灯花家と盟ちゃん1
続き。
「文香さんと灯花さんや、一つ言いたいことがあるんじゃが……」
「なに?」
「ん……」
一緒に駄弁っていた二人に俺は言った。
「最近、暑すぎやしませんかね……」
時期が時期だけに、窓から差し込む日差しがとても暑い。廊下側ならもう少しマシなのだろうが、生憎と俺の席は一番窓側だった。
ちなみに、文香の席は真ん中の列で、暑いとひんやりが混ざって微妙らしい。灯花の席は俺と同じ列なので共感してもらえるかと思えば、そうでもなかったみたいだ。
「別に僕は気にならない。宗谷は夏が苦手?」
「苦手っていうなら、俺は冬の方が苦手だよ。……夏の場合はそうじゃないっていうか、意味も無い時に汗をかきたくない的な?」
「あー分かる分かる! 臭いって思われたらやだもんね!」
おっと。乙女の文香様から同意を戴けました。いや、乙女だからこそ気になるのだろう。
俺だって可愛い幼馴染が汗臭かったら……。嫌……、かもしれない。逆にそれもフェチ心でありかもなんてこともあるかもしれないが、いい匂いに越したことはないだろう。
「でも文香はいつもいい匂いだぜ?」
「へっ!? そ、そう?」
そんな、いつでも嗅いでます、みたいな発言をすると、たちまち文香の顔は赤くなってしまった。
言ってから分かるこの変態感。俺も少し後悔するものの、いい匂いを放っているのは本当なんだ。
「宗谷、僕は?」
「灯花は……ミルクの匂い? 赤ちゃんの匂いっ――――」
「クロスチョップ」
「い、痛いよっ、だけど本当にそうなんだって! そういうのお風呂とかに使ってるんじゃないの?」
「実は正解」
じゃあなんで俺にチョップ放ってきたのさ。なんて野暮なことは言わない。灯花は灯花で、乙女をやっているのだ。
「そうだ、お風呂の話で思い出した」
「お、どうした?」
「今日僕の家に来て。そして、泊まって」
「はぁ? それまた急に何で?」
「意味はない。でも、盟が会いたがってたから。それに……僕も宗谷ともっと話をしたい」
「灯花!」
グッとハグをしようとする前に文香によって阻まれる。こういう展開になると必ず文香に止められてるな俺。そういう仲じゃないなら気安くするなと、文香に行動で教えられてるようだ。
「わ、私だっているんだからね! す、すぐ抱きつこうとするんだから……」
「僕は別に構わない。本妻がいて、僕が愛人でも」
「ななな、何言ってるのよ! 私が宗谷の妻だなんて……あ、あり得ないよ!」
「そうだぞ灯花。文香にはな、俺なんかよりももっと優れた相手がいるはずなんだ! 馬鹿を言っちゃいけねぇ」
正しいことを言っているはずなのに、二人の俺を見る目はゴミ虫を見る目のそれだった。
……乙女心を理解するのは難しい。良かれと思って言ったことが、相手にそのまま伝わるなんて夢のまた夢だった。
にしても、俺は文香宅以外に女の子の家に泊まったことはない。
文香宅ならおばさんもおじさんも知ってるし文香も親しい仲なので、少しくらいの粗相は許されたが、灯花宅ではそれで通らないかもしれなかった。
盟ちゃんがいるからだ。
盟ちゃんの俺への好感度っていうか態度っていうのがよく分かっていない。それも当然だ、何故なら、まだたった数時間しか話していないのだから。
だから、こちらとしても距離感を掴めていないというか……、俺が来るって知ったら露骨に嫌な顔されるんじゃないか? という疑念が湧いてくる。
「なぁ……灯花さんや?」
「ん、ここが僕の家」
「うん、だろうね。だって、見覚えがないし……ってそうじゃなくてさ。またトリップした?」
「? 普通に放課後になっただけ」
その割にはあの後どう会話を終了させたか分かってないんだが……。
だが、来てしまったのなら仕方がない。着いてしまったのなら仕方がないのだ。
灯花に続いて中に入ると、外とは違ってとてもひんやりとしていた。そして、内装も比較的落ち着いている。
灯花は「お茶持ってくる」と言ってその場を後にし、俺は文香に連れられて灯花の部屋に訪れていた。
「へーここが灯花の部屋かぁ、可愛げがあるじゃないか」
ベットの側にはお人形が置いてあり、壁紙は花の模様。そして何より、灯花みたいな甘い匂い。周りの家具も結構ファンシー系で、小さい灯花には似合っていると思う。
灯花が黙って座っていれば灯花自身がこの部屋の置物、と感じても不思議ではないと思った。
「灯花ちんのお部屋、意外でしょ?」
「まぁね。あそこにあるお人形とか……?」
うん、お人形ね。そう、お人形だよ……、何故あれは先程と場所が変わってるんだい? そこはかとなく凸凹してる感じがするし……。
少しずつ近づいて俺が触ってみると、
「ひゃっ!?」
「め、盟ちゃん!?」
うーん、その正体は灯花の妹だった! いや、こう考えてる俺ですら状況がよく分かってないから……。
「な、何してるの?」
「さ、さぁ……?」
「さぁって……、え? 自分から入ってるんだよね?」
「それもどうだったかしら? 最近物忘れが激しくて」
年寄りか。話している声は平静を保てているくせに、その目はとても泳いでいた。
「そ、それよりあなたよ! どうしてお姉ちゃんの部屋にいるの!」
「だからそれは俺のセリフなんだけど……灯花に誘われたんだよ。そして、今日泊まってけって」
「は、はぁ!? あなたが泊まってくっ? この神崎家に?」
「あ、あぁ……あ! 心配はいらないぞ盟ちゃんっ。何故ならここにいる文香様も泊まってくから!」
「そのことは分かってるわよ! 灯花姉ちゃんから話は聞いてたし……でもなんであなたも……」
それはこちらが聞きたいくらいだ。
灯花の口からは「盟が会いたがってる」と聞いていたが、それは来る前からあり得ないことは分かっていた。
そう考えると、灯花が言った「もっと話をしたい」という発言の口実だったんだなぁ、と遅まきながら理解する。そして、灯花が可愛いっていうのも、また理解した。
「ま、まぁいいわ。来てしまったものは仕方ないもの。それに、お客さんを追い出すなんて出来るはずもない。ゆっくりしていってくださいな」
「あ、ありがとう。なるべく迷惑にならないよう気をつけるから」
「そうしてくれると助かります。では私は熊に戻るので」
そうやってまたうつ伏せの状態で固まる盟ちゃん。……恐らくそうしておけば灯花が抱きついてくれるとでも思っているのだろうか? もう何も言うまい。
「待たせた。盟もそこにいるね」
うーん、バレバレみたいだけど盟ちゃんは熊化を続行。無駄だぞー、それ以上やっても無意味だぞ。
「文香にはカルピス、宗谷には僕の母乳」
「出ないだろ……早く俺にもカルピスください」
ここには盟ちゃんもいるのだから止めて欲しい。と言うよりも、わざとやってるな灯花め。
「宗谷は失礼。僕だって出る」
「誰とヤッたんだ、誰と! まったく……そういうところがあると行き遅れるぞ?」
そういう俺もこれまで一度たりとて付き合ったりしたことないのだが、俺と違って灯花はそのルックスがある。それを無駄にする性格を直せば将来も見込めるだろうし、何よりも勿体無い。
「げ、下品です!!」
「あ。起きることにしたんだ」
「あ、あなたがそんな話をしているからでしょう!?」
どうしてこうなった。何故俺が責められてるんだ?
皆の視線が集まってタジタジになった盟ちゃん。それに気づいて床に静かに座る。
「ご、ごきげんよう?」
「無理あるだろ……」
今更挨拶しても遅い。それに俺と文香とは先程話をしたばかりだ。
ありがとうございます。