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「──で、ようやくここまでたどりついたというわけだよ」
「逃げまわるくだり、必要だった?」
長い話を終えた緒方慎司に、部長は冷たい一言を放つ。
「嶺岸ちゃんがかわいかったところとかさ、何の自慢かと思ったよ」
確かに──ずいぶんと赤裸々に自身の心情を語ったものであるなあ、と若干あきれるのであるが、当の緒方慎司はといえば、何を言われたのやらわからぬという顔で首を傾げているのであるからして、彼にとっては何ら恥じるところはないのであろう。ある意味、大物である。
「とにかく! 頼む! 俺の冤罪を晴らすのに協力してくれ!」
緒方慎司の懇願に、部長は小さくため息を一つ。
「今度は、こっちが貸し一つだぞ」
「──もちろんだ」
緒方慎司は、渋々という顔で頷く。それは、以前、部長が緒方慎司に借りをつくるのを嫌がっていた顔とまったく同じで──この二人、案外、似たもの同士なのかもしれない、と思う。
「とはいえ──悪いけど、私は忙しいんでな。代わりに、うちの部員を貸してやるよ」
言って、部長はオードリーを見やる。この場合、僕に拒否権はないのである。
「あたしはかまわないよ。暇つぶしにはなりそうだし」
オードリーは、先まで読んでいた本を閉じて、協力に同意する。閉じた本は、タイトルからするにミステリーのようなので、彼女は不謹慎にもこの状況を楽しんでいるのであろう、と思う。
「それで、名探偵──まずはどうすんの?」
オードリーは、からかうように問いかけて。
「そりゃあ──」
緒方慎司は、にやりと笑って返す。
「まずは──第一発見者から話を聞くだろ」
「わあ、ずいぶんと大所帯になりましたね」
体育館の前──先に緒方慎司の出したという指示のとおり、嶺岸由希子が女子生徒を連れて待っている。
「その格好──意外と似合ってますよ」
彼女は、僕らの格好を──特に緒方慎司の衣装をからかうように、いたずらっぽく笑う。
僕らは、演劇部の部室で適当な衣装を見つくろって、言わば変装しており、部活の練習であるかのように装って、あやしまれることなくここまでたどりついたのである。
「それで──」
言いながら、緒方慎司は嶺岸由希子の隣の女子生徒に目を向ける。
「こちら、一年八組の大友久美子さん」
緒方慎司の視線の意図を察した嶺岸由希子が、手のひらでやわらかく女子生徒を指しながら紹介する。
「──で、こっちがうちの部長」
次いで、緒方慎司を。人差し指で。扱いの差に、緒方慎司は、この野郎、と憤慨をあらわにするのであるが、嶺岸由希子はどこ吹く風。
「あとは──演劇部の宮川くんと、オードリー。オードリーは知ってるでしょ?」
嶺岸由希子は、僕らのことも紹介してくれるのであるが──オードリーについては、だいぶんぞんざいである。まあ、学内にオードリーを知らぬものなどいないであろうから、その気持ちもわからなくはない。
「知ってます。新説白雪姫、面白かったです」
女子生徒──大友久美子は、思い出し笑いをしながらも、敬語で話す。おそらく、同級生であっても、それほど親しくない間柄であれば、敬語を使うタイプなのであろう。
「大友です」
頭を下げる彼女に、宮川です、と会釈を返す。
大友久美子──件のビデオカメラの第一発見者である。部活動の最中に、無理を言って出てきてもらったのであろう。バレーのユニフォームから飛び出した小麦色の肌には、いまだ玉の汗が浮いている。
「忙しいところ、わざわざすみません」
時間が気になるのであろうか、そわそわと周囲に目をやる大友久美子に、再度頭を下げる。
「あ、いえ、大丈夫です。部長には許可をもらって出てきましたから」
彼女は表情を緩める──が、だからといって長引かせるわけにもいかない。
「じゃあ、さっそく現場検証を始めましょうか」
嶺岸由希子の借り出した鍵で、女子更衣室の扉を開く。
窓のない空間を、蛍光灯の無機質な光が浮かびあがらせている。打ち放しのコンクリートの床を、安っぽいゴム製のマットが覆っていて、両側には木製の棚が並んでいる。
「大友さん」
事情聴取の大役を仰せつかった僕は、できるだけやわらかく呼びかける。
「忘れ物をした日のこと、詳しく話してくれるかな」
「えっと、どこから話せば──」
「大友さんが着替え始めたところから、時系列順でお願い」
「──わかりました」
大友久美子は頷いて、僕らに向けて語り出す。
「体育の授業が五限目にあって、ここで着替えました。使ったのはこの棚です」
彼女は淡々と事実だけを述べる。
「棚はここで間違いないの?」
「はい、間違いありません。毎回同じところを使ってますから」
彼女が指し示したのは、入口から見て左側、奥から二番目の棚だった。その棚の中段、彼女の身長からすれば、その段が一番使いやすいのであろう。
「その時、不審な鞄はもう置いてあった?」
「いえ、ありませんでした」
「間違いなく?」
確認する僕に、彼女は力強く頷く。
「放課後、忘れ物を取りにきた時にみつけた鞄は、私がいつも使っている棚の右下──この棚に置いてありました」
言いながら、彼女は一番奥の棚を指し示す。
「私は着替えるのに時間がかかる方なので、体育の授業の時にはできるだけ早く更衣室にくるようにしています。あの日も、一番乗りってわけじゃありませんでしたけど、かなり早めに更衣室に入りました。私が着替え始めた時は、他の棚はほとんど空でしたから、鞄があれば気づいたと思います」
なるほど──頷きながら、彼女に続きをうながす。
「授業が終わって、更衣室に戻った時には、もう次の授業を受ける人たちが何人かきていました。確か、嶺岸さんの──」
「一年二組です。八組の後、六限目に体育の授業でした」
言葉を引き継いて、嶺岸由希子が続ける。
「私もこの更衣室で着替えましたけど、この棚に不審な鞄があったかどうか、なんてことは覚えてないですねえ」
「──鞄は置いてあったと思います」
嶺岸由希子の言葉を補足するように、大友久美子が割って入る。
「ただ、二クラスが入り混じって着替えていましたから、それが後でみつけた不審な鞄と同じ物だったかどうかまでは、わかりません」
言って、彼女はかすかにうつむく。
「教室に戻ってから、タオルを忘れているのに気づきました。六限目の始まる寸前でしたから、放課後に取りに行こうと思いました」
「掃除時間に取りに行こうとは思わなかったの?」
「掃除をサボってまで取りに行こうとは思いませんでした。一緒に掃除をする友達にも申し訳ないし──それに、掃除時間中だと鍵の借り出しもできませんから」
「──鍵? 掃除時間中だったら、更衣室の掃除もしてるんじゃないの?」
僕の問いに、彼女はいくらか打ち解けたような、小さな笑顔を見せる。
「体育館の掃除は、体育館を使用する部活動の生徒が交代でやっているんです。当番の部活によって掃除時間は変わりますけど、大抵は部活動が終わった後ですね。女子更衣室は体育館内にありますから、学校規定の掃除時間中には掃除をしないんです」
彼女の言葉は、体育館を使用する部活動の人間にとっては常識であったのかもしれないが、僕にとっては初耳である。
「更衣室の掃除をする時、鍵はどうするの?」
「職員室から借り出します」
簡潔な答え──更衣室の掃除に備えて、誰かが鍵を持っておく、などということはないようである。侵入者の候補が狭まる。
思案する僕をよそに、彼女は言葉を重ねる。
「掃除を終えた後、ホームルームがありました。連絡事項が多かったので、少し長めだったと思います。ホームルームが終わると、臨時の職員会議があるから、ということで先生が急いで教室を出ていきました。忘れ物を取りに行くには鍵の借り出しが必要でしたから、私も急いで職員室に向かいました」
「職員会議はもう始まっていた?」
「始まっていました。入口に一番近い席の橋口先生に事情を話して、鍵を貸してもらいました」
「橋口先生って、何の先生だっけ?」
と、不意に緒方慎司が疑問の声をあげて、嶺岸由希子が答える。
「体育の先生です。うちのクラスの担当は橋口先生ですよ」
女の先生の方が気楽で良かったんですけどね、と彼女は加える。
「話の腰を折って申し訳ない。続けて」
緒方慎司にうながされて、大友久美子が再び口を開く。
「橋口先生に鍵を借りて、更衣室に向かいました。忘れたタオルはすぐに見つかりました。ただ──」
「不審な鞄があった、と」
言葉を継いだ僕に、彼女は大きく頷く。
「どんな鞄だったの?」
「普通の鞄です。学校指定のサブバッグです」
言って、両手でサブバッグを形づくる。
「最初は誰かの忘れ物だと思いました。中を見て、誰のものなのかわかれば届けてあげようと思いました。でも、よく考えてみると、更衣室で鞄を忘れるなんて考えにくいことでしょう? 鞄を置いて、手ぶらで出ていくなんて」
彼女は同意を求めるようにこちらに視線を向けて──嶺岸由希子が、うんうん、と頷いている。
「おかしいなと思いました。中身を確認するとビデオカメラが入っていて、疑いが確信に変わりました」
「入っていたのは、どんなビデオカメラだった?」
「どんなって、普通のビデオカメラでしたけど」
このくらいの、と彼女は両手を肩幅弱に広げる。不確かな記憶の再現であったにしろ、それは小型化の進む近年のビデオカメラにしては、大きいように思える。
「そのビデオカメラ、古かった?」
「言われてみれば古かったかもしれませんけど、そのあたりには詳しくないので、断言はできません」
かすむような語尾に、さらに質問を重ねる。
「その時、ビデオカメラの中にテープは入っていた?」
「そこまでは確認していません。その時は思いつきもしませんでした」
彼女は申し訳なさそうにうつむく。
「鞄を動かしていいものかどうか、判断がつかなかったので、現場はそのままにして、鍵を閉めて職員室に戻りました」
言って、彼女は更衣室の扉に目を向ける。
「職員会議は続いていたんですが、私の顔を見た石山先生が職員室の外に出てきてくれました」
「石山先生って、何の先生だっけ?」
と、再び問うのは、やはり緒方慎司である。
「私のクラスの担任で、体育の先生です」
大友久美子は、先の嶺岸由希子の言葉を思い出したものか、女性ですよ、と加える。
「石山先生を連れて現場に戻りました。鞄は変わらず、その場所に置いてありました。先生が手に取って中身を確認したんですが──」
「テープは入っていなかった」
小さく頷き、すべてを話し終えた彼女は口を閉じる。空気のこもった室内を、にわかに静寂が満たす。
彼女の話を反芻して、頭の中で組み立て直す。組み上げられた事件の概要には、ところどころに隙間が見えるように思える。
「鞄に覗き穴はあった? ビデオカメラが鞄の中に入っていたのなら、外を撮るには鞄の方に穴を開けておかないといけないと思うんだけど」
と──大友久美子に問いかけるのは、緒方慎司である。写真部ならではの質問に、僕は彼に主導権を譲る。
「それに関しては、鞄の中身がビデオカメラだとわかった時に確認しました。鞄側面の下の方に、一目ではそれとわからない、ほつれを装ったような覗き穴がありました」
「ビデオカメラは、その覗き穴に対して、どんなふうに置いてあった?」
「どんなふうに、というと?」
返して、彼女は首を傾げる。
「聞き返されてみると──うん、答えにくいな。覗き穴に対して、ビデオカメラのレンズがどんな角度になっていたか、と言えば伝わるかな?」
「角度ですか? 角度はついていなかったと思います。普通に鞄の底に置いてありました」
「レンズが上を向くように設置されていた、というようなことはなかった?」
「なかったと思います。覗き穴は、本当に鞄の底に近い場所に開けてありましたから、ビデオカメラを上向きに設置すると、穴とレンズが合わなくなってしまうと思います」
彼女の証言に、緒方慎司は満足げに頷く。
他に聞くことは、と今度は大友久美子が問いかける。僕は首を振って返す。不十分ではあるものの、彼女から聞き出せることは、これ以上ないように思える。
「ありがとう。おかげで助かったよ」
「お役に立てたなら、何よりです」
言って、一礼──彼女は更衣室の扉へと向かう。その後ろ姿は凛として、不審なところなど、どこにもない──ように思えた。
「最後に、もう一つだけいいかな」
不意に──彼女が扉に手をかけた、その瞬間を狙ったかのように、オードリーが呼びかける。
「噂が広まっているということは、大友さんが誰かに話したんだよね? こういう事件だから、先生からは口止めされていたと思うんだけど、どうして話したの?」
詰問──と言ってもよかったかもしれない。強めの語調で責めるように問いかける。
彼女はすぐには答えない。ノブに手をかけたまま、半身だけをこちらに向けて、ゆっくりと口を開く。
「ビデオカメラをみつけたことで部活に遅れてしまって、同級生の部員にいろいろと尋ねられたんです。それで、つい話してしまって──こんなに広まるとは思っていませんでした」
ごめんなさい、と誰に謝るともなくつぶやいて、大友久美子は女子更衣室を後にした。




