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ルーカスは隣のセリオン侯爵家の子息だった。
エスターライン家とはもともと親同士交流があり、テオドールの友人として昔からエスターライン家に出入りしていたらしい。
年齢は26歳で、18歳のアルノとは歳が離れていたがテオドールの弟として、アルノ自身も親しくしていたようだった。
ルーカスはアルノが倒れてから毎日見舞いに来ていたと、後から知った。
話すことの少ない人間だったが、目覚めてからも頻繁に屋敷にやってきて、アルノのそばにいることが多かった。
朝はアルノと朝食を共にし、昼は訓練場で騎士たちと剣を振っていて、夕方になるとアルノのいる場所の近くに来た。
あるとき、アルノは訓練場を通りかかった。
ルーカスが一人で剣を振っていた。相手はいなかった。
木製の型に向かって、繰り返し、繰り返し打ち込んでいた。汗が飛んでいた。力強い打撃で、型が揺れるたびに、地面が少し震えるようだった。
黒い上着を脱いで、シャツ一枚になっていた。肩と腕の筋肉が、動くたびに形を変えた。
アルノはしばらくそれを見ていた。
「見ているぞ、と声をかけるべきか、黙って見ているべきか、どちらがよかったですか」
「どちらでも」とルーカスは振り返らずに言った。「ここにいてくれれば」
アルノは訓練場の端の石段に腰を下ろした。
「何かに怒っているんですか」
「怒っていない」
「そうは見えません」
「……鍛えているだけだ」
「鍛え方に怒りが混じっていると思います」
ルーカスは剣を止めた。振り返った。
「観察眼が戻ってきたな」とルーカスは言った。
「それは褒めていますか」
「褒めている」
アルノは石段に座ったまま、ルーカスを見た。
「では、何に怒っているんですか」
ルーカスはしばらく剣を持ったまま立っていた。型の向こうに、夕陽が傾いていた。
「怒っているのではない」と彼は言った。「どうすればよかったのか、まだわからない」
「兄様のことですか」
ルーカスは答えなかった。奇妙な苦しそうな沈黙が一瞬間を横切った。
「あなたのせいではないと、なんとなく思います」
「なんとなく、か」
「記憶がないので、それ以上は言えない。でも、なんとなく」
ルーカスはまた型に向き直った。剣を振り上げた。
「今日はそれで十分だ」




