俺と彼女のダンジョンダイエット 9
翌日。
俺たちは再びミカ子の家に集まって、例のダンジョンをどうするか話し合う事にした。
「で、どうする? ……っていっても、俺たちじゃどうしようもないんだけどな」
なにせこちらの攻撃が当たらないのだから。
どんなに装備が強くても俺たち自身のレベルが上がった訳では無い。
そもそもレベル10やそこらじゃ、音速以上の速度で3次元的に動く物体に攻撃を当てるなんてまず不可能だ。
即死効果のある装備があっても不意打ちで当てなければ意味はない。
「うぅ~、そりゃそうだろうけどさぁ……」
頭を抱えて落ち込むミカ子。
「気持ちは分からなくも無いが、そこまで落ち込む事か? それとも何かよっぽど大切なものでも自分の部屋に置いてあったとか」
「……アルバム。本当のパパの写真が入ってるやつ」
「ああ、そういやお前、名字変わってたっけ」
「……うん。今のパパはママの再婚相手。本当のパパは私が小3の時に事故で死んじゃったから」
「そ、そうだったのか……」
そりゃあ、そうなっても仕方ないか。
しかしこれはマジで困ったぞ。何かいい解決方法はないもんか。
「写真の予備とか無いのか?」
「無い。パパとの写真はアタシの部屋にあるやつだけ。他の写真はパパが死んじゃってママが荒れてた頃に全部捨てちゃったから……」
「そ、そうか……ごめん」
想像以上に重たいご家庭の事情に、それ以上何も言えなくなる。
「あ、こっちこそごめんね? こんな重たい話」
「いや、別にいいよ」
「それにアタシ、今全然幸せだからね? 新しいパパめっちゃ優しいし、アタシの事すごく気にかけてくれるもん。それにママもあの人と出会ってからすっかり元気になったし。……でもさ、今のパパがどんなにいい人でも、時々本当のパパの事、思い出したくなる事もあるんだよ……」
「そっか。……まあ、そりゃそうだよな。本当の父親だもんな」
「うん。……ほんと、アタシどうしたらいいんだろ……」
ミカ子は両手で顔を隠してとうとう泣き出してしまった。
「み、ミカちゃん……」
花沢さんがオドオドしながらもミカ子の傍に寄り添い、勇気を振り絞ってそっと頭を撫でてやると、いよいよ堪えきれなくなったミカ子は花沢さんの胸に飛び込んで、子供みたいにわぁっと泣き出してしまう。
花沢さんは驚いてしばらく固まってしまったが、やがてゆっくりとミカ子の頭を撫でて宥めはじめた。
その後、ミカ子が泣き止むまで一緒にいた俺たちだったが、結局その日は答えは出せず、そのまま家に帰ることになったのだった。
◇ ◇ ◇
その日の夜。
俺は自分宛てに今日届いたという封筒の中身を家族と一緒に見ていた。
送り主は迷宮庁探索者登録課となっている。
突然届いた封筒を持って母さんから「説明しろ」と真顔で言われてしまっては、流石に誤魔化すことなど出来るはずも無かった。
封筒の中身は1枚の手紙と、俺の学生探索者許可証。
それから藤堂儀十郎(蛙ではない)のサイン入り生写真。まさかのセミヌードである。
封筒から滑り出てきた写真を見た瞬間、それまで能面のような顔でこっちを見ていた母さんが一瞬で悟りでも開いたみたく穏やかな表情になり、まだなにも説明していないのに「全て許す」と言ってしまうくらいには、写真に写る藤堂さんは美しすぎた。
俺も一瞬不覚にも胸がときめいてしまったくらいだ。
中身はあんな胡散臭い大阪弁のおじさんなのに。畜生。
そして、同封されていた手紙の内容が次の通りである。
『加苅くんへ。
一昨日は助けてくれてありがとう。お陰で元の姿に戻ることができました。一緒に撮れたてホカホカの生写真を同封しますので、ご家族への説明時の潤滑剤として使ってください。
お礼の品は数日中には花沢さんのお宅宛てに宅急便で送るので、もう少しだけ待っててください。(手続きとか色々面倒なんや)
さて、我々がこうして出会えたのも何かの縁。奇妙な運命の導きのようにも感じられます。
あの時、ダンジョンで、どこからどう見てもモンスターだった私を見つけてくれたのが君たちで本当に良かった。
そうでなければ、今頃私はキモイ新種モンスターとして討伐され、探索者協会のライブラリを穢すことになっていたかもしれません。(あの時はホンマにごっつ弱ってて、割とマジでピンチやったんや。サンキューな!)
最後に、私の携帯の番号とメールアドレスを書いておきます。
何か困った事があればいつでも気軽に相談してください。(世界一イケメンのおっちゃんが相談に乗ったるわ!)
藤堂儀十郎より』
俺は手紙の内容を読み上げてから、両親に今まで黙っていたことを全て打ち明けた。
花沢さんの事。
ダンジョンの事。
そして呪いによって姿を変えられた藤堂儀十郎と出会った事。
全てを話した上で、俺は父さんと母さんに、今まで黙っていたことについて謝った。
「今まで黙っててごめんなさい」
「……いや、母さんも許すと言ったし、こうしてちゃんと話してくれたんだからいいさ。それより、この事は和人は知っているのか?」
藤堂さんの生写真に夢中の母さんを横目に、父さんが苦笑しながら俺に尋ねる。
「ああ、兄貴は知ってる」
モンスターマーカーを取り寄せてもらう際に、大体の事情は説明したからな。
「そうか。しかしまあ過程はどうあれこれでお前も探索者か。和人と言い、お前と言い、その勇気は一体誰から受け継いだんだろうな……」
「兄貴じゃね?」
「まあ、お前はそうだよな。でも父さんからしてみれば、お前ら2人とも、お義父さんにそっくりだよ」
ちなみにお義父さんとは言う間でもなく、母さんの父親で、俺の爺ちゃんの事である。
爺ちゃんも昔探索者をやっていたらしいが、俺が生まれた直後に旅に出てそれっきり音信不通らしい。
赤ん坊の頃に一度だっこされた事があるらしいが、俺は爺ちゃんの顔を写真でしか見た事がない。
写真に写る爺ちゃんは昭和の二枚目俳優みたいな筋骨隆々の美丈夫で、その容姿を最も強く受け継いだのが兄貴だ。
兄貴は俺より7歳年上で、高校卒業後に自衛隊に入りダンジョン内での探索者救助活動の功績が認められて入隊から僅か5年で1曹まで昇進したが、何を思ったか一念発起して自衛隊を辞め、今は探索者に転職して荒稼ぎしている。
「ともあれだ。ちゃんと五体満足で無事に帰ってきてくれるなら、俺から言う事は何もないよ。どうせ止めたって無駄なのは分かってるからな」
「ごめんな頑固で」
「ホント、お義父さんそっくりだよ、お前ら。こうだと決めたら真っすぐな所とか特に」
「そっか。……うん、約束する。毎回ちゃんと無事に帰って来るよ」
「……そうか。ならよし!」
そう言って父さんは満足気な笑みを浮かべて一つ頷くと、俺の頭をくしゃくしゃと撫でてくる。
「やめろって! 子供じゃないんだからさ!」
「ははは、何を言うか。俺から見ればお前はいくつになっても子供だよ。にしても、最近急にイケメンになったと思えばやっぱりかコイツめ! その花沢さんって子も今では中々の美少女なんだろ? 約束果たしたらちゃんと俺たちにも紹介しろよ、このこの!」
「分かったから! 分かったからやめろっての!」
じゃれついてくる父さんを引きはがして、俺は自分の部屋へと戻る。
そして、手紙に書いてあった番号をスマホの電話帳に登録すると、そのまま藤堂さんへ電話を掛けた。
勿論、例のダンジョンの事について相談するためだ。
『はいもしもし? どちらさん?』
「あ、もしもし加苅です。手紙届きました。元の姿に戻れたんですね、おめでとうございます」
『おお! 加苅くんか! なんや、早速電話してくれたんか。この前はホンマありがとな! お陰で助かったで』
「いえ、こちらこそ許可証の件、ありがとうございました。あ、それと写真、めっちゃ役に立ちましたよ」
『せやろせやろ。あれで黙らんマダムはこの世におらんからな。オカンの説得の手間が省けたやろ?』
「ええ、もうばっちり。写真見た瞬間に『全て許す』ですもん。あ、それでなんですけど、早速相談したいことがありまして……」
『なんや早速か。ええで、聞いたる聞いたる。何でも話してみぃ。世界一イケメンのおっちゃんに何でもお任せや』
「あ、その前に……この電話、誰かに盗聴されてたりとかしません?」
『ほう……? 誰かに聞かれたら不味い事か』
「はい。ぶっちゃけ、世界を揺るがしかねないレベルで」
アマルガムダンジョン出現なんて一大事、誰かに漏れたらヤバいだろうという事くらい、俺だって分かる。
最悪、それが原因で国際問題になりかねないくらいには、例のダンジョンが人類に齎す利益はデカい。
『ほーん? ちょい待ち……』
スマホの向こうで藤堂さんが松岡氏を呼んでいる。
どうやらスケジュールを確認しているらしい。
しばらくすると、確認を終えたらしい藤堂さんがまた戻ってくる。
『お・ま・た・せ♡ 明日の18時に加苅くん家に車寄越すで、それ乗ってちょっと東京まで来てくれへん? それなら都合付きそうや』
「分かりました。すいません、お忙しい中時間割いてもらって」
『ええってええって! ワイと加苅くんの仲やんけ。こういうご縁は大事にせな。ほんじゃ明日、ザギンで待っとるで~、ほなな~』
電話が切れる。
まさかの銀座である。これはもしやザギンでシースー奢ってもらう的な展開だろうか?
ともあれ、こうして俺は明日、藤堂さんと会う事になった。
ミカ子はパパっ子




