毒殺の真意
「運の良い奴め」
苛立たしげに爪を噛むとボードゥヴァンは、吐き捨てるように言った。
「誠にもって然り」
その横で相槌を打っているのは、彼の従者でも何でもない、商人だった。
「貴様から貰った附子も使う前に燃えてしまうとは……よほどホランドの料理人達は間抜けらしい」
附子の毒は、世界的に販売が禁じられており、入手は困難で値も張るものだ。
それを無駄にしてしまったのだから不機嫌になるのも当然である。
「我がレンヌ商会としては足がつかなかっただけ良しとしております」
その男はレンヌ商会の者とだけ正体を明かしていた。
「次こそ、計画を遂行ねばならん。何としてもホランドの湊を手にしなければな」
「しかし、それなら何故、アルフォンスにも手出ししたのでしょうか?」
男が尋ねるとボードゥヴァンは不敵に笑った。
「儂はどうにも強欲らしくてな、国力的に脅威にはなり得ないアルフォンスにも手を出したのだよ」
「それだと、糾弾される可能性があるのでは?」
「向こうも確証がないから糾弾は出来ない」
「なら良いのですが……」
ボードゥヴァンの計略は、ホランドの海運を我がものにするためのものだった。
アルフォンス公を暗殺するという名目で、ホランド側にも協力をさせ、その実はホランド国王ヴィレムを殺すためという筋書きだ。
だが、その計画が潰えた今、ボードゥヴァンは次善の策を打とうとしていた。
「アルフォンスの小僧に会いに行く。誰ぞ支度を整えよ!」
◇◆◇◆
「何が目的だ?」
早朝、割り当てられた屋敷にボードゥヴァンから書簡が届いた。
『本日正午、ゲフィオンの泉で会いたし』
短くそれだけが書かれている。
「はっきり言って行きたくないな」
「ならば行かなければ良いのでは?」
「そうも言ってられそうにないのが悩みどころだ」
相手はベルジク国王、ここで断れば間違いなく何かを仕掛けてくる。
俺の暗殺に失敗したから、呼び出して殺すという線も考えられないわけじゃない。
だが、指定された時間は正午となっている。
普通に考えたら真昼間に呼び出して殺すというのはリスキーだ。
「暗殺の可能性は低いと思うが……」
隣国であり目下、アルフォンス公国の最大の脅威がベルジク王国である。
そして王国を統べる当代は野心家。
何を考えてるかがまだ読めない。
「そう仰るのなら、この命に代えましても閣下をお守りいたします」
「いや、命に代えなくてもいいぞ?」
所詮は俺自身のエゴに従ってアルフォンス公国という国を運営しているに過ぎない。
「閣下が落命されれば領民達が路頭に迷います!」
例え俺がいなくなったところで領民達は好きに生きていくことだろう。
「ノエル、そう言ってくれて嬉しいけどな、領民というのは俺達が思っている以上に、ひょっとしたら俺達以上に強いのさ」
国王が圧政に走ればそれを倒すのは民草だ。
そして国王という高貴な血筋も元を辿れば民草。
民草がいて俺達貴族が成り立っていると言えなくもない。
民草を導かなければならないという考えは傲慢と言うやつだ。
「だから俺の命を守るのは程々でいい。殉職したり殉死することは、以ての外だ」
そう説明するとノエルは完全には納得がいかないのか首を傾げながら
「わ、わかりました」
と言った。
「と言ってもボードゥヴァンに会うのに何の備えも無いのは不安だ。少し練習に付き合ってくれ」
最悪、戦闘になっても構わないよう剣の練習だけはしておこうか。




