プール
続き。
いつもなら昼休みという時間。
そんな時間に、俺は莉子と共に近くのコンビニで待っていた。
「遅いねー」
「だな」
何時に、ではなく、何時くらいに集合と言ってる以上、別に責めるつもりはないが少し遅い。
灯花の家は知らなかったが、文香の家はよく知っている。だから距離が原因で遅れることはないと思ったのだが……。
「文香さんと一緒に来ればよかったんじゃない?」
「うーん、確かになぁ」
幼馴染と言っても、漫画やアニメみたいに真隣ってわけじゃなかったが、莉子の言う通り寄ってくればよかったと、少しだけ後悔した。
待て。さっきから後悔しただの少し遅いだの、俺が期待しているみたいじゃないか。少し落ち着こう。
「そういえば莉子は水着大丈夫なのか? 今更だけど」
「なんで? スクール水着でいいでしょ?」
「……はぁ……分かっちゃいないよお前は……」
莉子は首を傾げているが、寧ろ俺が首を傾げたいくらいだった。
普通こういう場所に行くときは、少しばかり大人ぶるのが女の子っていうものだろう。一緒に行ってる男子から少し笑われ顔を赤くしつつも必死で余裕のある感じを振る舞う、俺は妹に少しがっかりしていた。
ひょっとしたら文香や灯花もか? と思うと、急に萎えてくる。
「宗谷ーごめーん!」
「おー文香&灯花じゃないか! こんにちは」
「こ、こんにちは……改まって挨拶をすると少し恥ずかしいね……」
そこら辺は価値観の違いだろうか。
「灯花もおっす」
「おっす。ごめん宗谷。原因はほとんど文――――」
「い、言っちゃダメだって! ほら、待たせちゃったしさ? 早く行こうよ!」
確かに中途半端な時間になってしまっていた。どうせ来たなら長時間楽しみたいと思わない人間はいないだろう。
チケット組の二人には先に行ってもらい、俺達は少しだけ並んでいる列に素直に並ぶ。
「人多そうだね~」
「多いだろうな。市内にはここしかないし」
それにここで並んでいるだけで中から既に歓声が聞こえてきていた。恐らく中へ入ったとしても、泳ぐというよりは歩く状態になると思う。
無事に会計を済ませ中へ。予想通り大量の人、人、人。思わず「うへぇ……」と呟いてしまった。
「人多そうだね~ってレベルじゃなかったね……」
「それだな……」
莉子も若干引いている。とりあえずあの二人と集合を急ごう。
「宗谷ーこっちー」
「おーう。行こうぜ莉子」
俺達はまだ着替えたわけじゃない。莉子を文香達に預け、一旦別れる。
「ここも人多いな……」
プールに入っている人や、プールサイドに座ったり歩いたりしている人数よりも少ないが、確実にこの着替えるスペースにも人が多い。
せめてもの抵抗で端っこを選択すると、俺も側にあるロッカーに貴重品や脱いだ服などを突っ込んでいく。
一応この場所を後にする前に入口部分にある鏡でチェック。よし、早く行こう。
「宗谷ー」
「おー……う……?」
女子組の方が着替えに時間がかかるとふんでいた俺は、その呼ばれた方角を見た瞬間固まった。
理由はそうだな……、主に文香に対してだ。その文香は少しだけ恥ずかしそうにこちらを見ている。
「悪い、遅れた。……で、文香のそれは?」
「き、昨日選んで……今日、買ってきたの!! へ、変じゃないよね?」
「あ、ああ……ぜ、全然変じゃないよ……寧ろ、似合ってる」
ボキャブラリーというか語彙力が無いことにが、これほど悔しいと思ったことはなかった。似合ってるしか言えなくて若干自己嫌悪に陥りかけるが、その文香が満足そうだったので無理やり思考を切る。
「宗谷、僕のは?」
「灯花は……スクール水着だな……」
「ん、そっちの子と一緒」
「あ。これは俺の妹なんだ」
「初めまして! 私は莉子っていいます!」
「ん。よろしく。僕のことは灯花お姉ちゃんと呼んで」
「は、はい? 灯花お姉ちゃんと呼べばいいんですか?」
「うん。ちなみに僕の関係性は、この文香お姉ちゃんと宗谷お兄ちゃんの子供ってだけだから」
「え、ええぇ!?」
「お兄ちゃんにこんな大きい子供が!?」などと馬鹿なこと言ってる妹と、ドヤ顔でその慌てぶりを見ている灯花の頭にチョップする。
「宗谷……痛い……」「うぅ……どうして私までぇ……」
文香に対して「お前はやらなくていいのか?」と視線で問うが、文香は真っ赤な顔で固まっていてこちらを見ているかも怪しい。
文香が先程から赤くなる理由――――それに気づけた気がして、俺は思わず手を打つ。
「灯花が子供とか言うから、子供産んだことを想像して赤くなってるんだろ? 文香もやっぱり女の子なんだな~」
個人的には結婚しただけで俺は満足出来そうだ。確かに、娘や息子もいてくれたら仕事とかの励みになるかもしれないが、人を育てる以上お金はかかるし、子供に愛情を注ぐ分、妻と仲が悪くなるなんてこともあると思う。
だから一応アドバイス的な感じで皆に伝えると、
「お兄ちゃんは空気読めなさすぎ」「も、もう知らない!」「ここまでとは思わなかった……」
三者三様の反応を貰えた。だけど皆は明らかに「うわぁ」といった表情で俺を見ている。
「わ、私は灯花ちんと一緒に入るからっ。そ、宗谷はしっかり莉子ちゃんの相手してあげてよね!」
「あ、おい! 行っちまった……しゃあない。莉子には申し訳ないけど、俺とでいいか?」
「うん! 懐かしいし私は全然いいよ!」
うーん、良い妹すぎるな……。思わず感動。その良い妹を守れるように、そして楽しめるようにエスコートしよう。
まず俺達は大量に埋め尽くされた流れるプールにではなく、波のプールの方に向かって行って、水が来るけど顔にかからない所に腰をおろした。
次第に楽しくなってきたのか、莉子は前の方へ向かっていく。それと同じくして波も発生していたので「逆らってやる!」という闘争本能が働いたのだろう。
俺は更に後ろに下がってそんな妹のはしゃぐ様子を眺めていた。その時、ふと考えが浮かぶ。
それは莉子にはしっかり友達がいるのだろうか、ということだった。
兄である俺がこんな感じだ。莉子は俺と違ってしっかりしているのは分かってる。けど女の子の社会は男のそれとは違って大変らしいし、色々面倒くさいと聞いたことがあった。
せっかく楽しむためにここに来ているのにも関わらず、文香とあんな別れ方をしているのも拍車してどんどん不安になり――――
「莉子ーちょっとー」
「なーにー?」
少しだけ残念そうに波が出る方向を見ながらも、莉子はこちらに向かってきてくれた。
「どうしたの? あ、お兄ちゃんも波で遊びたかったとか?」
「い、いやそれはいいんだけど……学校の話でさ」
「お兄ちゃんの? それとも、私の?」
「莉子の。ちょっとそこでいいか?」
「うん?」
俺は莉子の腕を軽く掴んで、近くのベンチへと向かって行く。
「で、だ」
向かい合った状態で座った俺は、静かに口を開いた。
「お兄ちゃんの学校生活は言うまでもないだろうが、急に莉子の学校生活が気になり始めてな。いじめられてるとか、友達がいないとかじゃないよね?」
「ど、どうしたの急に……別に私にはしっかり友達はいるよ?」
「な、なら今日その友達と行くとかじゃ駄目だったのか?」
「駄目とかじゃないけど……たまにはお兄ちゃんと行きたかったの! 文香さんとも久しぶりだったし」
「そ、そうなのか? 嘘は言ってないよな?」
「言ってない! 私が嘘は嫌いなの、お兄ちゃんは知ってるでしょ?」
ああ、と呟く。言葉だけだから少し怪しいが、莉子のことはある程度兄として分かっているつもりだ。その真剣な目を見るに、嘘は言っていないように見える。
「それよりもさ、お兄ちゃん? 私のことなんかよりもっと重要なことがあるよね?」
「え? 重要なこと?」
「文香さんのことだよ! それにあの灯花お姉ちゃんとももっと喋りたいし……今から探してさ、謝って皆で遊ぼうよ!」
「な、なんだよ……やっぱり文香とかと遊びたかったんじゃないか……先言えよなー」
その思いはあっても俺に合わせてくれた莉子は本当に良い子だ。内心でありがとうを言っておく。
「ほら、探すよ! お兄ちゃん!」
「そうだな。あいつとギスギスした関係になるなんてごめんだし。頼むぜ莉子!」
「うん!」
俺達はこの大量の人の群れの中から無事に文香&灯花を見つけられるだろうか?
ありがとうございます。