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エスターライン家の両親は、すでになかった。

父親は十数年前に病で、母親はその翌年に後を追うように亡くなったと、屋敷の老執事が教えてくれた。老執事の名前はヴィルヘルムと言った。七十近い年齢で、背が曲がっていたが、目が鋭く、言葉を選んで話す人間だった。


「アルノ様は、テオドール様に育てられたも同然でございます」

ヴィルヘルムはある夕刻、暖炉の前でアルノにそう言った。

「御歳の差が九つございましたから。テオドール様が十五のときに奥様がお亡くなりになって、それからは……」

老人はそこで言葉を切った。

アルノは炎を見ていた。


記憶がないということは、悲しみがない、ということではなかった。

アルノは次第にそれを理解していった。

悲しみというのは、記憶の中にあるのではなくて、もっと深い場所に、根のように張っているものらしかった。

テオドールという名前を聞くたびに、あるいはパンのにおいを嗅ぐたびに、あるいは夜に声の気配を聞くたびに、胸のある場所が引っ張られた。

痛みというほどではなかった。重さだった。水を含んだ布のような重さが、胸の中心に、いつも感じられた。

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