エドゥアールの書簡
三月に入って雪が解け始め街道を行き交う行商や旅人が増えたこの頃、クーヴァン城は雪かきに追われていた。
「なんで俺までやんなきゃならないんだ……」
長袖の腕をまくって門へと続くそこそこ長い階段の雪を退かしながらヴェルナールがボヤいた。
「いい運動になりますし、毎年の行事です」
ノエルは雪をスコップで石段の外に放りながらきっぱり言った。
「春先のイベントがそんなんしかないとか、とんだド田舎国家だな……」
「それをどうにかするのは閣下のお仕事ですよ?」
そう、山や森に囲まれたアルフォンス大公国は、何を隠そうド田舎国家なのである。
「面白そうです!私もお兄様と一緒に考えますわ!」
レティシアは、少し前の新雪で作った雪だるまを名残惜しそうに見つめながら言った。
「それは助かるな!というかむしろ、丸投げしちゃっていいか?」
「ダメです」
ノエルにスコップの先っちょで小突かれる。
「なぁノエル、最近俺に対して遠慮が無さすぎないか?」
「そうでしょうか……私のことを家族同然と仰ったのは、閣下だったと記憶しておりますが?」
そう言い返されると返答に窮したのか少し間があってそれから
「いや、あれはなんと言うか言葉の綾というやつで……」
「お兄様、ノエルも家族でしょう?」
そこにレティシアが追い討ちをかける。
「お、おう、そうだったそうだった」
妹には、強気に出れない兄なのである。
「つまり遠慮はいらない、そうですね?」
ノエルが言質を取ったぞとばかりに詰め寄る。
「はいはい、それでいいそれでいい」
こうなるともうヴェルナールは投げやりだ。
しばらくそんな調子で雪かきを行うと、家臣一堂の人海戦術によって昼前には城門までの雪かきが終了した。
「ヴェルナール!!なんだ、もう終わったのか」
終わって一息つこうと座り込んだところに、タイミングよく声がかかる。
声の主は、親戚筋の隣国ヴァロワ貴族の家督を継いだアレクシアだった。
「姉上でしたか、お見苦しい所をお見せして申し訳ない」
ヴェルナールが謝るのをアレクシアは手で制した。
「せっかく雪かきの用意をして来たというのにもう終わりなことの方に申し訳なさを感じてくれ」
アレクシアが笑いながら言った。
彼女の後ろに続く護衛達には、雪かき用のスコップを持っているもの達もいる。
「お兄様、みんなでもう少しやりませんか?」
「仕方ない、ちょっとだけな?」
レティシアの発言によって翌日から筋肉痛でヴェルナールが悶えるのは、また別の話。
◆◇◆◇
「今日はこれを届けに来た」
そう言って昼食の席でアレクシアがヴェルナールに手渡したのは書簡だ。
「誰からで……見なかったことにしていいですか?」
そう言って開きかけた文を、閉じようとするヴェルナールの手をアレクシアが抑えた。
「読め」
「はい……」
ヴェルナールは、視界の端に捉えた差出人の名に内容を察してしまったのだ。
差出人の名はエドゥアール・ド・ヴァロワ、ヴァロワ朝の王位継承権保持者の名前だった。
ヴェルナールは、一読すると静かに横へと置いた。
「知ってて読ませるんだから姉上も大概です。弟を労る精神とかないんですか?」
「生憎、甘やかす気は無い」
書簡に記されていた内容を要約すると、『王位継承権戦争やるんで味方しろ。しなくても結構だけどしなかった場合は、あとから踏み潰すからね?それと、エルンシュタットとの戦争に関してファビエンヌ伯の兵力動員を許可してあげたんだから借りは返せよ?』という内容である。
「いやぁ、踏み潰しに来るなら相手するだけなんですが、エルンシュタットと戦争になることを覚悟して姉上を遣わしたんだから、その借りを返せっていうのがなぁ……」
エルンシュタット王国との戦争になるリスクを考慮しても、アルフォンスを選んでやったという恩着せがましい文が書かれているのだ。
これを踏まえた上で、この話を断れば後から何と噂されるか……そう考えるとヴェルナールは断るわけにはいかなかった。
「わかりました。返書をここで認めましょう」
苦虫を噛み潰したような顔で、ヴェルナールはそう言ったのだった。
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あとがき
この話から新章『王位継承権戦争』に突入します。引き続き応援よろしくお願い致します。




