終わりと始まりと
――ロワール州首府オルレアン市、ルネティナ橋北岸――
「殿下、敵勢が橋の南側に到着して御座います!その規模、一万二千!」
天幕の中へ偵察を終えたばかりの兵士が駆け込むと、捲し立てるように言った。
「ご苦労、以外にも動きが早いな」
報告を受けると天幕の主であるエドゥアール第三皇子は腕組みをした。
すると、エドゥアールの後見人であるアングレーム公爵が、さも興味無さげに言う。
「およそ、王都の占領を画策して兵を集めておったのだろうよ」
アングレームの言う王都とはグラン・パルリエのことで、大陸で二番目の人口を誇る大都市である。
「ならば、早めに橋の北岸を占拠して正解だったな。これで連中は動けまい。あとはどうやって撃破するかだが……」
そう言ってエドゥアールは身震いした。
何しろ、アルプスに水源を持つロアーヌ川は冷たくその河畔もまた、風が恐ろしく冷たいのだ。
「忍耐力の勝負にならないよう殿下の知恵が冴えることを期待しておりますぞ」
アングレーム公は、吹き込んで来た風が寒いのか報告し終えた兵士が天幕から退室した方を恨みがましそうに見つめた。
「既に打つ手は決めてある」
「と言いますと?」
エドゥアールは、天幕内の机に広げられた地図の一点を指さした。
指し示された一点は、アルフォンス大公国だった。
「アルフォンス大公ですか……しかし今は、スヴェーアとの戦争の真っ最中なのでは?」
「なに、餌と脅しの両方を用意して実姉であるファビエンヌ伯を向かわせれば良いだろうよ。間違いなくこちらに味方することになるさ」
「ですが、アルフォンス大公国も戦争続きで疲弊しておりましょう」
「それはそうだな。勿論、呼ぶのは雪解けの頃合いを見計らっての話だ」
エドゥアールは、自信たっぷりに言った。
もちろん当のヴェルナール本人に王位継承権戦争に参加するつもりは毛頭無いのだが……。
◆◇◆◇
「ヘックション!」
講和会議の真っ最中、ヴェルナールは大きなくしゃみをした。
「おっとこれは失敬、誰かに噂されてるようだ」
ヴェルナールが申し訳なさげに頭を下げると
「今や周辺国に広く知れ渡る軍才の持ち主、噂されることもありましょうなぁ」
ダンマルク王アガンチュールが即座に場をとりなした。
「では、本題に移ろうぞ」
それを好機と見て、ホランド王ヴィレムが切り出す。
「我々はスヴェーア王国に対してユトランド半島からの即時撤退、九十日間の停戦を要求する」
補給物資に加え、輸送船を焼かれたスヴェーア王国軍にこれ以上の戦闘は困難と判断したヴェルナールがユトランド評議会陣営とスヴェーア王国軍の双方に、和平交渉会議の実施の話を持ちかけこの場を用意したのだった。
無論、それらを焼き払ったのは張本人はヴェルナールなのだがそんな事は、おくびにも出さない。
スヴェーア王国に、それに知る人間はいないのだから。
オーフスの湊を守る兵士も『死虚戦士』も全滅したのだから。
「その申し出、受領致す。だが、船を仕立てて貰えないだろうか?」
スヴェーア王国軍を率いるヨハンソン将軍がふてぶてしげに言った。
「何しろ、我々には帰る船が無いのだよ」
そうヴェルナールは、船までも壊して、或いは焼いてしまったのだ。
だが、これにも狙いがあった。
戦争とは和平交渉の際、有利な側が賠償金を請求することが常なのだがスヴェーア王国は、そうなったとき大人しく受け入れるのか、という問題があった。
何しろ兵力は双方さほど差が開いていないのだ、そうなれば当然スヴェーア側に負けたつもりは無いだろう。
「勿論、相応の金は出す。それをもって賠償金とする」
そこでスヴェーア王国に停戦の話を受け入れやすくするための材料としてヴェルナールは船を焼いたのだった。
あくまでも船を仕立てさせるための資金として、というのならスヴェーアも賠償金を払うことを渋らないだろうと。
加えて軍船を建造するにはそれなりに時間がかかる。
それ故に船を焼いてしまえばスヴェーア王国もしばらく海を渡っての侵攻は不可能になる。
「わかった」
ホランド王ヴィレムは、その申し入れを了承した。
これを了承しなければ無論、戦争は続行となり双方に甚大なる犠牲が出ることは間違い無い。
この辺りがまさに話の落とし所と判断したのだろう、居合わせるユトランド評議会陣営の面々にも異論は無い。
ヴェルナールの用意した、講和のための材料がそれほどまでに双方に受け入れられ易いものだったのだ。




