LONG☆LONG☆AGO 4
「……卵?」
宝箱の中に入っていたのは、不思議な模様の大きな卵。
大きさは大体ダチョウの卵くらいだろうか。持ち上げてみると結構重たい。
「何の卵かな?」
花沢さんが首を傾げる。
「さぁ……? ダチョウの卵にしては模様が変だしなぁ」
まさか恐竜の卵なんてことは……いや、ダンジョンならあり得るのか?
失われた大昔の武術指南書なんかも出てくるんだから、無いとも言い切れない。
「っていうかそもそも、何で卵?」
ミカ子の疑問は尤もだが、重要なのはそこではない。
「孵化させるべきか、それとも食べてしまうか、それが問題だなッ!」
剛の言う通り、つまりそう言う事だ。
仮にこれが恐竜の卵だったとしたら大発見だが、そもそも普通に温めて孵るとも限らないし、孵化したとしてもそれが大型の肉食恐竜だったりしたら、世話なんてとてもじゃないが無理である。
それに、この卵が食べる事で効果を発揮するアイテムという可能性もある以上、下手に温めて腐らせてしまってはあまりにも勿体ない。
全員が俺の判断を仰ぐようにこちらを見るが、
「…………とりあえず何の卵か判明するまでは手出し厳禁って事で」
結局、何も分からない以上はそうするしかない。
幸いにして花沢さんはアイテムボックスの魔法が使えるので、その中に仕舞っておけば入れる直前の状態で保存されるから、卵が悪くなることは無いだろう。
俺の提案に全員が仕方ないと頷き、卵はひとまず花沢さんのアイテムボックスの中で保管しておくことになった。
こういうよく分かんないものが出てくるのが一番困るんだよなぁ……。
あのオネェチンパンに見せたら何か分かるだろうか。アイツも一応ダンジョンアイテムを扱う店の店長(?)な訳だし。
……いや、でもなぁ。猿だしなぁ。
チンパンジーのくせに店長で、しかもオネェとか、ホント訳わかんねぇなアイツ。
頭の中が卵とチンパンジーの事で一杯になりながらも、俺たちは再びダンジョンの探索を再開した。
猿、卵、チンパンジー…………はっ!? ま、まさか、まちゅみは卵から生まれた新種のダンジョン生物!?
……いやいや、そんなまさか。
◇ ◇ ◇
初めて4人で探索してから2週間が経った。
あれから2人は順調にレベルを上げており、ミカ子はレベル17、剛はレベル15まで上がっている。
それに伴い、ミカ子のメイクが少し薄くなったが、剛は依然として激眉でしゃくれたままだ。
本当に少しずつではあるが、アゴもちゃんと短くなってきているし、狭かった額も少しずつ広がってきてはいるものの、女子たちに比べると外見の変化は非常に緩やかだった。
その代わり、剛の身体能力は劇的な上昇を見せており、武闘家としてさらに頼もしくなってきた感じである。
ところで、この2週間で変化があったのは、何もミカ子のメイクだけではない。
「そんじゃ、今日もよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「うむッ!」
ジャージ姿の俺とマックスが頭を下げると剛は鷹揚に頷いた。
場所は家の近所の公園だ。
ここ2週間ほど俺とマックスは放課後の新たな日課として、剛から武尊流の稽古をつけてもらっている。
というのも剛の強さを見て改めてスキルにばかり頼っていては駄目だと気付かされたからだ。
スキルキューブは確かに便利だし、達人の技が努力せずにすぐ手に入る。
だが本来ならその技を習得する過程で得るはずの精神までは手に入らない。
それにスキルも万能ではないので、いきなり身に付いた力に驕って取り返しのつかない失敗をする前にここで一度自分をしっかりと鍛え直す必要があると感じたのだ。
その事を剛に話すと彼は快く師範役を引き受けてくれたので、今こうして教えを乞うている訳である。
ちなみにマックスはヒーローがテレフォンパンチのままじゃカッコ悪いという理由からの参加だ。
確かにマックスが武術を学べば変身時の戦闘力も大きく増すし、稽古そのものもダイエットになるので、彼にとってはまさに一石二鳥だった。
と、そんな訳で今日の稽古が始まる。
まずは柔軟体操で身体をしっかりと解す事から始め、それが終わったら1時間ほどかけて、剛のお手本を見ながらゆっくりと基本の型をなぞる。
武尊流は中国拳法から派生した流派だが、ここ半世紀の間に高レベルの人間との戦闘を想定して改良が重ねられた結果、現在では知る人ぞ知る実戦格闘術へと変化しているらしい。
型をなぞっていると、空手にも通じる部分があったりして、最小限の動きで敵の急所を狙いにいく事に重点を置いているのが何となくだが分かった。
敵の動きに逆らわず、流れるようにこちらも動き続けることで、敵の攻撃を躱し、受け流す。
全ての基本は円の動きなのだ。
剛の両手が円の動きを描いて、外側から身体の中心へと集まり合掌。
口から搾るように息を吐いた剛が拳を構えて俺に向き直る。
「よしッ。型稽古はこのくらいにして、次は組手だッ! まじゅは零士君ッ! かかってきなしゃいッ!」
「押忍ッ!」
先手を譲られた俺は、この2週間で学んだ武尊流の歩法で一気に距離を詰めつつ、アゴを狙い掌底を繰り出す。
が、剛はそれを片手で円を描くようにするりと受け流し、反撃の拳が飛んできた。
お互いに円の動きを利用して相手の攻撃を受け流し、激しい攻防が続く。
肘や膝がお互いの間で容赦なく飛び交うが、力の流れを読んで適切に対処することでその全てを受け流し回避していく。
どれほど敵のレベルが高くとも、関節の可動域は人間である以上変わらない。
人体の構造を熟知することで敵の動きを予測し、敵の膂力に逆らわず、逆にそれを利用することでこちらの有利に戦闘を進める。
その理念は、システマのそれに近いかもしれない。
そうして敵が大きな隙を見せた瞬間に、発勁を用いた強力な一撃を敵の急所に叩き込み、一気に決着をつけ────!
「……参りました」
ほんの些細な呼吸の乱れから体制を崩した俺の顎先数ミリの位置で剛の掌底がピタリと止まる。
見事な寸止め。相当な実力が無いとできない芸当だ。
いくら空手スキルを持っていても、彼の6年間の努力をたったの2週間で覆す事などできるわけが無い。
日々の積み重ねこそが人を本当の意味で強くするのだ。
「うむッ! やはり零士くんは土台がある分、上達が早いな」
「スキルキューブで身に着けた技術だから、あんまり自慢はできないけどな」
「しょれでも、しょれに慢心しぇず、基礎から武術を学ぼうとしゅるのは素晴らしい心がけだと思うぞッ! この調子で頑張っていこうッ!」
「押忍ッ!」
今や3人の命を預かるパーティのリーダーなのだから、油断や慢心は絶対に許されない。
より一層修業に励み、技と心を磨いて行こう。
「次はマックシュ君の番だなッ!」
「はい師匠っ!」
マックスが合掌して頭を深く下げてから、俺と入れ替わるように前に出る。
ここ2週間あまりの稽古でマックスはすっかり東洋の神秘に魅了されてしまい、剛の事を師匠と呼んでリスペクトするようになっていた。
「今日もゆっくりとやっていくじょッ!」
「はいっ、よろしくお願いします!」
再びマックスが合掌して一礼し、剛とマックスの手合わせが始まる。
と言っても、俺の時みたく高速で拳を交えたりはしない。
お互い太極拳のようにゆっくりと身体を動かして、正しい姿勢や呼吸、動作などを意識しながら身体を動かす練習だ。
これは基本の動きを身体に覚え込ませるのと同時に、敵の攻撃に正しく対応するための判断力を身につけさせるのが主な狙いである。
ゆるやかに、しかし止まることなく2人の打ち合いは続く。
始めた当初は躓いたり転んだりすることも多かったマックスだが、最近ようやく慣れてきたのか、大分動きが様になってきている。
お互いの呼吸を合わせ、力の流れを見極め相手の攻撃を逸らしながら、自分も攻撃を織り交ぜて動く。
口で言うのは簡単だが、実際にこれをやるにはかなり高度な技術が要求される。
俺の場合は『空手』『軽業』『視力強化』の3つのスキルによる土台があるからなんとかそれっぽくできているが、そういった土台が何もないマックスは、一からその土台を築いていかなければならない。
それでも、たった2週間であそこまで動けるようになるのだから、マックスには才能があったという事だろう。
かれこれ10分近く動き続けていた2人だったが、マックスの息が上がってきたのを見て剛が構えを解いた。
「よしッ、今日はここまでにしようッ!」
「ふぅ……ふぅ……っ、ありがとうございました」
剛が構えを解いたのを見て、マックスも1歩下がって一礼する。
「今日の動きは素晴らしかったぞッ! 零士君のように土台がある訳でも無いのに、たった2週間でここまで上達しゅるとは、君はもしや天才かもしれんな」
「ありがとうございますッ!」
「だが、この程度の運動で息が上がっているようではまだまだだッ! しょの才能に慢心しぇじゅ、今後も基礎体力の錬成に勤めるようにッ!」
「ハイッ!」
マックスが青い瞳に炎を宿らせる。
良い師匠との出会いが、彼のダイエットハートを燃やす新たな燃料になったようだ。
「しょれでは今日の稽古はここまでッ! お疲れしゃんッ!」
「「ありがとうございましたッ!」」
今日の稽古を終えた俺たちは師匠に対して一礼してから、公園を後にしたのだった。
武尊流のイメージはシステマと八極拳を足して、セガール神拳で割ったようなナニカ。
ようするにセガール。




