第7話 看病
ヒューザック・サイゼラは、このような辺境の村には稀有な、概ね有能な長である。
気候風土は豊かながら、魔獣の脅威と隣り合わせという難しい環境の中、村をうまくまとめ人心を安んじてきた。10年前のとてつもない災禍の傷跡から人々が再び立ち上がることができたのも、村長という一本の柱があってのことだった。
そんなヒューザック・サイゼラが、彼の人生でも例がないほどに動揺している。
森の調査へ赴いた一行が帰還した。しかし、村の大人どころか森の魔獣さえも凌ぐ実力を持ったカイル・コストナーが、瀕死の重傷を負って運ばれてきた。しかも、獣の神を伴って。
ガイ・グラントは最も信頼できる男だ。
そんなガイの報告も、いまいち要領を得ない。カイルが神に求婚し、神がカイルに重傷を負わせたとはどういうことなのか。その神がなぜ、平然と彼らに随行しているのか。
経験豊かな村長だが、その理解の範疇を越えていた。
混乱を極めたのはフュリー・サイゼラも同様だ。
しかし一つだけはっきりしていることがある。幼馴染みの少年が今、目の前で生死の境をさ迷っているということだ。出血はあらかた治まったが、高熱がひかずにいる。魔獣の血液から精製した貴重な妙薬を惜しみなく投与したが、未だ回復に向かう気配はない。
「うぅ…、セシエル…セシエル…」
カイルがうわ言のように名を呼んだ。獣の神の名だ。
この村に現れた神の姿を見たとき、フュリーもまた、驚嘆と、戦慄と、畏怖を覚えずにはいられなかった。しかし同時に、不謹慎ながらこうも思った。
「これが私より二回り大きな乳か!」と。
実際のところは二回りどころの騒ぎではなかったが、この際そんなことは些末な問題だった。
カイルに名を呼ばれ、獣の神ーセシエルが部屋に入ってきた。村長の屋敷の一室でかなりの広さがあるはずだが、セシエルが入るとまるで部屋が半分に縮まったかのようだ。
自らの手で半死半生の目に合わせておきながら、神は驚くほど飄々としている。
「セシエル~、乳枕をしておくれよぉ…」
カイルの"うわ言"に部屋の空気がにわかにひりついた。神にも負けない圧を放っていたのはフュリーだ。相手が半死半生でさえなければ、枕元で沸かした熱湯を少年の口に注いでいたことだろう。
「ほう、神の乳を所望するか!度しがたい!」
言いながらセシエルは愉快そうだ。
フュリーはすっかり呆れ果て、部屋を出た。あとのことは神に任せておけば良い、死んだなら死んだでそのまま神が食ってくれるだろう、そんなことを思いながら。
獣の神は、熱にうかされる哀れな少年の隣に横たわると、大蛇のような尾でそっと抱き寄せて、添い乳をしてやった。体格が違いすぎて乳枕は難しい。
触れれば切れるほどに猛々しかった尾の鱗は、今は滑らかだ。むしろ、ひんやりとした肌触りが、カイルの火照った体にはひどく優しい。
そして何より、神の乳の、その包容力はどうだ!もはや霊峰とでも呼ぶべきその豊かなる双丘に抱かれれば、全ての傷は癒される他ない。
カイルは夢現のまま、しばし至福の時を味わった。
そしてほどなくして、まるで幼子のように安らかな寝息をたてるのだった。