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不完全感覚ロックンロール 6

 日向と朔夜はそれぞれの契約者の家で暮らすことになった。

 というのも、日向たちと分離した状態で100メートルも離れると、どういうわけか融合状態に戻ってしまうというやむを得ない事情があったからなのだが、ともあれ朔夜は加苅家に、日向は花沢家に新たな家族として温かく迎え入れられることとなる。



 ――――――翌日。

 零士がラインでトミーを誘うと、彼はエサに釣られるようにホイホイやってきた。

 まるで自分用に設えたような凄いアイテムを貰える上に、今やすっかり高レベル探索者の端くれとなった零士たちに交じってレベル上げができるとあっては、来ない理由がなかった。


「つーわけでホイホイ釣られてやってきたぜ!」

「なんで先輩までいるんですか……」


 待ち合わせ場所の駅の前で零士が待っていると、何故かトミーと一緒に奈々までやってきた。


「トミーに聞いたからだけど?」

「答えになってないですよ……。ってか、先輩資格持ってるんですか?」

「無いよ? でも、私がいれば帰ってきたらすぐに練習できるでしょ? ふふふ、実はこの近くに親戚がやってる音楽スタジオがあってだね。楽器も借りれるから、今日の探索終わったらそこで練習ね♪」

「すでにやる事前提なんですね……」

「当然! 文化祭まで後3週間ちょいしかないんだよ!? どこまでやれるかわかんないけど、やれるだけやっときたいじゃん! んじゃ、私、スタジオで適当に時間潰してるから、終わったらラインちょーだいね~!」


 言いたいことを言って嵐のように去っていく奈々の背中を、唖然とした顔で見送る零士。

 横を見れば憧れの先輩が自分を待っていてくれる(都合のいい脳内変換)という現実に、すでに昇天しそうになっているトミーの姿が。この男はいよいよ駄目かもしれない。


 しかし、文化祭まで残り3週間程度しかないのは揺るがない事実だし、いくら才能があるとはいえ、練習しないよりはやった方がいいに決まっている。

 気持ちを切り替えた零士は、意識がトリップしたままのトミーを連れて花沢家への道を歩き始めた。



 ◇ ◇ ◇



 トミーと剛の顔合わせも終わり、朔夜と日向のもふもふを彼が十分に堪能した所で今日の探索が始まった。

 ダンジョンの吹き抜けに邪悪な重低音が響く。

 魔法のギターが奏でるのは、某大作RPGのアレンジ曲だ。

 これにはゲーム好きの零士も思わずニヤリとしてしまう。


 湧き出てきたモンスターは禍々しいアンプが奏でる重低音で各種状態異常を付与され、弱って何もできないまま音圧で粉々に粉砕される。

 逆に零士たちは、音量を調節された重厚な音に力を貰い、身体能力の向上や疲労軽減、各種プラスの特殊効果の恩恵を受けて絶好調だった。


 おかげで探索開始から1時間もしない内に次のフロアまでたどり着き、さらにフロアボスも、本来の実力の半分も出し切れないまま魔力の塵と消えた。

 バッファーの重要性はゲームを嗜む零士も十分に理解していたつもりだったが、己の認識の甘さを思い知らされる大成果だった。

 状態変化を制すものはダンジョンを制す。最早トミーはパーティーにとって必要不可欠な存在になっていた。


「いえーい! 絶好調!」

「BGMがあるとやはり上がるなッ!」


 フロアボスの『八つ裂きツインズ』(醜い鬼婆の双子モンスター。機敏な連携を取りながら両手に持つ包丁で八つ裂きにしてくる)をクロスアタックで撃破した美香と剛がハイタッチ。

 トミーも某大作RPGの『勝利のテーマ』を奏でて二人の健闘を称える。

 経験値獲得量増加に加えて、直接とどめを刺していないメンバーも僅かに経験値を得られるようになるのが嬉しい。


「……にしてもたった1時間で変わり過ぎだろトミー」

「もやしっ子なんてもう誰にも言わせねぇ」


 この1時間でレベル5から一気にレベル27まで急成長したトミーは、完全に別人といってもいいほどの変化を遂げた。

 うっすらと筋肉が付いてもまだ細かった身体は、さらに厚みを増して逞しくなり、身長もグンと伸びて、今ではマックスを追い抜きパーティー内で一番背が高くなっていた。

 顔立ちも本人が薄顔にコンプレックスを抱いていたからか、逆にハーフ系のくっきりした顔立ちになって、その分存在感もゴゴゴゴ! と増し、見るからに強そうである。


「存在感だけなら立派なス●ンド使いだな」

「これでもうヤンキーどもにカツアゲされずに済む……」


 トミーの目に熱いものが込み上げてくる。

 事実、つい最近までトミーはその見た目のせいで侮られ、何度かそういった被害にあっている。

 当然警察にも相談はしたし、両親も相手を訴える裁判を起こしたが、結局それらは根本的な解決にはならなかった。


 弱そうな見た目をどうにかしない限り、また別の輩に目を付けられる。しかし身体を鍛えようにも特殊な体質が邪魔をして思うように成果は出ない。

 周囲には「食べても太らないなんて羨ましい」と自分の悩みは理解してもらえず、常に孤独感を抱えて生きてきた。

 そんな長年のコンプレックスがとうとう解消されたのだ。嬉しくないはずがなかった。


「あ、でも帰る前に一度ちゃんと親には連絡入れとけよ? いきなり帰ったら誰だお前って言われるぞ」

「お、おう。それもそうか」


 と、それはさておき宝箱である。

 くしゃみ罠(24時間くしゃみが止まらなくなる)を解除して蓋を開けると、中身はハードレザーにトゲトゲした金属の鋲が付いた世紀末風の装備セットだった。


「なんかまたそれっぽい装備が出たな」

「……あのさ、アンプ貰っといてさらになんて厚かましいのは分かってんだけどさ。服がさ……」


 レベルアップである程度体形が変わっても大丈夫なようにと、普段より2サイズ上のジャージで来たにも関わらず、今やそのジャージも溢れる筋肉でぱっつんぱっつんで、丈もつんつるてんになってしまっている。

 靴に至っては途中から履けなくなってしまい、今は裸足だった。


「俺は別に構わないけど、誰かこの装備どうしても欲しいって人いるか?」


 一応零士が訊くと、仲間たちは全員首を横に振った。


「じゃあ、着るにしても一度外に出て効果とか調べてからだな。呪われた装備だったら大変だし」


 と、そんなこんなでエレベーターに乗り1階まで下りた一行はそのままダンジョンの外へ。

 急遽スマホで宝箱から出てきた装備を検索すると、装備の詳細が判明した。



 ハードロックシリーズ


 レア度☆☆☆☆☆☆


 スカルヘッドホン:聴覚保護(大) 即死耐性(中)


 ハードレザーベスト:闇属性吸収 物理耐性(中)


 シルバーブレスレット:精密動作補助(中) 魔力上昇(中)


 ハードレザーパンツ:体力上昇(中)


 ハードブーツ:移動速度上昇(中) 跳躍力アップ(小)


 ハードロックシリーズ統一効果。

 楽器の演奏で他人の武器に様々な属性をエンチャントできるようになる。

 付与できる属性は旋律によって決まる。



 隣の空き部屋から服を着替えて戻ってきたトミーは、バンドマンというよりは世紀末世界の住人みたいだったが、見た目の割に案外着心地は良いらしく、デザインも本人は気に入っているようだった。


 だが、装備も新たにダンジョンに再突入しようとしたその時、華恋がある事に気付いた。


「そういえば富田君、明日から制服大丈夫?」

「ん? ……あっ」


 それどころか、今まで着ていた服や靴なども全部使えなくなっているという事に今更ながら気付いたトミーは、慌てて家に電話をかけて、急遽衣服を揃えるために一度帰ることになった。

 制服購入の代金にと、今日の探索で拾った換金用のドロップアイテムをいくつかビニール袋に入れて持たせると、彼は「また誘ってくれ」と言って慌ただしく花沢家を後にする。


 時刻は9時37分。

 メンバーは一人減ってしまったが、それでもまだまだ探索を切り上げるには早すぎる時間だ。

 トミーの離脱はかなりの戦力ダウンだが、彼だっていつも一緒に探索できるとは限らない。

 パーティー内に漂い始めた楽勝ムードをどうにかしなければと感じた零士は、自分たちに喝を入れるべく、五人での探索再開を決定した。




 ◇ ◇ ◇



 その日の夕方。

 トミーが抜けたことで探索速度はガクッと落ちたが、それでも2フロア先まで攻略し、30階のエレベーターを解放した所で今日の探索は切り上げとなった。


 フロアボスにはそれぞれ美香とマックスが止めを刺し、討伐後に出現した宝箱からは、魔力を与えることで無限に高純度チタンを回収できる『再生するチタン塊』と、快適な安眠と幸せな夢を約束する『超安眠枕』を発見。


 どちらも特に欲しいという者がいなかったため、二つとも近い内に雑魚のドロップ品と一緒にまちゅみの店で売却し、必要なアイテムなどを購入しても尚余った利益はメンバー全員で等分(端数はリーダーの零士へ)することで話が決まる。

 事後連絡となってしまったが、その事はトミーにも電話で連絡して彼の了承も得たので、今後このパーティーで活動して得た利益はそのように分けることになった。


 そんな諸々の相談も終わり、今の時刻は18時21分。

 少し早めの夕食を花沢家でご馳走になってから、零士、美香、華恋の三人は奈々の親戚が経営しているという音楽スタジオまで足を運んだ。

 普段はあまり行かない駅の南口から徒歩5分ほどのビルの地下にスタジオはあった。

 ラインで到着したとメッセージを送ると、すぐに地下から奈々が出てきてスタジオ内に案内される。


 完全防音の部屋にはすでに買い物を終えて先に到着していたトミーが待っていた。

 やはり彼の両親はたった数時間で激変したトミーに驚き、一瞬詐欺ではないかと疑われたが、事前に決めてあった合言葉のお陰でどうにか信用してもらえたようだ。


 制服屋も夏休み明けで服のサイズが合わなくなった学生探索者が増えると見込んで、大きなサイズの制服をそれなりの数用意していたらしく、行ったらすぐに買えたらしい。

 ちなみに彼に持たせたドロップ品の売却額は、私服などを買い揃えても、まだ新車が買えるくらいの額になったそうだ。


「いやホント、まさかトミーがこんなにデカくなるなんて思ってないじゃん? びっくりしちゃったよ」

「あはは、確かに。変化の過程を見てても未だに信じらんないもん」


 奈々の正直な感想に美香も笑いながら頷く。


「……そんなにヤバかった? 俺」

「だってモンスター倒す度にメキメキーッて身体膨れ上がってたじゃん。ぶっちゃけちょっとキモかった」

「キモい言うなし!」


 トミーがドドドドド! と奇妙なオノマトペが出そうなポーズで、逆三角形の肉体美を強調する。この男、ノリノリである。


「はいはい、マッチョになって嬉しいのは分かったから練習しようねー」

「うっす! サーセン!」


 しかし、憧れの先輩には逆らえないトミーであった。


「あ、そうだ。昨日の探索でこんなもの見つけたんですけど」


 華恋が昨日見つけた『悪魔のメトロノーム』をアイテムボックスから取り出して、その効果を説明する。


「へぇ、絶対に逆らえないんだ。ちなみにもう使ってみたの?」

「はい。どんなに頑張っても逆らえませんでした」

「ほーう。んじゃいっぺん使ってみようか」


 悪魔のメトロノームを曲のテンポに合わせてセッション開始。

 まるで悪魔に操られているかのように全員が正確なリズムを刻む。

 リズム感を気にしなくてもよい分、初心者の三人はミスをしない事にだけ意識を傾ければいいので、むしろやりやすかった。


「良いねコレ! 意識しなくても身体が勝手にリズム刻んでくれるし、全員強制だからすごい一体感! ……でも本当にコレ、使ってて何も悪い影響は無いんだよね?」

「た、多分……。協会のライブラリには特にデメリットは書かれてませんでしたけど」

「うーん……。ま、いっか。デザインがキモいのが難点だけど、今日はこれ使って練習しようか。勿論、なにか不調が出たらすぐにやめるけど」


 結局この日は誰も特に不調を訴える者も出ず、全員の時間の許す限りセッションを重ねてお開きとなった。


エサを、ください(懇願)

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