。放課後まで鞄が残っていたことを考えると、犯人は別にいるとした方が妥当だと思います」
緒方慎司の主張に、彼女からも否やの声はあがらない。
「次に──男子生徒。確かに、思春期の男子高校生の欲望と行動力には目を見張るものがあるとは思いますが──」
緒方慎司の発言に、嶺岸由希子が深く重く頷く。誰のことを思い浮かべているかは、明々白々である。
「男子生徒が犯人だと仮定した場合、ビデオカメラの設置自体が難しいことになります。休み時間は女子が更衣中ですから、室内に入ることはできません。女子がいない時といえば授業中ですが、男子生徒が犯人だとすれば、彼もまた授業中ということになります」
「トイレに行く振りをして抜け出した、とか」
「抜け出して女子更衣室までたどりついたとしても、鍵が閉まっていますよ」
彼女の意見に、緒方慎司は苦笑でもって返す。
「そもそも、俺の考えでは、男子生徒が犯人だということはありえないんです」
「──なぜかしら?」
彼女の問いに、緒方慎司は我が意を得たりと拳を握る。
「なぜならば! あのビデオカメラの設置位置では、被写体の顔が──」
「その理屈はいりませんから!」
自信満々に自らの性癖を語り出す緒方慎司を、すんでのところで嶺岸由希子が制止する。ファインプレーである。それは、緒方慎司にとっては正論であっても、それ以外のものにとっては暴論である。単なる性癖の開陳に終われば、推理の信憑性が揺らいでしまうことにもなりかねない。
「まあ、理屈は省きますが──」
緒方慎司は、不満たらたらで続ける。
「──俺の考えでは、この盗撮は犯人が鑑賞するために行われたものではない──何らかの商売に使うため、お金のために行われたのだと思います」
ゆえに──と、緒方慎司は、自身にしか通用しない論理で続けて。
「俺は、犯人は男ではなく──学内の女性だと考えています」
そう結論づける。
「学内の女性ね。それでも範囲が広すぎるわよ」
「いいえ──そうでもありません」
ふん、と鼻を鳴らす彼女に、緒方慎司が鋭く斬り込む。
「犯人はあなたです。石山先生」




